第2話 不憫系キモかわいいモンスター
「いえーい! コローネ、チャンネル登録者数30人突破おめでとうの会だー!」
盛り上がっている天馬とは対照的に冷ややかな視線を向けている女性がいた。大人気Vtuberの
「ウチのところのチャンネル登録者数の10万分の1やんけ」
「うぐ……」
ココロが飼育しているバーチャルモンスターは、現在チャンネル登録者数300万を超える大人気モンスターである。同じ事務所でなぜここまで差がついてしまったのか。それは事務所からの扱いの差にあった。
事務所のホームページではココロのところは大々的に目立つ位置に配置されているのにも関わらずに、天馬のところのコローネはページを最後までスクロールしないと現れない位置にポツンとあるだけ。まさに隅においやられているのである。
公式アカウントでもココロの配信情報はくどいくらいにアナウンスするのに、どうせ売れないコローネは全く情報が拡散されていない。これでは売れるはずもない。
「俺、そんなに広報に嫌われるようなことしたかな」
「まあ、ウチの広報は虫が苦手だかんね。特に毛虫系」
「失礼な。コローネは毛虫じゃなくて芋虫だ! 毛が生えてないツルツルだ!」
天馬はココロの失礼な物言いに訂正をする。
「まあ、とにかく。地味にがんばってきたかいがあったってことやんね。チャンネル登録者が増えて、あんたのところのコローネちゃんも少しは強くなったんじゃない?」
「うーん……もうちょっとで強くなりそうな気がするんだ。ほら、この解放状況を見て」
天馬はスマホでアプリを開き、そこの画面を見せる。
・チャンネル登録者数50人で解放……サナギ化
「え? これだけ?」
「これだけってなんだよ」
「いや……普通、もっと高評価数とかコメント数とかでも技が解放されたりするもんじゃ……」
「たしか、ロックがかかっているスキルについては表示されないはず。今は幼虫の状態だからスキルにロックがかかっているんだと思う」
「まあ、確かにその説はあるんね。とりあえず、羽化しないことには始まらないってことやんね」
「おう。コローネを一人前のモンスターに育てるから、ココロも応援してくれ」
「はいはい」
◇
「さて……今日もコローネの配信をするか」
チャンネル登録者が不意に伸びたので天馬も上機嫌で配信を始める。配信開始早々、映し出されたのは仰向けになって寝転んでいるコローネの姿だった。
「いきなり、仰向けか……」
仕方なく天馬が助けようとする。しかし、ここでコメントが流れた。
『一生懸命起き上がろうとしているかわいい』
「かわいい……? どういうことだ?」
天馬には理解できなかった。この明らかにかわいそうな状況。それを良しとする人間がいることに。かわいそうはかわいい。その意味をまだ理解していない天馬はコローネを起こすかどうか迷ってしまう。
『起こしてあげてー』
どうやら起こすのが正解のようであると判断した天馬。コメントの指示通りにマジックハンドで起こすことにした。
「んみゃあ!」
『良かったねー』
起き上がれたことで喜んでいるコローネを見てコメントしてくれている人も嬉しい気持ちになる。
「いや……待てよ。それよりも……! コメントが来ている!」
配信者。それはコメントに飢えている生物である。あまりにも自然ににゅっとコメントが来ていたので忘れていたが、実はこれがコローネチャンネルの配信の初コメントである。
今までコメントなしで配信してきただけに、ついに来たコメント。それだけで天馬の心が躍る。配信を続けてきたかいがあった。やっと報われたと感激で目頭が熱くなる。
「んみぃ……?」
『きゃーきもかわいいー!』
「きもかわいい……? それは相反する属性ではないのか?」
またしても、天馬が理解できない概念がきた。キモいものはキモい。かわいいものはかわいいとハッキリと線引きをする天馬にとって、この言葉は完全にエイリアンの言語である。
「んみゅう!」
『コローネちゃんこっち向いて』
画面に背を向けている状態のコローネにコメントがこっちを向くように指示をする。しかし、コローネはまだしゃべらないし、人語も理解できない。ただ、本能に従って動くだけ。
でも、天馬もせっかくコメントをくれる視聴者の声にこたえたい気持ちはあった。だから、マジックハンドでトントンと画面を叩く。音に反応したコローネは画面の方を見た。
カメラ目線になるコローネ。
『やーん。ぶちゃいくー』
「ぶちゃいく……不細工のことか」
もう悪口を言われているのか褒められているのかわからない状態。
コローネが口から糸を吐き、それを自身の体に巻き付けていく。
「な、なんだ……?」
天馬はこれまでコローネが見せたことがない挙動に驚いた。だが、すぐにその意味に気づいた。
「チャ、チャンネル登録者数50人! まさか、これがサナギ化か!」
今までずっと芋虫のまま成長しなかったコローネの貴重な成長シーンである。白色の繭に包まれるコローネの体。白かった繭がだんだんと青紫色に変色していく。
「お、おおお!」
『なにこれー』
「あ、そうか。リスナーたちはコローネのサナギ化のことを知らないんだ。ちゃんと説明しないと」
天馬がマイクをオンにしようとしたその時だった。ビープ音が鳴り響く。
【EMERGENCY】
【VIRTUAL_HUNTER】
「これは……バーチャルハンターか!」
バーチャルモンスターを付け狙うバーチャルハンター。その存在は謎に包まれている。バーチャルモンスターを狩ろうとする存在で、突如現れる。現れたら警報音が鳴り、バーチャルモンスターの危機を知らせてくれる。
「おいおい、なんで俺のコローネにハンターが来るんだよ」
ハンターは基本的に強いモンスターを狙う。弱いモンスターが育つまで待ってから狩る傾向にある。こうして、成長途中のモンスターのところに来るのは非常に稀なケースだ。それだけに天馬も完全に油断していた。
「やるしか……ないのか?」
天馬は覚悟を決めようとしても、コローネは戦闘能力を持たない芋虫。いや、今はサナギになって動き回ることもできなくなってしまった。どう足掻いても勝つことができない。
ドン、ドンと音が聞こえる。コローネのいる部屋の壁にミシッミシッとヒビが入っていく。バーチャルハンターがこの空間に侵入しようとしている証拠である。ヒビは段々と大きくなっていき、このまま放置していればいずれ壁をぶち壊されてしまう。
「くそ! やめるんだ!」
天馬がマジックハンドを使い、ドンドンと叩かれている壁を抑える。できるだけ壁に伝わる振動を相殺するように。それでも壁がどんどん崩れていくのを完全に止めることができない。本当に気休め程度にしかならないのだ。
「くそ……どうすればいい……?」
天馬は端末を見た。そこにはサナギ化したコローネの次なる進化条件が書かれていた。
・チャンネル登録者数100人で解放……羽化
「100人で羽化……? できるのか? 50人達成するまでどれくらいかかかったと思っているんだ?」
チャンネル登録は他人の手によって行われて、自分でどうこうできるものではない。どれだけリスナーを魅せる配信をしたとしても、そのリスナーが登録ボタンを押してくれなければ数字には繋がらない。
絶望的な状況に天馬の心臓がぎゅっと締まる思いをする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます