第31話 クルワサンのファンレター
どさっと乱雑にアンドレアが投げ捨てられる。クルワサンとの戦いの直後、ジェイドに持ち運ばれてこの扱いである。
「うぐ……ジェイド。あんた……! 女性に優しくできないの!」
「できる……が、しなくても良いとは思っている」
仮想空間の隙間にある場所。バーチャルハンターならば世界中どこのサーバーにもアクセスできるけど、ハンター以外にはどこからもアクセスできない場所。いわばハンターの隠れ家。
アンドレアがドンドンと床を叩いている。
「なんで! アタシがあんな奴に負けなきゃいけないんだ。アタシは! アタシは! 油断さえしなければ、角を折られさえしなければ」
「仮定の話をしても無意味だ。結果が全て。お前は弱く、クルワサンが強かった。それだけのことだ」
悔しがるアンレレアにジェイドが冷酷な一言を放つ。アンドレアはジェイドをキッと睨みつけた。
「まあ、予想はしていた結果だ。あいつは強い。なにせクルワサンあいつは……」
ジェイドが一呼吸をおく。そして、上空を見つめながらつぶやく。
「2周目だからな」
◇
「いやー。思えば遠くに来たもんだ」
天馬が画面を見ながら微笑む。端末を握る手が震えていて喜びを隠しきれない。
クルワサンのチャンネル登録者数が10万人を突破した。つい先日まで1万人ていどだったのが信じられないほどの驚異的な伸びである。
「天馬天馬ー! 10万人ってすごいの?」
「ああ。すごいぞ。盾がもらえる」
「えー! 盾? 盾ってあの銀色のやつ?」
「ああ。次は金色の盾を目指そうぜ!」
「うん!」
完全に浮かれムードの天馬とクルワサンであるが、事務所内はひりついている空気だった。
「あいつら。赤き雨って言ってたな。私は結構ゲーム・アニメ・漫画が好きなんだけど、大体こういう組織名の敵って結構な数がいるんだよな」
瑠璃がココロに話している。ココロもその予感がしていた。
「ウチもアンドレアとジェイドだけで終わらない気がしてきたんね。まだまだ、アンドレアと同等クラスのハンターがいるって思った方が良いのかも」
女性陣二人が心配しているが、天馬は全くの能天気である。
「大丈夫だって。アンドレアはクルワサンだけでなんとか撃退できたんだ。今のクルワサンはその時よりも10倍のチャンネル登録者数がいる。10倍だぞ10倍」
「ねー。ボクたち10倍も強くなったもんねー」
「天馬さん。あの一件でワンダーズが注目されて事務所所属のモンスターは全体的に数字が伸びている。でも、忘れたのか? アンドレアは姑息にも救援ブロックを使って、私たちを分断させていた。つまり、勝つためにはどんな手段を使うかわからないんだ」
天馬の顔から笑顔が消える。そして、真面目な大人の男性の顔つきになりうなずく。
「ああ。それは俺もわかっている。でも、心配しすぎて何になるかと言えばなんにもならない。俺たちはエンターテインメントをリスナーに届ける仕事をしている。そんな俺たちが辛気臭い顔をしていたらリスナーにもそれが伝わってしまうかもしれない。こういう時だからこそ楽しく振る舞って鼓舞するのが正解だと俺は思う」
真っすぐな天馬の瞳。彼は本気である。リスナーを楽しませる。その一点を考えて、配信をデザインしているのだ。
「そうだニャー。ラピス。私たちはリスナーを楽しませるために生まれてきた存在だニャー。だからリスナーの応援が私たちの力になる」
「くすっ、金ゴマがそう言うのならそうなのかもね」
瑠璃も笑う。こんな時だからこそ、なんとかなるの精神で気楽に構えるものなのだと瑠璃も思った。
ガチャっと事務所のドアが開く。平が事務所に入ってくる。
「ああ。海渡君。丁度良かった。クルワサン君宛にファンレターが届いているんだ」
「え? 俺宛てのはないんですか?」
「むしろ、なぜあると思った?」
真っ当なツッコミをする平。そのまま1通の手紙を天馬に渡す。
『クルワサン君へ
いつも配信を楽しく見ています。クルワサン君の配信を見て元気をもらいました。実は俺の推しはアンドレアによって倒されてしまいました。
推しを失った悲しみが癒える前にアンドレアと戦うクルワサン君を見ました。俺の推しよりも少ないチャンネル登録者数で賢明に戦うクルワサン君に心が打たれました。
憎きアンドレアの角がポキっと折れた瞬間は正に爽快でした。思わずスマホを握りしめて立ち上がったくらいです。
止めを刺せなかったのは残念ですが、クルワサン君が無事でなによりです。もうハンターによって悲しい思いを誰にもして欲しくない。だから、クルワサン君たちの決断は間違ってないと思います。
末筆になりますが、これからもクルワサン君のことを応援させていただきます。俺の応援が少しでも力になってくれると嬉しいです』
「…………そうか。推しを殺された人もいるんだよな」
天馬は手紙を読んで心を打たれた。アンドレアを見逃したことで炎上したことも理解はできる。推しを殺されて、あと少しで仇が討てるという時にその相手を見逃してしまう。それを期待している人からしたら、見逃したのは裏切りのようなものである。
「配信を見ているみんなのそうした想いは決して軽くなんかない。この人だって本当はアンドレアを倒すことを望んでいたんだ。クルワサン……もし、次にアンドレアと戦う機会があったら、絶対に逃さないぞ」
「うん」
「というわけで、クルワサン。俺はこれから配信のスケジュールを立てる仕事があります。いつまでもキミと遊んでいる時間はありません」
「えー」
「今まで怪我の療養やらリハビリやらで休んでいた分、しっかり配信をしてもらうから覚悟するように」
「うん! いっぱい配信して、いっぱい人を集めて、ボクはもっと強くなる。いつまでも弱いままじゃいられないもんね」
天馬とクルワサンのコンビ。この2人ならば、どこまでも前向きでどこまでも真っすぐ歩んでいける。
バーチャルハンター。赤き雨。その脅威はまだ去っていないけれど、彼らがいれば大丈夫。事務所はそんな空気になっていた。
「あれ? ボス。もう1通手紙を持っていますね」
天馬は気づいてはいけないことに気づいてしまった。
「ん? ああ。これは怪文書だから気にしなくても良い」
「怪文書? なんですか? 気にしなくても良いというと逆に気になります」
「んー。まあ、あまり読んでいて気分が良いとは言えない手紙だからな。たまにこういうのも届くんだよな」
平は天馬に手紙を渡す。そこにはとんでもない内容が描かれていた。
『クルワサンたんへ
先日のアンドレア戦を見ました。もう僕は興奮しっぱなしなんだよな、特にアンドレアとの格闘戦。あれは良かった。男の娘と女の子の本気の殴り合い。見た目キャットファイト。それを見ているだけで下品なんですが』
「やめよう。これから先は目に毒だ。ボス。この手紙処分するべきだと思います」
「ああ。私もそう思う」
「え? なんだ? そんなにやばい手紙なのか? 気になるじゃないか」
瑠璃が手紙に興味を示す。だが、天馬もこの手紙を瑠璃に読ますわけにはいかない。青少年に健全な成長を促すのは大人の責務である。
「瑠璃。やめといた方が良い。目と脳が腐る」
「そんなにか」
「じゃあ、ウチも読むのはやめたほうがいいかもね」
「いや、ココロは大丈夫。もうそんな若くないし、人生経験ある分薄汚れているし今更穢れるもんもないだろう」
海渡天馬22歳。嫌いな食べ物はオブラート。幸守ココロX歳。嫌いな言葉は四捨五入。
「天馬。スケジュールを埋める作業があるって言ってんね。1週間ほど病院の天井を1日中見る予定を入れてあげようか?」
「いえ、結構です」
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