第17話 忍者軍団

 とあるバーチャルモンスターの配信。上半身が人間の女性で手がカギヅメで背中に翼が生えている鳥人のモンスター。ハーピィ。それがゲーム実況をしていた。


「今日はこの草原を整地にしたいと思いまーす。リアルな私は飛べるんですけど、ゲーム内だと飛行できるアイテムを入手しないと飛べないんですよねー」


 そんなハーピィがサンドボックスゲームで単調な整地作業を始める。サンドボックスゲームとは、砂場遊びのように自由度が高いゲームで、主に地形がブロック状になっていてそのブロックを採取して組み立てなおして家とかを作ったりするゲームである。


 ハーピィがやっているのはそのブロックの高さを均一にする作業。通称整地である。その作業を数分続けているとアラームが鳴った。


【EMERGENCY】

【VIRTUAL_HUNTER】


『うわ、なにこれ』

『バーチャルハンター来た!』

『ハーピィたんならどんなハンターが来ても余裕でしょ』


「あーあ。私の配信を邪魔するかわいそうなハンターは誰かな? チャンネル登録者数32万人パワーの私のカギヅメの餌食にしてあげる」


 ハーピィが右のカギヅメをペロっと舐める。そして、ゲームのコントローラーを置いて、自分が現在いる仮想空間にカメラを映した。


「ちょっとゲーム配信はここで中断。これからは私の華麗なる戦闘を魅せる配信に変わるよー」


 ハーピィが待っていると仮想空間の壁を突き破って出てきたのは……忍者だった。


「に、忍者……?」


 それも1人ではない。5人の忍者軍団だ。その忍装束は赤、青、黄、緑、紫と無駄にカラフルで全く忍ぶ気がゼロの装束。忍ばない忍者は忍者ではない。NINJAである。


 忍者軍団の装束から覗いてる目が赤く光った。そして、ピーと電子音が鳴り響き、背中に帯刀していた刀を抜き取り、ハーピィに切りかかる。


「よっと」


 ハーピィは空中に逃げた。忍者も地に這う存在であれば、攻撃が当たらない。攻撃が当たらないところに逃げられる飛行能力持ちモンスターはそれだけで強いのである。


「あはは。おバカさーん! 女の子1人相手にそんなに大人数でかかってきたのにぃ~。私に傷1つ当てることができないんだよ~。雑魚忍者軍団はさっさと帰んな」


 ハーピィが煽る。しかし、忍者は極めて冷静に手裏剣を投げる。


「うわっと」


 ハーピィが攻撃をかわす。だが、5人の忍者が手裏剣をシュッシュと連続で投げて来るとかわすのも一苦労である。


「ちょ、た、たんま。女の子相手にそこまで本気になる? え? ま、待って。本当に。やめっ……ぐぎゃあ!」


 ハーピィの羽に手裏剣が命中する。グサっと刺さり、それがとても痛々しい。


『ハーピィたん!』

『がんばれ! ¥5,000』


 リスナーがハーピィに力を与えようとスパチャによるバフをかけようとする。スパチャの力。ハーピィはそれを治療に使い、手裏剣で受けた傷をふさいでなんとか高度を保つ。


「や、やばい。こいつら。さっさと倒さないと。タイフーン!」


 ハーピィが羽をはばたかせて風を巻き起こす。広範囲の風の攻撃は対多人数戦闘において有利である。しかし、忍者の周囲に木の葉が舞う。木の葉が舞われた忍者は姿を消す。


「え? き、消えた? どこどこ?」


 ハーピィが周囲をきょろきょろと見回す。ハーピィの背後に忍び寄る“影”。その影が刃を抜き取り、ハーピィの背中を刺した。


「あがっ……」


 そこで配信は終了した。バーチャルモンスターが致命的なダメージを受けると自動て配信が停止する仕組みとなっている。これは、モンスターが戦闘で大きな怪我を負うショッキングな事態が起きた時に、リスナーにそれを見せないための配慮であるのと同時に、規制を免れるための手段として実装されている機能である。


 配信が終了してもチャットのコメント欄は生きている。


『え?』

『配信が終わった……?』

『ま、まさか……ハーピィたんが……』


 リスナーに嫌な予感が走る。推しの配信。それを楽しみに来ていたののに、戦闘中に推しの配信が不意に終了してしまう。それは高確率で推しの死を意味していることであった。



「今月で5件目かー」


 スマホのニュース速報を見ながら平がつぶやく。このニュースは平にとっても他人事ではない。


「海渡君。幸守君。ちょっといいか?」


 平に呼び出された天馬とココロ。平の神妙な顔にただごとではない何かを感じていた。


「ニュースを見ているなら既に知っていると思うが、最近のバーチャルハンターに忍者軍団というのがいる。忍者軍団の被害者となったモンスターは5体にも上る。その内の1体はチャンネル登録者数32万人でかなりの実力者だったそうだ」


「32万人? それだけ強いモンスターがやられたんですか?」


「ああ。そうだ。海渡君。モンスターの強さはチャンネル登録者数が全てではないとはいえ、強さの指標としては十分信頼できる数字だ。このハンターはかなり強い。遭遇したら“終わり”だと思って覚悟した方が良い」


 平の言葉に天馬は生唾を飲んだ。チャンネル登録者が4桁のクルワサンが遭遇したら本当に終わりである。


「すみません。ボス。遭遇したら終わりってことは、遭遇しない方法があるんですか?」


「ああ。それはハンターが出現する条件は詳しくはわかってないが、どのモンスターも配信がダレてきている時間帯に来ているようだ。例えば、32万人のモンスターがやられた時はサンドボックスゲームで整地をしている瞬間に来た。こんなのは配信として見所が少ないシーンだ。その他のモンスターも退屈な配信をしていたという噂がある」


「なるほど……わかりました。ボス。俺は忍者が討伐されるまで配信をストップします」


「いや、別に配信をやめなくてもいいのだけどな」


「いやいやいや。何ッてるんですか。ボス。クルワサンはスキル習得のために正拳突き配信とかいう客観的に退屈の擬人化みたいな配信をしているじゃないですか! 今まで狙われなかったのが奇跡ですよ」


「確かに。客観的に見たらそうだな」


 なお主観的には天馬はクルワサンの可愛い姿が見れる配信だと思っている。


「天馬。ビビってるやんね?」


「なんだとココロ」


「忍者だか信者だか知らないけど、ウチのモンスターが負けるはずないやんね。ウチはいつも通り配信を続けさせてもらいます」


 天馬のクルワサンよりもチャンネル登録者数が多いココロのモンスター。流石に余裕が現れている。


「まあ、そうだな。だが、幸守君。決して油断しないようにな。後、海渡君はあまり気を落とさないように。キミはこれからの人材なんだ。時には退くことも時には英断だということを忘れぬように」


「はい! ……あ、そうだ。ボス。ラピスはこのことを知っているんですか?」


「ああ。賀藤君には既にメールを送ってある。見てくれていれば気を付けてくれるはずだろう」


「金ゴマが負けるとは思えないからいらない心配かもしれないけど、一応注意はしておいた方がいいですからね」


「だな……おっと。賀藤君から返信が来ている。忍者に気を付けながら配信するようだ」


 こうして、ワンダーズはまだまだ成長途中のクルワサンを除き、忍者軍団に注意しながら配信をすることにした。


 この判断は正しいのか間違っているのかはわからない。だが、退屈を嫌う忍者軍団の影はこの事務所に迫りつつある。そのことにまだ誰も気づいてはいなかった。


「天馬ー。ひまー」


「仕方ないだろ。クルワサン。忍者に襲われたら終わりなんだから」


「むー。じゃあ、遊んでー」


「わかった。よーし、俺のマジックハンドで遊んであげちゃうぞー」


「きゃっきゃ」


 忍者とか関係なしにイチャついている2人。ここは平常運転だった。

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