第4話 ついてる方がお得

「え? ちょ、ちょっと待って。なんでコメント欄が燃えてるの? ボクなにか悪いことした?」

 

『かわいいボクっ娘妖精に好かれるなんて許せん』


「ボクっ娘? なに言ってるの? ボクは男だよ?」


 クルワサンが性別を明かした瞬間、一瞬世界の時が止まった。だが、すぐに時が動き出す。


『男の娘!?』

『やったぜ。』

『それなら許す!』

『ついてる方がお得だからなあ!』

『お尻見せなさいよ』

『やめろ! これは罠だ!』

『罠でもいい! 罠でもいいんだ!』


「なんなんだ。これは……いや、なんなんだ」


 燃えたかと思ったクルワサンの配信。しかし、性別を明かした瞬間、一気に鎮火してしまった。リスナーの層的に男性同士の絡みは「ヨシ!」とされていたのが幸いした。


 チャンネル登録が更に爆増する一方で、涙を飲んでチャンネル登録を解除した者もいた。性別の解釈違いは時には悲劇を生むのである。


「わわっ……」


 画面の中のクルワサンが立ち眩みを起こしてしまう。フラフラと歩いて膝をついてしまった。


『どうした!?』

『え? え?』


「ご、ごめん。ちょっと進化でエネルギーを使っちゃったから疲れちゃったみたい。別に病気とかじゃないから安心して」


『そっか。それなら良かった』

『あんまり無理しないでね』


「クルワサン。疲れているなら配信を終了するか?」


「うん。そうさせてもらう。みんな、せっかく来てもらったのにごめんね。助けてくれて本当に嬉しかった」


『お疲れ』

『戦闘直後だし、しょうがないよ』


 こうして、無事に炎上を回避して配信を終了した天馬とクルワサン、天馬はクルワサンは休憩用の端末に移動させて彼の疲労回復を待つことにした。


 配信終了後、天馬のスマホが鳴る。彼の上司のたいらからである。


「お疲れ様です。平さん」


「ああ。海渡君。ちょっと事務所の方に来れるか? 話があるんだ」


「ええ。大丈夫です。すぐに向かいます」


「来るときにコローネ……じゃなかった。なんだっけ。あのクロワッサンみたいな名前の妖精」


「クルワサンですね。ちなみに意味は同じです」


「ははは。そうか。まあ、私はパンよりピザ派だからな」


 天馬は「パンもピザも同じようなものだろ」と心の中で上司にツッコミを入れる。


「とにかくわかりました。クルワサンを連れてそちらに行けばいいんですね」


「ああ。頼む」


 天馬はクルワサンのデータが入っている端末を手に取り、車で事務所まで向かった。


「お疲れ様です。ただいま戻りました」


 天馬が事務所につくと、デスクにてコーヒー片手に英字新聞を広げている渋い感じの中年男性がいた。彼こそが天馬の上司。たいら 光輝こうき。世間一般ではイケオジと呼ばれる容姿をしている。役職持ちなのに、名前のせいで裏では平シャインとあだ名をつけられている。


「お、海渡君。来たか。それじゃあ、早速。キミたちの今後の方針について話をしようか」


「今後の方針ですか」


「ああ。今までは事務所の方針としてキミとコローネは完全に放任していた。正直、芋虫のモンスターをプロデュースする技術なんて我々にはなかったからな。下手に口出しするのはかえって逆効果だと思ってね」


 大人の建前で翻訳されているが、要は「今まで事務所はお前たちには期待していなかったから、特に指示を出さなかった。指示の手間すら惜しむのがウチの事務所だ」ということである。オブラートの重要性に思いを馳せながら天馬は平の話を聞く。


「キミの配信を見たよ。見事に芋虫から妖精に進化させることができたようだね。おめでとう」


「俺の配信を見てたんですか?」


「ああ。せめて見守るくらいのことはしないとな」


 事務所のもっと上の層からはコローネは完全に見放されていた。しかし、平だけはその可能性を信じていた。だから、配信を見守っていて、そのお陰でこうして速い対応をすることができた。


「今は上の人間と掛け合っているところだが、キミの配信スケジュールも事務所で管理することになった。今までは好きな時に配信できていたようではあるが、それが少し制限される形となる。まあ、その分、事務所でできるバックアップは最大限させてもらう」


「そうですか! ワンダーズの公式アカウントに俺とクルワサンの配信スケジュールが載るんですね!」


 今まで、配信スケジュールを伝えても掲載されることが一切なかったコローネ。全くフォロワー数がついていないコローネのアカウントで告知するしかなかったので、天馬は少し嬉しくなった。


「さて、ここからが本題だがクルワサン君のスキルの習得条件とやらを見せて欲しい。それを基に配信の方向性を決めよう」


「配信の方向性ですか?」


「ああ。例えば、配信と一口に言っても歌の配信やダンスの配信、ゲーム実況や雑談などそれは多岐に渡る。バーチャルモンスターはその配信の内容が特に重要なんだ。それはスキルの獲得条件に関わってくる」


「スキルの獲得条件……チャンネル登録者数を増やす程度しか俺は知らなかったです」


「まあ、キミたちの場合はそれしか解放されてなかったからな。でも、歌配信でチャンネル登録者数を伸ばす。ゲーム実況で高評価数を得る。こうしたものがスキル獲得の条件になる場合がある」


「あー……なんとなくイメージはできました」


「だから、スキルの獲得条件をあらかじめ確認しておく必要がある。例えば、歌配信で得られるスキルがないのに、延々と歌の配信をしたところでモンスターは効率が良い成長をしない。モンスターが成長しなければ……いずれバーチャルハンターに狩られてしまうことだろう」


 天馬は生唾を飲む。バーチャルハンターとの戦闘を思い出した。たまたま、コローネが進化条件を満たせたから良かったものの、そうでなければコローネはやられていた。ハンターを撃退するためにも日頃から鍛えて強くしておくことに越したことはない。


「というわけで、配信の方向性を決めるためにも、クルワサン君のスキルの解放条件を私と共有しようじゃないか」


「はい。わかりました」


 天馬は端末を操作してクルワサンのスキルを確認する。そこには今まで見えなかった解放条件が見えるようになっていた。


天聖てんせいの歌声SLV1』歌配信でチャンネル登録者10人獲得

『ブレイクチョップSLV1』正拳突きを配信内で累計1万回する

『ブレッドバレットSLV1』料理配信を累計1回行う

『挑発SLV1』配信中にゲーム内でプレイヤーから煽りメッセージを累計1回もらう


「すぐに達成できそうなのはこれくらいかな」


「あの。平さん。なんで正拳突きをやって覚えるのがチョップ技なんですか? それと1万回はすぐにできる数字ではないように思えます」


「んー? そうか? 覚える技なのがチョップなのはともかくとして、正拳突きはどの配信でも対象になっている。歌枠の休憩中にでも正拳突きをさせておけば、累計のカウントはたまっていく」


「なるほど……確かにどの配信でもカウントされるのは良いですね。累計なのも地道にやれるのが良いのかも。これが1日以内にやれだったら流石にキツいですけど」


「流石に1日に1万回も正拳突きできるわけないだろう」


 いくら、モンスターと言えど超人じみた動きが簡単にできるかと言えばそうではないのだ。


「それと平さん。気になっていたんですけど、煽りメッセージ。これって受動的ですよね? 民度が良いプレイヤーに当たりつづけたらもらえないのでかなり運が絡むのでは?」


「いや、1回だけでいいならすぐに来る」


「え?」


「海渡君。キミが思っているよりも世界は広い。口もマナーも頭も悪い人間がオンラインゲーム内では無限にいる。煽りメッセージをもらう確率は山を歩いて石を踏む確率とほぼ同じだ」


「ええ……」


 オンラインゲームの恐ろしさを実感してしまった天馬。だが、安心して欲しい。そういう民度が悪い人間は本当に一部の人間だけなのだ。ゲームによってはマナーが良いプレイヤーが多いこともある。ただ、ゲームによっては動物園になるだけである。

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