第26話 戦うしかない
瑠璃と通話中にもココロとメタルドラゴンのオーナーからメッセージが届いた。内容は2人とも似たようなものだ。モンスターが閉じ込められて連絡が取れなくなったと。
完全に孤立無援状態のクルワサン。救援が来るのであれば逃げの一手に徹して、戦わないのが最も賢いやり過ごし方である。しかし、こうなってしまってはその手もできない。
天馬は覚悟を決めた。そして、クルワサンに指示を出す。
「クルワサン。戦うぞ」
「え? 戦うの?」
「ああ。誰の助けも期待できない状況だ。このまま逃げていてもいずれ奴に倒される運命だ……ならやるしかない!」
まさに
「わかった。天馬が戦えというのなら、そうするしかないんだね」
クルワサンはうなずく。天馬のことを信じて目の前のアンドレアをしっかりと見据えた。
「作戦会議は終わったか? こちらも角エネルギーの充填が終わった」
クルワサンと天馬が会話している間。それも敵が悠長に待っていてくれるとは限らない。敵も敵でチャージが必要な戦闘スタイルであるために、天馬とクルワサンが話しているのは好都合であった。キラキラと光っている角。あれをどうにかしない限りは、天馬とクルワサンに勝ち目はない。
「クルワサン。さっきは戦えと言ったが、今は逃げに徹するんだ。敵の攻撃のタイミングは掴みやすい。角が光っている時が攻撃タイミング。その時は回避か防御。どちらかの行動を取ろう」
「うん! そうだね」
「ホーンレーザー!」
またしてもアンドレアの角からレーザーが発射される。そのレーザーはクルワサンの心臓を目掛けていた。だが、これは逆にチャンス。
「妖精の鏡!」
クルワサンの胴体部分。そこに大きな鏡が出現した。その鏡にレーザーがぶち当たる。鏡がレーザーをキュイイインと音を立てて吸収し、そしてレーザーを跳ね返した。
「なにっ!」
アンドレアは跳ね返ってくるレーザーに肩を射られた。だが、そこはドラゴンのウロコに覆われている部分で、命中してもちょっとした火傷で済んだ。アンドレアはギリっと奥歯を噛んでクルワサンを睨んだ。
『おおお!』
『新スキル!』
『クルワサンちゃんは結構補助技を豊富に覚えるよね』
アーツスキル『妖精の鏡SLV1』
(条件:高評価の数が累計10000に到達する)
効果:自分の胴体を覆う鏡を出現させる。鏡は耐久度がある限り光線系の攻撃を跳ね返す。
「小癪な……!」
アンドレアの眉がぴくぴくと動く。怒りが顕在化されたその様相はクルワサンにプレッシャーを与える。
クルワサンの胴体を覆っていた鏡がピキっと割れて、そこからバリバリと音を立てて崩れ去った。妖精の鏡は光線系の攻撃を確実に跳ね返すものの、その光線の威力が高ければ一瞬で壊れてしまう。
守れる箇所も胴体のみであることから、便利だけど万能とは言い切れない絶妙なラインのスキルである。
「さて、ここからどうするか」
天馬は頭を悩ませる。コメントにもあった通り、クルワサンの補助技は強力である。だが、言い換えればその分攻撃面が不足しているのだ。使える攻撃スキルは現状では、火炎鱗粉とブレットバレットのみ。どちらも特殊な効果というものはなくて、威力もそこまであるわけではない。特にまだチャンネル登録者数が1万程度のクルワサンにとっては、攻撃技の威力もそこまで高められるわけではない。攻撃スキルはモンスターが持っている“数字”の影響を受けやすいのだ。
天馬は状況をよく確認してみる。先ほど攻撃を受けたクルワサンの傷はほぼ治っている。攻撃をかすめただけだし、クルワサンには自動回復がある。その一方で、アンドレアは自動回復を持っていないのか、受けた傷が回復している様子はない。
「でも、攻撃のチャンスは今しかない! クルワサン。奴の角にエネルギーが充填する前に叩くぞ!」
「任せて! ブレットバレット!」
クルワサンが小麦の弾丸をアンドレアに撃ち込もうとする。パンと勢いよく放たれた弾丸。だが、アンドレアはその弾丸を腕を振るい、弾き飛ばした。飛ばされた弾丸は壁に命中してめり込む。
「ハッ、今のが攻撃だと? 笑わせてくれる!」
アンドレアは余裕の笑みを浮かべている。弾丸が通じないのであれば、接近戦に持ち込む。クルワサンはアンドレアに向かって飛び、蹴り攻撃をくらわそうとする。しかし、アンドレアはクルワサンの脚をガシっと掴み、そしてクルワサンは壁に向かって投げ飛ばした。
「うわあ!」
ブンと勢いよく投げられたクルワサンは羽をばたつかせて、なんとか加えられた力に抵抗する。壁に激突する寸前でブレーキがかかり、クルワサンは激突を免れた。しかし、アンドレアもまた飛行能力を有している。壁際に追い込まれたクルワサンに向かって跳躍。急接近して、有利な立ち位置を取る。
「お久しぶり。さあ、アタシと楽しい格闘戦をしようじゃないか」
壁際に追い込まれて逃げ場がないクルワサン。アンドレアがそのクルワサンの顔面に向かってパンチを繰り出そうとする。
「ぐっ……」
クルワサンは素早く反応して、腕で顔をガードした。だが、アンドレアの攻撃は強烈でクルワサンの腕がメリメリと音を立てているのが配信の音声で伝わる。そのあまりにも痛そうな音にコメント欄が大荒れする。
『痛い痛い痛い』
『こんなの見てられない』
『見るんだ。応援するんだ。じゃなかったらクルワサンが弱体化してしまう』
『推しの戦いは見届けなければならないんだ』
バーチャルモンスターの強さは数字に現れる。チャンネル登録者数が最もその比重が多いが、配信の視聴者数や高評価数もそれに反映されるのである。推しがピンチで辛い時、そういう時だからこそ視聴をやめてはいけないのである。
リスナーにできることは高評価を押すこと、応援コメントを送ることである。
『がんばれ!』
『アンドレアに負けるな! ¥3,000』
「もう一発!」
アンドレアが今度はクルワサンの腹部を狙う。しかし、クルワサンもサンドバッグで終わるつもりはない。完全に自分の方がステータスが上だ。そう思っていて、ガードが甘くなっているアンドレアのアゴ。そこに思い切りアッパーをくらわす。
「ッ!」
アンドレアのアゴに激痛が走る。クルワサンのパワー、スピード。応援コメント、スパチャ。それにより、一時的に増強していた。スパチャは効力こそ短いものの、確実に能力がブーストされる。ここぞというタイミングのスパチャほどありがたいものはないのだ。
「お、おのれ……まだそんな力が……」
「これはボクだけの力じゃない。この配信を見てくれている人。みんなが応援してくれるからこその力だ」
クルワサンはファイティングポーズをとる。スパチャの効力が切れる前にもう一撃入れてやる。そう思っていた。しかし。
「クルワサン。壁際から離れるんだ!」
「え?」
「早く! 広い場所で戦うんだ!」
天馬の指示にクルワサンは従い、壁際から離れて広い場所に出た。そのクルワサンの行動にアンドレアは苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
「天馬。どうして? スパチャの効力があるうちにあいつを攻撃していたら……」
「いや、クルワサン。ラッキーパンチに2発目はないと思った方が良い。アンドレアのガード。それはさっきが甘すぎただけだ。もう1発入るとは思えない」
天馬の判断は正しかった。あのまま、クルワサンが追撃していたらカウンターを食らっていた。そして、壁際に追い詰められたという状況を打破することもできない。
でも、今は下手に追撃しなかったお陰でその場の窮地から脱することができた。
「クルワサン。俺たちとアンドレア。その数字の差は絶望的なほどにあることを忘れるな。こっちは、たった1手ミスするだけでやられるかもしれないんだ」
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