第12話 逆転の可能性
『やっぱり、これは金ゴマが勝つかな』
『クルワサンは推しだけど、流石に相手が悪すぎる』
『基礎ステータスもスキルの威力も差がありすぎる』
『フィールドで有利取っても基礎的なステータスがねえ』
「降りてこないのかなニャ? まあ、こっちはこっちでそれでいいけどニャ」
金ゴマは欠伸をして地面に突っ伏して寝てしまった。完全に舐めている態度に天馬は腹が立った。
「クルワサン。あいつに目に物を見せてやろうぜ」
「うん。でも、天馬。あれはボクをおびきよせるための罠だと思う」
「罠……?」
「うん。相手だってこの暑いフィールドから一刻も早く出たいと思う。だから、こちらが来ないことに焦ってるんだよ」
金ゴマはこのフィールド内で比、比較的体力の消耗が少ない場所に居ついているがそれだけである。快適に過ごせているかと言えばそうではない。
「挑発して早くボクを倒したいのは相手の方だ。ボクは相手の痺れが切れてきたところを狙う」
この戦いはガマン比べである。肉体的には体力の消耗はクルワサンの方が激しい。だが、暑いのが苦手の犬にとって、この環境は地獄そのもの。嫌な環境にいると精神の消耗が激しいのだ。
「どうしたのかな? このまま来ないとお前の負けだニャ」
挑発をしているものの、金ゴマもこの環境を嫌がっていることに気づけば焦っているようにしか見えない。
もし、クルワサンに逆転のチャンスがあるとするならば、相手にとって嫌なことを強いて、精神を摩耗させて隙を作ることである。
相手の方がステータスが高いということは攻撃に耐えられる回数は相手の方が多いのである。つまり、まともにやりあえば確実に負ける。だが、それだけでバトルは決まらない。時間制限というものがあり、そこで与えたダメージ量が多い方が勝つのである。
そう、つまり、相手が持っている生命力は関係ないのである。どれだけ、後1000発は攻撃を耐えられるとしても、与えたダメージ量が相手より少なければ敗北するのがこのルール。
クルワサンにとって不利と思われた時間制限による強制終了と勝敗判定。だが、実際のところは――
「見つけた。唯一の勝ち筋を!」
時間ギリギリまで粘って相手が痺れを切らして、集中力を欠いた瞬間。そこに攻撃を叩き込む。その時のダメージがクルワサンが受けたダメージよりも大きければ、クルワサンの勝利である。
『いつまで飛んでるんだ?』
『遅延行為だなー』
『まあ、遅延行為をしている方が不利になっているからいいじゃないか』
多くのリスナーからしたら、この戦法は面白くないであろう。けれど、真剣勝負の場で本気で勝ちを狙いにいくのであれば、タイムオーバーデスは有効な戦略である。それ込みで戦いを楽しんでいる層だっているのだ。
『なるほど。そういうことか』
クルワサンの戦略に気づいたリスナーも中にはいた。
「ふあーあ。こんなんじゃ日が暮れちまうニャー」
金ゴマは後ろ脚で耳の裏をかきながら退屈そうにしている。犬は汗をかかない。その分、吐く息によって体温を調整している。金ゴマの息がどんどん荒くなってきている。
「はっはっはっ」
「まずい……」
ラピスもこの状況に気づいた。このまま時間切れまで待つのも手だとは思っていた。しかし、時間が経過したことで相手の作戦がわかってしまったのだ。
ラピスは学力こそ低いものの戦闘IQは高いバトルジャンキーである。だから、相手の戦法がわかってしまうのだ。
ラピスはモンスターとのみ通信できるパーティチャットモードに切り替えて、金ゴマに話しかける。
「金ゴマ! 耐えるんだ。攻撃は待て!」
「!」
金ゴマはラピスの指示を受けてビクっとした。今からクルワサンに向かって飛びかかろうとしたところを見透かされたのだ。
「どうして。相手の行動が徐々に下がっているニャー! 相手も疲労している証拠。そこを突かないのはもったいないニャー」
「金ゴマ。落ち着いて聞いてくれ。確かに相手が疲れたから高い位置で飛び続けることが難しいのかもしれない。よくわかんないけど。でも、それが敵の罠だったら?」
「え?」
「さっきから動きを観察しているけれど、疲労で高度が落ちたというよりかはわざと落としたように見えるんだ。もし疲労で仕方なく高度を下げるとしたら、本当は高度を下げたくないような動きをするはず。例えば、ちょっとずつ下がるけれど、ちょっとだけ上昇を試みてプルプルって動くような感じ」
金ゴマは理解した。クルワサンは高度が下がっていくのに全く抵抗をしなかった。もし、本当に疲労で高度を下げざるを得ない状況ならば、多少なりとも上がろうとする“意思”は感じられるはず。
しかし、クルワサンは完全に高度が下がるのを受け入れるかのようにスムーズに高度を落とした。まるで、今ここで飛び掛かって狙ってくれと言わんばかりに。
「金ゴマ。相手は揺さぶりをかけてるんだ。もし、キミがあれがクルワサンの限界高度だと思って飛び掛かってみろ。相手は限界じゃないから普通に攻撃をかわされる。そうなった時はどうなるかわかるよな?」
「飛び掛かりで体力を消耗するし、今の涼める地形を動いてしまうニャー」
「相手は確実にこちらの弱点に気づいている。だから、金ゴマ。そこを動くんじゃない。これはガマン比べだ。相手だってダメージを受けているから、判定で勝ちにいくためにはどこかしらで仕掛けるしかない。こちらから仕掛けるということは、相手に仕掛ける隙を与えるということだ。逆もまた然りということ」
「辛いのは相手も一緒ということニャ?」
「そう。私たちはただ待てばいい。判定ではこっちが勝っている焦る必要はない」
「それはそうだけど……私は暑いのが苦手だニャー。30分もここにいたくないニャ」
「後13分の辛抱だ。半分は過ぎているからガマンしてくれ」
既に試合開始から17分が経過している。もうここで決着がついていてもおかしくはない時間だ。
一方の天馬とクルワサンも相手が仕掛けてこないことに焦っていた。パーティ内チャットで内緒の通話を始める。
「天馬。高度を下げたのに相手が攻撃してこない」
「これ以上高度を下げるのは無理か?」
「うん。これ以上下げたら、ボクのスピードじゃ回避しきれない」
クルワサンが高度を下げたのは、金ゴマを釣りだして攻撃を回避するためである。攻撃を受けてしまっては意味がないどころか、累計ダメージが加算されて負けるのは必至である。
「相手が乗ってこないか。相手としてもモンスターのコンディションを考えれば、速攻でケリをつけたいはず。それをしないと言うことは……この戦いが持久戦だということに気づいたか」
「天馬……残り1分になったら、ボクはもっと高度を下げる。そこで勝負するよ」
「ああ。そうするしかないようだな。俺たちは何もしなければ負ける側だ。ならば、必ずどこかで仕掛ける必要がある。1分が長すぎる短すぎず丁度いい時間だ」
試合終了まで残り11分。10分経過したらクルワサンは金ゴマに仕掛けることを決定した。
この情報はまだ金ゴマとラピスには伝わっていない。つまり、金ゴマはいつクルワサンが仕掛けて来るのかわからない状態である。仕掛けて来るタイミングを気を張って待ち続けているため、精神的にかなり来ている。
「クルワサン……もし、チャンネル登録者数100万人を超えるVtuberに勝ったらどうなるんだろうな」
「どうなるんだろう……チャンネル登録者数1000人くらいになるかな?」
「あはは。どうだろうな。絶対に勝とうな!」
「うん!」
試合終了まで残り10分。チャンネル登録者数に700VS80万。一方的な勝負になるかと思いきや。既に20分も勝負がついていない。この戦いの勝者は誰にも予測がつかない状態になってきた。
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