第13話 試合終了

 クルワサンと金ゴマの膠着こうちゃく状態が続く。刻一刻と制限時間が近づく。残り時間8分。


『これ、このままだと金ゴマが勝つんじゃね?』

『まあ、そうだろうな』

『チャンネル登録者数700人程度だし、最初から勝てるとは思わなかったけれど』 

『まあ、もった方かな』


 コメント欄がもう諦めムードになっていた。気づけば視聴者数もどんどん減っている。そんな中にある人物がコメントが光っていた


『いや、勝負は最後の一瞬までわからない。この勝負を見届けないのはもったいない』


 この人物はお互いの戦略を見抜いている慧眼けいがんの持ち主だろうか。全てを悟っていた。


 だが、そのコメントにすら悟れない非常事態が起きた。


【EMERGENCY】

【VIRTUAL_HUNTER】


「こ、これは……」


 天馬の苦い記憶がよみがえる。バーチャルハンター。かつてサナギ状態だったコローネを襲いに来た小鬼の記憶。あの時の天馬は本当に必死で生きている心地がしなかった。


 できれば、2度と遭遇したくない襲撃であったが、そうも言ってられない。バーチャルハンターの襲撃はいつ来るかわからない。それこそ、対戦中であろうと容赦なく来るのだ。


『ハンター戦きちゃあああああ!!!!』

『え? 大丈夫なの? これ』

『金ゴマがんばれー! ハンターなんかやっつけろ!』


 コメント欄が加速する。バーチャルハンター戦は正に命がけの戦い。その分、手に汗握りコメント欄も沸き立つのだ。


 天馬の端末に内線が入る。ラピスからである。


「天馬さん。すみません。試合は中断しましょう。バーチャルハンターを協力して迎え撃つ配信に切り替えます」


「そうですね。はい! わかりました」


 天馬もラピスの提案に乗った。対戦フィールドに無理矢理入ってくるバーチャルハンター。二足歩行のトカゲ。その右手にはサーベル。左手には盾が握られていた。いわゆるリザードマンと呼ばれるタイプのハンターである。


「へへ、灼熱地獄。熱いところはオレ様のフィールドだぜえ」


 リザードマンが舌をチロチロと動かしながら話しかけてくる。


「天馬さん。わかっていると思いますが、この空間で痛覚を感じないのはモンスター同士での攻撃だけ。ハンターの攻撃はきちんとダメージを負いますし、ダメージを受けすぎるとモンスターの命に関わります。絶対に油断しないように」


「ええ。クルワサン。聞いていたか? 油断するんじゃないぞ」


「うん。天馬」


 ラピスがマイクのモードを切り替える。リスナーにも聞こえる全体モードだ。


「みんな。すまない!急にハンターの襲撃にあってしまったな。ただいまより対戦は中止してハンターとの戦いをする。もちろん、クルワサンとも共闘をする。応援よろしく頼む!」


『おーけー!』

『2人ともがんばえー! ハンターなんかに負けるなー』

『まあ、膠着状態の試合を見せられるよりかはマシかな』


 配信の視聴者数が伸びていく。先ほど離れた人たちも、この状況を聞きつけて戻って来たのだ。それだけではない。SNSのトレンドで襲撃のことがトレンドに乗り、この配信の注目も集まった。その結果、配信者数もうなぎ登りとなる。


「クルワサン。さっきまで私たちは敵同士だったが、今は協力してアイツを倒すニャ」


「うん! わかったよ。金ゴマ」


「へへへ。お前たち2対1だと思って油断してねえか? してねえよなあ? へへ、オレ様はこういうこともできるんだぜ!」


 リザードマンは自身の尻尾をサーベルで斬り落とした。


「!?」


 その場の誰もがこの奇怪な行動に驚いた。切られた尻尾は虫のようにうねうねとうごめいていてとても気持ち悪い様相である。


 その尻尾の切断面からニョキニョキと肉が生えてきた。その肉はやがてやがてリザードマンの形に成型されていく。


「こ、これは……」


 天馬は画面から目を逸らさずにしっかりと敵を観察していた。あっと言う間に斬られた“尻尾そのものが”再生して、リザードマンの姿になった。


「かかか、オレ様は尻尾を切られて新しいものが生えて来るんじゃねえ。尻尾から新しい生命体が生えて来る。まさに分身。これがオレ様のスキル。テイルミラージュSLV1だ。驚いたか? 驚いただろぉー?」


 ご丁寧に自身のスキルを改札するリザードマン。それほどまでに自身のスキルに自信があるのだ。


 尻尾から生えてきたリザードマンは首をポキポキと鳴らして、「あー」と声を出す。若干、息を整えつつ周囲の状況を確認していた。


「まあ、最強のオレ様が今ここで生まれたってわけか。よろしくな相棒」


「おう!」


 2体のリザードマンが会話をしている。とても奇妙な光景である。


『なんか気持ち悪い』

『あの再生シーン。中々にグロくてトラウマになりそう』


 コメント欄もリザードマンの分身にひいていた。


「クルワサン。私が分身した方をやる。だからお前は反対をやれ。各個撃破をするニャ」


「わかった。金ゴマ」


 モンスターたちが自分の判断でそれぞれバラバラになって戦おうとする。だが、天馬はこれをストップしようとする。


「いや……待て! クルワサン! 金ゴマ! 俺の話を聞いてくれ。最初にいた尻尾を斬り落としたリザードマン。あいつはまだ尻尾が再生されていない」


 天馬はリザードマンAの尻尾が再生されていないことに気づいた。


「それがなんだと言うんだニャ?」


「あの尻尾が今後生えて来るかはわかならない。でも、生えてきたらまた分身されると思わないか? そうしたら、今度は3対1になる」


「なるほど。そうなるとどうするのがベストなのかニャ?」


「尻尾が再生される前に尻尾がない方を倒す!」


「そうか、わかった」


 天馬の言葉でクルワサンは覚悟を決めてキッと表情を引き締めた。だが、金ゴマの方には疑問があった。


「でも、尻尾がある方がまたテイルミラージュをしてくる可能性があるニャ。そうしたら、また2VS2に逆戻りだニャ」


「なら尻尾が完全に再生しきる前に倒せばいいよ。それに多分だけど、テイルミラージュはそんなに連発できるようなものじゃないと思う。ボクも自動回復を持っているからわかるけれど、回復じゃスタミナまで再生しない。スタミナを消耗した状態で分身したら分身体も消耗しているはずだよ。そうなればそこに付け入る隙は出て来る」


 クルワサンは今回の戦いでの最適な戦い方を完全に理解した。3対1の状況を作られる前に片方を倒す。


「ああ。それに尻尾がある分身体の方は息切れしていた。ちょっと分身体は出て来る時にスタミナを消耗する弱点があるはずだ。ということは分身を連発できるはずがない。それができているなら、こうして会話をしている内にとっくに3体目を作っているだろう」


 天馬の補足に全員が納得した。


「私も天馬さんの意見に賛成だ。金ゴマ。まずは尻尾がない方を狙うぞ」


「おう!」


 金ゴマは尻尾がないリザードマンAに飛び掛かった。Aの方は目を見開く驚く。


「お、おい! いきなり襲ってくんのか」


 Aは焦っている。なぜならば、Aはできるだけ時間を稼ごうとしていたのだ。スキルの説明を丁寧にしたのはそのため。自分の能力をエサに相手に思考の時間を与えて、攻撃開始を遅らせるつもりであった。


 なぜ時間を稼ごうとしたのか。それは、時間が経過すれば自身の尻尾もまた生えてきてもう1度テイルミラージュを使うことができたからだ。だから、尻尾の再生を持つ時間を欲しがっていた。


「おい! 分身体! なんとかしろ」


 リザードマンBが前に出て金ゴマの牙による攻撃を盾で防いだ。攻撃を弾かれた金ゴマは引き下がった。


「相手は守りを固めている。やはり、分身を再度出すには時間がかかるようだ。クルワサン。金ゴマ。連携して相手の防御を崩すぞ」


 スタミナを消耗していないリザードマンAの尻尾が再生しきる前に防御を崩せるか。そういう勝負が始まった。

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