第16話 祝・収益化

 金ゴマとの対決からの共闘配信からそれなりに時間が経過した。ある日、天馬は平に呼び出された。


「海渡君。良い話があるんだ。聞くかな?」


「ええ。良い話なら聞きますよ」


 少しもったいぶった様子の平がコホンと咳をする。


「おめでとう。君のところのクルワサンチャンネルの収益化申請が通った」


「え? 収益化申請が通ったってことは……収益化申請が通ったってことですか?」


 天馬はいきなりのことに思わず、A=A構文を口にしてしまう。かなりテンパっていてこうなるのも無理はない。


 チャンネル登録者一桁だった芋虫時代のことを考えると収益化なんてものは夢のまた夢の話であった。


「まあ、とりあえず落ち着いてくれ海渡君。なにも収益化してなにかが大きく変わるわけではない。いつも通りの配信をするだけでいい」


「よっしゃああ! クルワサン! 早速収益化記念配信の枠を取るぞ!」


「海渡君。人の話を聞いていたか?」


 もう完全に浮かれ切っている天馬である。それもそのはず。今までの配信は収益化してないから、事務所に何の利益ももたらさなかった。ずっとお荷物扱いされ続けて、クソザコ芋虫のオーナーという別称までつけられて、肩身が狭い思いをしていたのだ。


 だが、収益化すればこっちのものである。少なくともなにかしらの利益を生めるようになるので、事務所のお荷物になる……ということは今後なくなると天馬は予想していた。


「ボス。ありがとうございます」


「ん?」


「俺たちがここまで来れたのもボスのお陰です。何の役にも立たなかった俺たちを見捨てずに、上からのプレッシャーにも耐えてくれてたんですよね? 俺知ってるんですよ。コストカットのために、コローネを見捨てようっていう話があったことを」


「あー……そんな時代もあったかなー。まあ、そういうのは良いじゃないか。今はめでたい話がある。過去のことは気にするな」


「そうですね。ボス。ありがとうございました」


 天馬は平に重ね重ねお礼を言う。平のしてきたことは実際、それだけ天馬にとって大きな助けになっていた。もう足を向けて寝られない状態だ。


 浮足立って平のデスクから去っていく天馬を見て、平は「ふっ」と笑った。


「まさかあの芋虫がここまで成長するとはな。この成長速度は……今後が楽しみだな」


 若者の将来性に期待して待っていた甲斐があった。信じていた者の努力が報われたことで、平もまた嬉しさを隠し切れないのであった。



【クルワサンチャンネルをご覧のみな様に大切なお知らせがあります。なんと、なんと! 収益化が通りました! いえーい! 収益化記念配信は〇月×日に行うのでみんな来てくださいね】


 クルワサンの公式SNSが更新される。収益化という文字にクルワサンのファンたちも沸き立つ。


『え? クルワサンにスパチャができるのか?』

『おめでとー! パチパチパチ』

『配信絶対に見に行く! もし見に行けなかったら木の下に埋めてもらっても構わないよ』

『俺が血と汗と涙を流しながら稼いだ金がクルアサンちゃんの食事になり血肉となるのは普通に興奮するな』

『やべえやつがいて草』


 一部やべえやつがいるものの、クルワサンのファンはおおむね好評的なコメントがついていた。


 そして収益化配信の時間になった。


 【クルワサンを待っています】というシステムメッセージが表示される。


「あー。緊張してきた。天馬。収益化記念配信ってどうすればいいんだろう」


「俺もわからない。こんな経験初めてだからな。でも、スパチャが飛んでくること以外はいつもの雑談配信くらいの気持ちでやってくると良いってボスが言ってた」


「そうなんだ。それじゃあ行ってくるね」


 クルワサンはライブ配信会場に姿を現す。本日の主役の登場にリスナーたちが盛り上がる。


『待ってたああああ』

『収益化おめえええ!』

『かわいい!』

『収益化もピーーーもついている方がお得!』


「えっと、みんなこんにちは。バーチャル妖精のクルワサンです。本日はボクの配信に来てくれてありがとうございます。この配信に来てくれた方はもうご存じかと思いますが。このクルワサンチャンネルは実は……収益化しました。いえーい!」


『いえええええい!』

『オラァ! スパチャを食らえ! ¥2,000』


「え、ええ? に、2000円ですか? そんな大金受け取っていいんですか?」


 今まで時給0円でがんばってきたクルワサン。学生が初めてのバイトをして、その給料が振り込まれたときに一気にこんな大金が手に入るのか。今までの極貧生活はなんだったのか。と思うような現象が今ここで起きている。


「ボ、ボクに2000円なんてもったいないよ。2000円もあったら……えっと何が帰るんだろう。ボク、買い物したことないからわかんないや」


『無知妖精男の娘kawaii』

『おじさんがお金の使い方教えてあげようか? げへへ』


 いつものように気色悪いコメントが流れているもののクルワサンはそれを気にせずに配信を続ける。


「えっとですね。ボクとしては収益化してから何かが変わるというものはありません。これまで通り配信を続けます」


『これまで通りの配信(正拳突き配信)』

『いやいや、クッキー焼くのに失敗した料理配信があるでしょ?』

『パンの妖精なのに、クッキー焼くの下手なの面白すぎでしょ』


「あれは仕方ないよ! スタジオで用意されていたオーブンと実際に焼いた時に使うオーブンのワット数が違ったんだから!」


『火炎鱗粉と火炎耐性があるのに炎の使い方が下手すぎる』

『やめたれw』


「もう、そんなこと言わないで」


 適度に配信者を煽ってくるリスナー。少し前まではこういう煽りもなかったのであるが、こうしたものがちょくちょく見かけるようになるということは、それだけ配信者とリスナーの間の距離が縮まったということである。これもまた、クルワサンが地道に活動を続けていた成果なのだ。


「収益化記念にボクの目標を言うね。金ゴマにリベンジがしたいんだ。あの時の対戦は結局、決着はつかなかったけれど実質ボクの負けだった」


 クルワサンにも薄いながらも勝ち目はあった。しかし、十中八九クルワサンが負けていたのは事実である。それほどまでに金ゴマとクルワサンとの間で戦闘能力に差がありすぎた。


「ボクは羽が生えている妖精だから空を飛べたけれど、そうじゃなかったらもっと早くやられていた。リザードマンとの戦いを見てそう思ったよ。金ゴマはやっぱり数十万のチャンネル登録者のパワーはあるって」


『そうなんだ。でもそんなの関係ねえ! これで強くなって ¥10,000』


 チャットに表示される赤い文字。通常のチャットよりも3倍目立つと言われているそれは1万円以上の投げ銭で出現する。


「え、えええ!? い、1万円? だ、だめですよ。ボクにこんな大金を。ああ、1万円あったらなにができる? 家買えちゃうかな?」


『家は買えない』

『豪華な段ボールハウスなら買えるかもしれない』

『段ボールハウスは草』


 その後も雑談をして、クルワサンの収益化配信は幕を閉じた。そして、スパチャをもらったことでクルワサンはまた強くなったのだった。


パッシブスキル『長時間飛行SLV1』が解放されました

(赤スパ(1万円以上)の課金を累計1回以上受け取る)

効果:飛行している時に消耗する体力が減少する。


「なんだこのスキル。クルワサンにもっと遅延行為をしろと言うのか」


 明らかな遅延行為推奨のスキルに天馬は苦笑いをした。でも、これはこれで有能なスキルであるため、赤スパを送ってくれた人に感謝をする。もちろん、2000の方も感謝を忘れてはいけない。

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