第3話 翼を授けるぅ~
『なに? なにがあったの?』
リスナーからコメントが出る。リスナー視点で見ても急に壁がドンドンとなって、壁が崩れつつある状況。説明がなければ不安になるのも無理はない。
天馬は急いでマイクをオンにした。
「みなさん! すみません。バーチャルハンターからの襲撃にあいました。このままではコローネはやられてしまいます。みんな! チャンネル登録をお願いします! そうすれば、コローネは強くなって進化できるんです!」
天馬は必死に呼びかけた。しかし、現在の視聴者数はわずか5人。全員チャンネル登録していなくて、今すぐチャンネル登録したところで必要な100人には届かない。
『え? マジ? どうしよう』
コメントをくれている人もどうしていいのかわからずにオロオロとしている状態である。このままではコローネを羽化させることができない。それは、戦闘能力を持たないサナギ状態のコローネの死を意味する。
天馬は心の中で悪態をつく。「ここまでやってきたのに、やっと伸びる
「お願いします! 拡散してください! SNSでも! 友達でも! 誰でもいいのでこの状況を伝えて下さい!」
天馬にできるのは助けを求めることだけだった。己の無力さを噛みしめながら、ひび割れていく壁を見ながら祈り続ける。
◇
「ど、どうしよう。このままだとこのキモかわいいモンスターが死んじゃう。そうだ! あの子に相談しよう」
女子高生がメッセージアプリを開く。そうしてアカウント名:
『お願い。この子を助けてあげて』
ライブ配信のURLと共にメッセージを送る。瑠璃からすぐに返事が来た。
『落ち着いてくれ。まずは事情を説明してくれないと私もどう動いていいかわからない』
『実は、この子は戦う力を持ってないのに、バーチャルハンターに狙われているの。早くチャンネル登録者数を増やさないとこの子の命が……』
『わかった。ちょっと待っててくれ』
◇
ミシッミシッ……ピキッ。壁に強めのヒビが入る。
「もうダメなのか……」
壁にドゴォと強い音が響き渡る。中から出てきたのは、短い一本角を持っている鬼の顔をした四本足の生物が現れた。
「こいつがバーチャルハンターか……!」
四つ足の鬼は前足を使い、穴が開いた壁を自分が通りやすいように広げていく。こうなってしまってはもう天馬ではどうすることもできない。ついに万事休す。
「コローネ!」
天馬がコローネの方に目をやる。次の瞬間、コローネの体が光始める。
「な、なんだ……!」
天馬が画面を見ると、そこにはチャンネル登録者数118人の文字が見えた。
「ど、どういうことだ?」
『今日の祭り会場はここか?』
『バーチャルモンスター戦か。テンションあがるな~』
「な、なんで急にこんなに伸びたんだ?」
コローネのサナギにピキピキとヒビが入る。もうすぐサナギから成虫が出る。そういう段階で……
「キシャアア!」
四つ足の鬼がコローネのサナギに向かって飛びかかってくる。
「コローネ!」
四つ足の鬼の前足にある爪がサナギを引き裂こうとする。ベリ! サナギが爪で引きはがされる。
「コ、コローネ!」
天馬は冷や汗をかいた。今の一撃でもコローネは死にかねない。だが、すぐにその心配が杞憂だとわかった。サナギのコローネの中から出てきたのは……三日月模様の蝶の羽を持つ人型のモンスター。つまり妖精だ。
「よ、妖精……」
天馬が思わずそうつぶやく。そしてコメントが喚起する。
『うおおおおおおおお!』
『かわいいいいいい!』
『貴重な妖精たんの羽化シーンだ!』
『え? これをライブで見ていいんですか?』
羽化したコローネのあまりの美しさにコメントが溢れかえった。事実、シルクのように白くきめ細かい素肌の手の平サイズの妖精。顔も美少女ですらかすむくらいにかわいらしい要望をしていて、とてもついさっきまで芋虫だったとは思えないくらいの容姿をしている。
「え……?」
気づいたらチャンネル登録者数が250人を突破していた。始まる前は50人にも満たなかったので実に5倍以上の伸びを見せている。高評価、コメント数、共にぐんぐんと回っていき、いつしか……
アーツスキル『火炎鱗粉
(条件:チャンネル登録者数:150人)
アーツスキル『癒しの波動SLV1』が解放されました。
(条件:1回の配信で高評価数50以上)
パッシブスキル『自動回復SLV1』が解放されました。
(条件:チャンネル登録者数100万人以上のチャンネルがライブを視聴する)
パッシブスキル『火炎耐性SLV1』が解放されました。
(条件:1分間で10人以上がコメントをする)
「なんだこれは……次々にスキルが解放されていく。コローネ。お前、戦えるのか……!」
天馬が端末を見ると、そこには様々なスキルの解放条件が書いてある画面が表示されていた。その名前の最上部に知らない名前が書かれていた。そこには以前はコローネと書かれていたが、今そこに書かれているのは――
「クルワサン。それがボクの新しい名前。天馬……ここまでボクを育ててくれてありがとう。そして、リスナーのみんなも応援ありがとう、ボクが成長できたのはみんなのお陰だ」
サナギから抜け出したクルワサンは羽を動かして飛んだ。ファサファサと優雅に舞いながらも、完全に上を取り、羽から鱗粉をまき散らす。
「火炎鱗粉!」
クルワサンの羽から放たれた赤い粉。四つ足の鬼に向かって降りかかりその粉がボッと急に発火する。
「ギシャアア!」
四つ足の鬼の皮膚に焦げ跡ができる。熱によるダメージが入っている証拠である。身もだえしている四つ足の小鬼だが、その背中がボコボコと音を立てて盛り上がっている。その盛り上がりからズボっと音を立てて、羽がヌーと生える。バサバサと四つ足の鬼が翼をはばたかせて飛翔する。
「グアアアア!」
「空中戦か。いいね。思い切りやろう」
『初戦闘で空中戦か』
『飛べるモンスターは限られているから、中々お目にかかれないぞ』
『空中戦マニアのワイ大歓喜』
四つ足の鬼が前足の爪でクルワサンを引っかこうとする。クルワサンは優雅な羽ばたきで急上昇してその攻撃をかわした。
「隙あり!」
「ぐへえぇえ!」
急上昇したクルワサンが四つ足の鬼の脳天に向かってかかと落としを決めた。脳がぐわんぐわんと揺れる四つ足の鬼。平衡感覚を失い、飛行状態を維持できずに落下していく。
『おおお! すげえ!』
『妖精なのに格闘戦もできるのか!』
ドスンと落下する音が聞こえる。四つ足の鬼は受け身を取ることもできずに空中から落下し、ぴくぴくと痙攣して戦闘不能状態に陥った。
四つ足の鬼はそのままサーっと粒子になって消えていく。バーチャルハンターの撤退である。これにて、クルワサンの勝利だ。
『勝った!』
『すげえ! かわいいし強いとか最強かよ!』
『チャンネル登録しました』
「リスナーのみんな。ボクをここまで強くしてくれてありがとう。勝利した記念にチャンネル登録と高評価してくれると嬉しいな」
天使のような笑顔を画面に向けるクルワサン。それにリスナーたちが歓喜して次々にチャンネル登録が押されていく。
「は、はは……やった。やった! これって夢じゃないよな……やったな。コローネ!」
リアルタイムで回り続ける数字。気づけばチャンネル登録者数は500人を超えていた。
今まで誰にも見向きもされなかった醜い芋虫型のモンスター。それが自らの殻を破り妖精へと進化し、急激な伸びを見せる。
たった1日で掴んだ夢。しかし、これは始まりに過ぎなかった。海渡 天馬とそのパートナーのクルワサンは更なる躍進をする。
それはやがて世界を……世界の運命をも巻き込む壮絶な物語になることをこの時は誰も知らなかった。
『クルワたん。ガチ恋してもいいですか?』
「ガチ恋? えー。でも、ボクには天馬がいるからな。あ、天馬ってのはボクの大切な人でとってもかっこいい男の人なんだ」
『え……?』
『なんだと……』
『これは炎上不可避』
『天馬って誰だよ! ふざけんな!』
『今日の炎上会場はここですか?』
「え……?」
急激に燃え始めるコメント欄。天馬は初めてのバズりを経験するのと同時に初めての炎上も経験したのであった。
パッシブスキル『火炎耐性SLV2』が解放されました。
(条件:1分間で50人以上がコメントをする)
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