第6話 意外な才能と誤算
天馬は上司である平に配信スケジュールの提出を行った。平と話し合った結果、まずはゲーム配信で煽りメッセージをもらうことでスキル『挑発』を覚えようとする。
「というわけで、クルワサンにはゲーム配信をしてもらうことになった。まあ、操作は配信でやりながら覚えてくれ」
「えっと……練習しなくて大丈夫かな? ボク、1度もゲームなんてしたことがないし」
今までずっと芋虫でコントローラーに触ることすらできなかったコローネ時代。それが妖精形態となって手が生えてようやくゲームができるようになった。が、完全なるゲーム初心者である。
「大丈夫だ。初見配信というのも需要はある。クルワサンはただゲームを楽しめばいい」
天馬はそうは言っているが、別の狙いがあった。それは、ゲームが下手であればあるほど煽りメッセージをもらう確率が高いということだ。
基本的にマナーが悪いプレイヤーは他人を見下す癖がある。ゲームが下手であればあるほどその対象になりやすい。特に協力型のゲームでミスをしたら、そのストレスも相まってついつい煽り口調になりがちである。
だから、クルワサンがゲームを練習して上手くなってしまったら、煽りメッセージを送られる確率が減ってしまう危険がある。
クルワサンが煽られるのは天馬の心が痛むけれど、これもクルワサンを強くするために仕方のないことだった。
「今日はこのFPSゲームのタッグ対戦で遊んでもらう。無作為にマッチングした相手と共に、敵プレイヤーのペアを倒すんだ」
「なるほど……やってみるよ!」
今回のミッションは、ゲーム上で煽りメッセージをもらうことである。つまり、配信さえしていれば、配信に来てくれる人数は最悪0人でも構わない。人を集めなくても良いと考えると気が楽ではあるが、それでも配信をする以上は多くの人に見てもらいたいと思うのは配信者のサガである。事務所総出で告知をして、クルワサンのSNSアカウントでもきっちりと宣伝をする。こうした地道な活動がバーチャルモンスターを強くすることにも繋がる。
そして、クルワサンの配信日がやってきた。
「みんなこんにちは。バーチャル妖精のクルワサンです。よろしくお願いします!」
開始時点での視聴者数11人。前回の配信のように爆発的な伸びを見せることはなかったが、この11人は当たり前の数字ではない。天馬にとってもクルワサンにとっても本当にありがたい数字なのだ。
「す、すげえ。開始時点なのに視聴者数が2桁行ってる!」
今までどれだけ長時間配信しても、死傷者数が0人ということも珍しくなかったコローネ。1人いればいい方。3人いけば奇跡。そのレベルだった配信者が2桁の大台に乗ったのは非常に大きいことである。
バーチャルハンター戦での伸びが奇跡的だっただけで、クルワサン本来の実力ではまだまだこんなものである。それを思うと人を集めなきゃ条件が達成できない歌配信はまだクルワサンには早かったのかもしれない。
「今日はFPSを遊んでいきます。ボク、FPSどころかゲームも初めてだから緊張するなー」
クルワサンがキャラを選択して、マッチング画面に移動する。基本的な操作と流れは既に天馬から教わっているのでここは滞りなくできた。
マッチング画面にて、クルワサンのペアとなる相手と対戦相手が決まった。クルワサンの
早速、チャット欄に仲間からのメッセージが届く。
仲間:よろしく
クルワサン:よろしくお願いします
仲間:足引っ張んなよw
軽いジャブの煽り発言。天馬は自分の端末を確認する。しかし、挑発の条件を満たしていなかった。
「今のじゃ煽りの精度が足りなかったか」
「足引っ張んなよ」は害悪ゲーマーにとっては挨拶のようなものである。煽りの内にすら入らないということ。もっと頭がハッピーセットになるくらいの煽りでないと、挑発のスキルは解放されないのである。
仲間:動きが初心者くさいけど大丈夫そ?
クルワサン:初心者です
仲間:うわ、仲間ガチャ外れ引いたわ。ま、俺がなんとかしてやっから、後ろで指くわえてみてな
これも煽り判定に入らない。「大丈夫そ?」は心配。「仲間ガチャ外れ」発言はとある世代特有の言い回しであまりにも標準すぎたからである。
「でも、いいぞ。この試合でクルワサンが足を引っ張れば……こいつは間違いなく試合終了後に煽ってくる! 初回から当たりを引いたかもしれない」
クルワサンの知らないところで、勝手に始まっていたプレイヤーに煽られるまで終われない地獄のような企画。
「…………とりあえず通報の準備をしておくか」
クルワサンを強くするために煽りを入れられるのは必然としても、それはそれで天馬はクルワサンを傷つけるような発言はされたくない。もし、試合終了後に煽ってくるようだったら、この仲間プレイヤーを運営に通報して粛清するつもりでいた。
『パートナー、けっこう感じ悪いね』
コメント欄もクルワサンのパートナーの苛ついていて、あまりいい印書を持っていない。
『しかも、こいつ口だけで下手だ』
建物に侵入する仲間。しかし、クリアリングが全くできていない。もし、建物の中に敵が潜んでいたらこの時点で終わっていた。
仲間:ここにあるの全部俺の物資だから、取んなよ
クルワサン:はーい
物資を集めつつ、敵プレイヤーとの戦いの準備を進める。そうしている内に銃声が鳴り響く。
【仲間は敵Aに殺害された】
「え、ええええええ!」
高台から狙っていた敵に狙撃された仲間。ヘッドショットを決められて無事死亡。残されたのは初心者のクルワサン。そりゃ、こんな叫び声も出る。
「ど、どうしよう。ボ、ボク……どうしたらいいの? と、とりあえず。あっちから銃が飛んできたから……」
クルワサンはダッシュで銃声がした方に向かう。そして、高台にいるスナイパーを追い詰めて、初期装備のナイフでスナイパーを切りつけた。スナイパーは銃で応戦しようとするも、クルワサンになぜか命中しない。一方的にナイフで切りつけられる敵のスナイパー。
【敵Aはクルワサンに殺害された】
『え? なんでナイフで勝ててんだよ』
「なんか知らないけど勝った。え? この敵の人の物資もらっていいんだよね?」
クルワサンは死体漁りをして、装備を充実させた。そして、近くに隠れていた敵Bを発見。
「このボタンで銃を撃てるんだよね。えい」
発砲。敵Bはクルワサンの正確な射撃により、ヘッドショットを決められて爆発四散。死亡確認。
【敵Bはクルワサンに殺害された】
【クルワサンチームの勝利です】
「あ、なんか知らないけど勝った」
まさかの大勝利である。
「よくやったな! クルワサン。お前ゲームの才能があるんじゃないのか?」
天の声として配信に天馬の声が入る。クルワサンはその声を聞いて、頬を
「え、えへえへえへへ。そ、そうかな」
クルワサンが逆転勝利したことで仲間から煽りメッセージが届くことはなかった。天馬もクルワサンが煽られることなく試合を終えられて良かったと心の底から思った。ただ、本来の目的は忘れている。
その後も何度か同じ条件でマッチして、敵を次々と倒していく。そのプレイに魅せられて視聴者も20人、30人と増えてチャンネル登録者も微増した。
「それでは今回の配信はここまでです。いやー。ボクにまさかこんな才能があったなんて思いもしなかったよ」
『すごい!』
『チャンネル登録した。またあのプレイを見せて』
◇
「平さん。見ましたか? クルワサンのあの華麗なプレイを!」
「ああ。アーカイブで見た。凄かったな。あそこまでの才能があったとは、嬉しい誤算ではある」
「やっぱり、俺のクルワサンは天才なんですよ! これはあっと言う間にスター街道を驀進するのも時間の問題かな?」
「なあ、海渡君。スキル獲得条件を忘れていないか?」
「スキル獲得条件……あ!」
「やり直しだな」
今回の成果。クルワサンの才能発覚。クルワサンの人気上昇。スキル挑発『未』収得。以上。
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