第21話 レベルを持たないのとレベル0は違う

 鵺から溢れて来る瘴気が配信スタジオ全体に満ちていく。嫌なプレッシャーがモンスターたちに伸し掛かる。


「クルワサン。相手は強敵也! 鋼鉄強度を受けた我が盾となり、敵の攻撃を防ぐ! ジェットブースト!」


 メタルドラゴンの腰回りにはある機械が装着されていた。その機械の排気口がパカっと開き、そこからジェットを噴出して移動速度を上昇させる。


「ふふ、我らに単身で挑むか。愚かな蛮勇よ!」


 鵺は爪でメタルドラゴンを引っかく。鋼鉄のボディが音を立ててビリっと切り裂かれた。


「ぐ、ぐぬぬ!」


 メタルドラゴンは攻撃をなんとか耐えた。幸いにして、傷は浅い。もう少し深ければ金属の装甲を貫通して内部に到達していたところであった。


「メタルドラゴン! 妖精のエール! がんばれー! 鋼鉄強度を更に強化だ!」


パッシブスキル『鋼鉄強度SLV2』は『妖精のエールSLV2』では強化することができません。


 天馬の端末にそんなメッセージが流れる。


「クルワサン! ダメだ! 現在の妖精のエールのSLVでは、鋼鉄強度をこれ以上強化することはできない! 別のスキルを強化するんだ!」


「わ、わかった……」


 妖精のエールの効果。それは、強化したいスキルのSLVを妖精のエールのSLVと同数まで引き上げるというものである。妖精のエール以上のSLVを持っているのであれば、それは不発に終わってしまう。


「メタドラだけにかっこいいことはさせないニャー! ジグザグファング!」


 金ゴマがジグザグに動きながら鵺に近づく。そして、鵺に胴体にガブリと牙を立てた。しかし、牙は鵺の表面の皮膚をえぐることはない。硬い皮膚に覆われていて、金ゴマの牙すらも通らなかった。


「無駄だ!」


 鵺が前足で金ゴマの体を払う。金ゴマはそれで吹き飛ばされる。配信画面の境界線。そこにはそれ以上通行させないためのバリアが張ってある。そのバリアに金ゴマは激突して痛々しく倒れた。


「つ、強すぎる。こんなのエールによる力の底上げでどうにかなる問題なのか?」


 天馬は端末を確認した。それぞれのモンスターのオーナーから送られてきたスキルの解放状況のデータ。それを見ながら逆転できるスキルがないかを探す。しかし、それが見つからない。


「クルワサン! 今は応援は良い。癒しの波動で傷ついた仲間を回復させるんだ」


 無暗にSLVを上げたところで、それが効果的でないのなら意味がない。とにかく今は逆転の手が見つかるまでの時間稼ぎが必要だ。


「わかった。癒しの波動!」


 まずは前衛で体を張っているメタルドラゴンをクルワサンは回復させようとする。傷つけられた鋼鉄のボディがクルワサンの波動によって治されていく。


「お、おお!」


「ふん。ちょこまかとうっとうしい羽虫め! 拙者がここで討ち取ってやろう!」


 鵺が空を飛ぶ。飛行能力を身に着けた鵺は、遠距離攻撃を使わずとも直接クルワサンを狙うことができるようになった。


「わわ、天馬。どうしよう」


 ものすごい速さで近づいてくる鵺。クルワサンは慌てふためいて周囲をキョロキョロとする。


「逃げろ! クルワサン」


「逃げるって……どこに」


「私の背後に隠れるんだ!!!!」


 デュラハンが叫ぶ。クルワサンはとっさにデュラハンに向かって急降下をする。


「大丈夫だ。お前は私が守ってやる」


 デュラハンはレイピアを構えて迫る来る鵺の方向に体を向ける。鵺の牙がキラリと光る。デュラハンの背後にいる妖精クルワサンを食らおうとする勢いだ。


「死にたくなければそこをどけ!」


「死なせたくないから退くつもりはない!」


 デュラハンがレイピアを振るい、鵺の眉間に標準を合わせる。そこを思い切り刺突をする。眉間を貫ければ勝利。そういう状況であったが、鵺は急上昇を始める。


 スカッ。デュラハンのレイピアでの攻撃は空振り。鵺は寸前のところで攻撃をかわした。


「くっ……」


 これが飛行能力の有無の差の決定的な違いである。飛べる存在は空間を圧倒的に広く使える。当然、空間を広く使える方が戦いにおいては有利である。デュラハンが地を這い続ける限り、こうした方法で攻撃をかわされ続けてしまう。


「どうすれば良いんだ……」


 相手が空を飛べる以上はどうしようもない。デュラハンの首が転送されて完全な姿になったとしても、それで空を飛べるわけではない。完全なる不利が覆すことはできずに、ただ指を咥えることができるようになるだけである。


 どうすれば良いか悩んでいるのはこの場にいる全員が同じだった。天馬もまた味方の何のスキルを強化すればいいのか必死で考えていた。


 モンスターは無制限にアーツスキルが使えるわけではない。何をするにしてもスタミナを必ず消耗してしまう。クルワサンも度重なるエールにより、スタミナをそれなりに消耗しているのである。


「ダメだ……この状況を打破するスキルが見つからない」


 天馬は絶望する。メタルドラゴンも金ゴマもデュラハンも空を飛べるスキルを持ってはいなかった。せいぜい遠距離攻撃の手段を追加する程度である。それで劣勢を覆せるほどのなにかがあるのかと言えばない。


「どうすれば……あ、そうか……! 方法はあった。賭けになるがやるしかない」


 バーチャルモンスターのスキルの基本。それは前提スキルという概念があることである。例えば、クルワサン。彼は最初から今使えるスキルが全て解放されていたわけではなかった。コローネ時代に蛹化を習得。その蛹化を習得したから羽化を覚えるようになり、羽化を習得し、羽化を覚えたことで他のスキルを覚えられるようになった。これは羽化が他のスキルの前提条件として設定されていて、条件を満たしたとしても前提スキルを覚えていなければスキルは解放されないのだ。


「もしかして、内部処理的には、前提スキルを覚えたその時にレベル0になるってことか?」


 だとすれば、希望はある。レベル0と前提スキルを覚えてない状態のレベルすら持たない状況。その違いは妖精のエールの対象になるかどうかの違いという可能性。


 スキル解放条件が設定されているレベル0の状態ならば妖精のエールで無理矢理引き出すことはできるし、前提スキルが未収得ならばスキル解放条件の表示すらされないから妖精のエールで引き出せない。


 これは1つの可能性を示唆していた。


「なにか前提スキルになりそうなものを解放するんだ。そうすれば……なにかしらのスキルがレベル0になり、妖精のエールで解放できる! クルワサン! デュラハンの馬召喚のSLVを上げるんだ」


「う、馬? こんな時に馬を呼び出してどうするの?」


 馬は空を飛べない。それはこの世界の常識である。しかし、ここはバーチャル空間である。


「仮想空間でできないことなんてねえ! 俺を信じろ!」


 天馬だって強い理があるわけではない。しかし、それでもここで天馬が迷う素振りを見せればその不安はクルワサンに伝わる。だからこそ、天馬はここで強い自信を持つのだ。


「わかった。妖精のエール! がんばれー! お馬さんがんばれー!」


アーツスキル『馬召喚SLV0』が『馬召喚SLV2』に一時的に上昇しました。


 ココロの端末からパリンとなにかが割れる音がした。ココロが端末を確認するとスキル解放の条件が見れる画面に変化が起きていた。


パッシブスキル『ペガサス化』が一時的に解放されました。


「ペ、ペガサス化!? 天馬!」


 ココロは天馬に通信をする。このことをいち早く伝えないといけない。


「ああ。わかってる。ココロ。こっちにも情報は既に共有済みだ。キミはデュラハンに馬を召喚するように指示してくれ。こっちはその間に応援を終わらせる!」


 この絶体絶命の状況。希望を運んでくる羽が生えた馬。その到着はもうすぐである。

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