バーチャルモンスターズ
下垣
第1話 配られたカードで勝負するしかない
とあるディスプレイに表示されているのはドラゴンと鎧をまとった女性ヴァルキリー。ヴァルキリーが槍を構えてドラゴンに向かって突進をする。しかし、強靭なドラゴンはそれを腕を振り下ろして跳ね返した。
「きゃあっ!」
ヴァルキリーの悲鳴が流れる。それと同時にコメントも流れた。
『悲鳴助かる』[3000円]
そのコメントと金を受けたヴァルキリーの体が光り輝く。ヴァルキリーの体の奥底から力が溢れる。もう1度ヴァルキリーが突進する。今度は目にもとまらぬ速さ。ヴァルキリーの槍がドラゴンを貫く。
「グ、グアワアアー!」
槍が刺さったのにドラゴンから血は出ていない。だが、ドラゴンは倒れた。
「勝負あり! このヴァルキリーの勝ち!」
判定員の声にこの試合を見ていた観衆の声が沸き立つ。それとコメント欄も加速する。
以上がこの世界で行われているライブバトル。バーチャルモンスターと呼ばれるモンスターたちを戦わせるものである。
バーチャルモンスターは仮想空間上に存在するモンスター。突如、現れた存在でどこから来たのか、はたまた誰が作ったのかも不明である。それでもなぜか世間はバーチャルモンスターの存在を受け入れて、こうして興行が成立するレベルで人気を博しているのだ。
この配信を端末で見ていた青年もそのバーチャルモンスターの飼育をしているオーナーの1人。名は
「いいなー。ドラゴンも女性型モンスターも人気だもんなー」
天馬は自分の端末に表示されているモンスターに目を向けた。そこにいたのは、パンのコロネのような形をしている芋虫だった。これが彼の相棒であるコローネ。チャンネル登録者数はわずか3人。2年もチャンネルを持っていてこれである。弱い。高評価をもらったことはないし、スパチャを受けられる要件も満たしていない。つまり、雑魚ってこと。
「こんなモンスターでどうやって戦えばいいんだ」
天馬は頭を抱えた。バーチャルモンスターはいわゆるVtuberなどと同じく、事務所に所属していることもある。天馬とコローネも事務所【ワンダーズ】に所属している。元々はVtuber事務所であったが、業績が振るわなかったところをバーチャルモンスターを扱うことによって、業績を立て直したのである。
「んみ……んみ……」
コローネが謎の声をあげている。天馬が端末を見るとコローネが一生懸命に運動をしている。自主的に体を鍛えているようではあるが、その効果もリスナーから送られるチャンネル登録等に比べれば皆無に等しい。
「お前はこんなにがんばってるのにな」
天馬は切なくなった。コローネをずっと見てきた天馬は誰よりもそのがんばりを知っている。そしてそれが報われないことも。最初は天馬もコローネのことをかわいくないと思っていたが、長い間一緒にいることで愛着がわいてきた。今ではかわいいとすらおもえてしまう。
「なんとかしてやりてえよ!」
天馬は事務所に所属している会社員であるから、成果を出しても出さなくても一定の給料はもらえる。お荷物扱いされていることを覗けば待遇に文句はない。なにせ、ワンダーズには大きな稼ぎ頭がいるからである。天馬とコローネの負債の分を受け入れる余裕はある。
とはいえ、いつまでもお荷物というわけにはいかない。肩身が狭い思いもしたくはない。そして、なによりもコローネを羽ばたかせてやりたい。その思いで天馬はがんばっているのである。
「よし、今日も配信するぞ!」
「んみゅ!」
他の配信者もそうであるように、チャンネル登録者数を伸ばすには何かしらのアクションを起こすしかない。それが、動画の投稿だったり、配信だったりは個々のスタイルにもよるが、天馬は配信という方法を取った。
「ほら、コローネ。みんなに挨拶しな」
「んみゅう?」
挨拶しろと言われてもコローネはしゃべることができない。基本的にバーチャルモンスターは成長すればしゃべれるようになる。しかし、コローネにはその成長の機会すら与えられない。
当然、配信で人気を出すにはしゃべった方が有利である。事実、弱くて見た目も悪いけれど、しゃべりの面白さでカバーして人気になり、強くなったバーチャルモンスターもいる。
強ければ人気が出る。しゃべれれば人気が出る。しかし、それらで人気を取るためには人気を取らないといけない。まさに負の無限ループ。最初のきっかけを掴めなければ人気が取れる要素も解放できないのである。
「んみゃあ!」
コローネがコロンと転んでしまった。コローネが前足をバタバタとさせている。
コローネは転んでしまったら、自力で起きあがることができない。
「仕方ないな」
天馬はコローネに手助けをするためにバーチャルマジックハンドを用いた。これは、バーチャルモンスターを触れ合うためにある機能で、オーナーの手とリンクしている。現実世界のオーナーとバーチャルモンスターが干渉できる数少ない方法の1つである。自身の手とマジックハンドをリンクさせて、天馬はコローネを起こした。
「全く。もう転ぶんじゃないぞ」
「みゅ!」
天馬にとっては何気ない行動だった。しかし、この様子を配信したのは始めてだった。これが、後に天馬とコローネの運命を大きく変えることとなった。
この配信から翌日。天馬は信じられないものを目にした。
「な、なんだこれは……!」
チャンネル登録者数33人。昨日までは3人だったのに、いきなり11倍。脅威の伸びを見せていた。
「マ、マジかよ……たった1日でこれだけ伸びるものなのか?」
わけもわからず混乱する天馬。どうして、自分とコローネが伸びたのか。その理由は全くわからない。
「よくわからないけどやったな! コローネ!」
「みゅ?」
この1歩は大手からしたら小さい1歩……否、1歩ですらないのかもしれない。けれど、この2人にとっては間違いなく大躍進なのだ。
◇
「やだー。これかわいい」
通学中の電車にて、とある女子高生がスマホの画面を見てそう言っていた。隣にいる友人もそのスマホの画面を見る。
「うへぇ。なにこれ。芋虫じゃん。こんなのがかわいいの?」
「うん。だって、1回転んだら自力で起きあがれないし、その起き上がろうとしているところがかわいそうでかわいい」
「あんた変わった趣味しているね」
「えー? そうかな」
「どう見てもキモいでしょ。こんなの」
「うん、確かにキモいけど、キモかわいいって言う感じなのかな? あー。一生見てられるこれ」
「そんなに見てられるならチャンネル登録でもしたら?」
「チャンネル登録? なにそれ」
「あんた、そういうのもわからないの? ほら、動画下のそこにあるボタンを押して。そうすれば、この子のチャンネルが配信開始したら通知がくるようになるから」
「へー。そういう機能あるんだー。知らなかった」
「チャンネル登録も知らずにどうやって動画を見てきたの?」
「ん? だって、普通になにかズラーってオススメ動画出てこない? それがあればチャンネル登録とかいらなくない?」
「まあ、確かに。それは一理あるかも。でも、推しの配信を見逃したくないんだったらチャンネル登録しとかないとね。特にこんなマイナーな配信とかチャンネル登録しなかったらオススメにも出てこないよ」
「そうなんだ」
「でも、アンタ。よくこんなマイナーな配信見つけたね」
「んー。なんか有名なVtuberが育てているモンスターと同じ事務所? 的な感じだからちょっとだけ見てみたんだ」
「なるほど……まあ、事務所が有名でもそこの所属全員が有名とは限らないし……」
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