第42話 超えなくても良い壁はある

 エイブリーを倒したことでクルワサンの人気がますます上昇した。赤き雨の一員を倒したということで、それはネットニュースにも掲載されて、クルワサンは一躍有名人になった。


 クルワサンのチャンネル登録者数も50万人を突破して、もう事務所のお荷物的存在から一転、稼ぎ頭でもあるし頼りになる戦闘要員としても数えられるようになった。


 そんな中、天馬は端末を確認して、あるものを見ていた。


『超進化』条件:チャンネル登録者数100万人を突破する。


「レベルを持たないこのスキル。妖精のエールですら上げることはできない。レベルを持たないってことは、そういう風な対策がされている」


 大体、早期習得や踏み倒しができないような仕様のスキルというものは強力であると相場が決まっている。この超進化も名前からして強そうである。


「クルワサンはチャンネル登録者数50万人を突破した。このままのペースだと、次に赤き雨のメンバーを倒すころには100万人も目前か?」


 取らぬ狸の皮算用ではあるが、クルワサンが伸びていくスピードは凄まじいものがある。もう下手したら、素手で殴りあっても赤い雨のメンバーに勝てるんじゃないかと錯覚するほどには強くなっている。


「天馬。どうしたの?」


 端末の中のクルワサンが天馬に気づいた。


「ああ。なんでもない。100万人行くといいなってそういう祈願をしていたんだ」


「そっか。ボクも天馬と一緒なら100万人目指せると思う!」

 

 クルワサンがぐっとガッツポーズをした。その時、平の元に1通のメールが届いた。


「あー……みんな聞いてくれ。梶原かじわら君が戻ってくるそうだ」


「へー。梶原さんがねえ」


 天馬が反応する。クルワサンは首を傾げた。


「梶原って誰なの?」


「ああ。クルワサンは会ったことなかったっけ? メタルドラゴンのオーナーだよ。梶原アラン。ハーフの人でね。色んな国の言葉が喋れるらしい」


「そうなんだ。天馬は何か国語喋れるの?」


「そういう話はやめよう。メタルドラゴンも喜ぶだろうな」


 メタルドラゴンは事務所の端末の中にいる。ネット回線を通せば梶原の持っている端末の中に移動することもできなくないが、バーチャルモンスターはデータ量が大きくて、不特定多数のバーチャルモンスターがそれをやると回線がパンクする可能性がある。なので、基本的には端末同士を繋げて移動させるのが推奨されている。メタルドラゴンもよほどのことがない限りは、梶原の端末に移動することを禁じられていたのだ。


「まあ、その外国語をしゃべれる素質が買われてね。今まで海外出張していたんだ」


「それが帰ってくるんだね」


「まあ、メタルドラゴンには色々と世話になったからな。あいつがいないと負けていた戦いも決してなかったわけじゃない」


「梶原さんが帰ってくるのが楽しみだね!」



 浅黒い肌。まばゆい白い歯。野性的な長髪で見た目がサーファーっぽい男性が事務所に入ってくる。


「お! お疲れ様です。梶原さん。また肌が焼けましたね」


 天馬が梶原に話しかけた。しかし、梶原は陰気な表情を浮かべてうつむいてしまった。


「こ、怖い……海外怖い……ここ、日本? 帰ってきた? 本当に……」


 ガクガクと梶原が震えている。明らかに陽気を絵にかいたような見た目であるが、中身は陰の者そのもの。


「あはは。梶原さんも苦労したんですね」


「天馬君! 苦労なんてもんじゃないよ! 大体にしてなんなんだあの陽気な外国人共は! こっちが1人になりたい時にもバーベキューに誘ってきやがる! なにがBBQだ!」


「えー。でも、バーベキューって楽しそうじゃないですか?」


「なら、天馬君が僕の代わりに言ってきてくれたら良かっただろ!」


「いやー。俺には言葉の壁は超えられそうもないっす」


「天馬君。超えようとしてくるのは言葉の壁だけじゃない。性別の壁もだ……自分より一回り大きい体格のマッチョメンに尻を撫でまわすように見られたことはあるかい?」


「ないですね。梶原さんは新しい世界の扉を開けたんですか?」


「ちゃんと好みじゃないって断ったよ。性別を理由に断ると今のご時世うるさいからね」


「えらいですね……あ、そうだ。梶原さんにも話が言っていたと思いますが、俺のコローネがついに妖精に進化したんです」


 天馬は端末の中のクルワサンを梶原に見せた。梶原はそれを興味あり気に見つめる。


「おー。これがあの芋虫だった子か。中々可愛い子じゃないか」


「こんにちは。ボクはクルワサンって言います」


「ほう。ボクっ娘かー」


「いえ。ボクは男です」


「お、男……!」


 ついている方がお得。そういう言葉もあるが、ついてない方が良いという人もいる。どっちも個人の好みの問題なので押し付けるのはやめよう。


「や。やめろ! 僕をそんな目で見るんじゃない。僕はそっちの道に行かないからな!」


 梶原は手をばたばたと降り、クルワサンを遠ざけようとする。


「ところで梶原さん。メタルドラゴンと会わなくていいんですか?」


「あ、そうだった」


 梶原が自身の端末と事務所の端末を繋げる。そして、自分の端末の中にメタルドラゴンを入れた。


「おお! 久しぶりだね。メタルドラゴン。元気にしていたか?」


「うむ。できることなら我もそっちに連れて行って欲しかったぞ」


「あはは。ごめんごめん。僕が行っていた国は回線が脆弱でね。配信もロクにできないんだ。だから、連れていくわけにはいかなかったんだ。指示だけならこっちの回線でもできたからね」


 梶原とメタルドラゴンが感動の再会をしている。だが、世の中は感動することばかりではない。


「アラン殿。もうすでに耳に入れていると思うが、赤き雨の件についてだ」


「ああ。聞いているよ。メタルドラゴンも大変だったね。僕がいない間に襲われたんだろう?」


「まあ。我はブロックで道を防がれたり、眠っていただけである。最もがんばったのは、そこにいるクルワサンだ」


「えへへ。どうもー」


 メタルドラゴンに褒められてクルワサンは照れる。


「バーチャルハンターが組織的に動いているか。聞いたことがない話だけど、まあ実際に起こっているってことはこれが現実なんだね」


「ああ。そのようだな」


「まあ、とにかく。僕がこの事務所に戻ってきたんだ。今まであっちではできなかったことをやれるチャンスだ。活動の幅を広げるぞ」


「ああ」


 梶原とメタルドラゴンがお互いにうなずく。


「そうだ。天馬君。キミに頼みがあるんだ」


「ええ。良いですよ。その頼みってなんですか?」


「クルワサンを貸して欲しいんだ」


「やだ」


 真っ先に答えたのはクルワサンだった。


「ボクは天馬と一緒が良い! 離れるなんて考えられない!」


 ふくれっ面で梶原の元に行くのを拒否した。


「うーん。まあ、貸してもらうって言ってもコラボがしたいだけなんだ」


「コラボですか?」


「ああ。どうしても僕たちだけじゃクリアできないスキル条件があってね。これをクリアするには2人とペアを組むのが必須なんだ」


 いわゆるぼっち殺しの要素。古くは通信交換で進化するモンスターや、友達と通信することで解放されるイベント。なぜか、ゲーム会社は1人でやるようなRPGにも通信要素を入れたがる時期もあったのだ。


「それでそのコラボってなんですか?」


「ああ。FPSでチームを組んで優勝すること。僕たちには凄腕のFPSゲーマーの友人がいなかったから困っていたんだ」


 クルワサンはなぜかFPSの腕が良い。エイム力が元々高くて、それはバーチャルハンターとの戦闘でも役に立っていた。


「どうかな? 天馬君」


「まあ、俺はいいですけど、クルワサンは?」


「もちろん。大丈夫だよ! やろう!」


—――――

作者の下垣です。現在、最新話を読み終わったあなたに語り掛けています。

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バーチャルモンスターズ 下垣 @vasita

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