第11話 犬だから仕方ない
ケルベロスの金ゴマが至妙な面持ちで構えている。いつ戦闘が始まってもおかしくない一触即発の状態。
「私は早く戦いたくてうずうずしているニャー。そこの妖精を早く倒したいニャー」
かなり好戦的な性格であることはこの発言から推察することができる。
「心の準備はいいか? クルアサン?」
「はい」
ラピスの問いにクルワサンが答える。そして、戦いが始まった。
「行くニャー!」
ケルベロスがクルワサンに向かって飛びかかる。とても速いがかわせないスピードではない。クルワサンは飛翔することでケルベロスの攻撃をかわした。
「おっと。危ない」
「くぅ」
ケルベロスはハァハァと息を荒げている。犬特有の体温調整の行動ではあるが、かなりバテているようにも見える。
『なんかケルベロスの調子が悪くね?』
『調子が悪いのは当たり前。だって、ケルベロスは犬だから暑いところが苦手なんだよ』
コメントで指摘された通り、地獄の番犬と言いながら灼熱地獄のフィールドでは、ケルベロスは真価を発揮することができなかった。そのケルベロスの不利になる情報を見て、なぜか天馬が困惑してしまった。
「えぇ……ねえ、ラピスさん。もしかして、ケルベロスはこのフィールドで戦うのが不利だったりする?」
「そ、そんなわけないだろ! 犬が暑いところが苦手とかいう偏見はやめてくれ! 地獄なんだからここはケルベロスの実質マイホームだ!」
明らかに動揺しているし苦しい言い訳。チャンネル登録者数の割にはケルベロスの動きがかなり鈍いので弱体化しているのは間違いない。その一方で火炎耐性を持っているクルワサンは熱に強い。このフィールドでも思う存分戦うことができる。
フィールドによる相性により、チャンネル登録者数をひっくり返せるほどのなにかが起こりえる可能性は十分にある。
「ジグザグファング!」
ケルベロスの動きがジグザグと動くようになり鬼道が読めなくなる。そして、ふいうちでクルワサンに攻撃をくらわそうとする。
「うわ!」
喉元を狙ってきたケルベロスの牙。クルワサンはとっさに左腕で攻撃をかばい、喉元をガードした。
「痛っ……くはないけれど、ダメージは結構受けちゃったみたい」
ここのフィールドでは痛覚は遮断されるものの脳内にダメージを受けたと信号が出る。その信号の過多によりダメージ量もある程度は推測できる。
クルワサンはこれ以上攻撃を食らうのはまずいと判断して、上空へと飛んで逃げた。先制攻撃を許してしまったことでクルワサンが不利になり、かなり苦しい戦いを強いられることとなる。
「大丈夫か? クルワサン」
「うん。天馬。大丈夫。ボクには自動回復がある。こうして空を飛んでいる間は相手の攻撃も届かないから」
クルワサンは羽をはばたかせ、高度を維持しながら言った。自動回復と飛行能力お相性は良くて、相手が空を飛べなければ上空で待っているだけで回復を謀ることができる。しかし、いつまでも飛べるわけではない。飛行にはかならず体力を使ってしまう。自動回復は傷を回復するだけで、体力まで回復するわけではない。こうして、待っているだけでも、クルワサンはどんどん体力を将持つしてやがてじり貧にんってしまう。
一方のケルベロスも暑いフィールドで体力の消耗が激しい状態である。だが、ケルベロスは見つけた。高音の灼熱地獄の中でも熱が届かない涼めるポイントがある。そこは灼熱地獄の基準では涼しい場所(気温25度程度)。犬にとってはかなり暑い気温ではあるが、ケルベロスは普通の犬に比べたら暑さと熱さには慣れている方である。25度程度の気温ならば涼んで耐えられる。
ギリギリ体力の消耗を抑えられるケルベロスに対して、飛翔し続けることでスタミナがどんどん減っていくクルワサン。
『おいおい、遅延か?』
『自動回復持ちだから全快まで逃げ回ってるんでしょ? よくある戦法だよ』
『このままだとケルベロスが勝つけどな』
バーチャルモンスター同士の対戦では時間制限というものがある。その時間制限は各試合毎に異なっている。今回は30分がリミット。それまでに決着がつかなければ、相手に与えたダメージが多い方が勝ちとなる。現状ではケルベロスの金ゴマの方が与えているダメージは多いので、時間切れになればクルワサンは判定で負けてしまう。
「クルワサン。あんまり飛び続けるのも愚策だ。適度に攻撃を織り交ぜながらにしよう」
「天馬。攻撃するって言ったってどうするの?」
「クルワサンには火炎鱗粉やブレットバレットという遠距離攻撃手段があるだろ。それを使うんだ」
「了解」
天馬がクルワサンに指示を出す。オーナーがモンスターに指示を出すことは認められているため、これは反則行為にならない。
「よし! 覚えたてほやほやの技をぶつけてあげるよ! ブレットバレット!」
クルワサンの両手からパンの弾丸が撃たれる。パンッと景気が良い音がして、小麦粉の塊が金ゴマに向かって放たれる。金ゴマはそのパンを見つけて……
「がぶ!」
嬉々として食べた。
「え?」
クルワサンは困惑した。だが、これは仕方ない。犬の本能。フリスビーを投げてキャッチするがごとく、飛行物体を追ってキャッチするのは正に正しい狩猟本能である。
「がぶがぶがぶがぶ」
犬は基本的にエサは見つけ次第食べる。これも仕方ない。野生環境ではいつ食べられるかわからない。満腹を超えてでも食べるのが犬の本能。そう、これは犬だから仕方ない。
「天馬。どうしよう。ボクのブレットバレットが効かない!」
「食い意地が張っている畜生にはこの技は逆効果のようだ。ならば鱗粉をまこう」
「わかった! 火炎鱗粉」
クルワサンが火炎鱗粉を撒く。赤色の粉が舞う。それは目標物に接触すると発火する仕組みだ。しかし……
「テイルハリケーン!」
ケルベロスが尻尾を振って風を起こす。鱗粉は風で飛ばされて逆にクルワサンの方に向かっていく。
「うぎゃあ!」
「クルワサン!」
自らの火炎鱗粉が命中する。火炎鱗粉が発火してクルワサンはダメージを負ってしまった。
火炎鱗粉自体はクルワサンの攻撃である。完全なる自爆ならば、相手からのダメージではないため、判定の際にダメージが加算されることはない。だが、今回は敵の攻撃によって自分の攻撃が跳ね返されたのである。この場合は敵の攻撃として判定されて、相手から受けたダメージとしてカウントされてしまう。
クルワサンは攻撃をすることによってますます不利になってしまった。タイムリミットが刻一刻と迫ってくる。このまま、ケルベロスにダメージを与えることができなければ敗北は必至である。
だが、クルワサンの遠距離攻撃の手段はついえた。近距離ならばケルベロスの方が強い。
ケルベロスは暑さに弱いからこのフィールドではクルワサンの方が圧倒的に有利になるはずであった。しかし、元の
「金ゴマ。油断するな。相手は火炎耐性を持っている。火炎鱗粉のダメージはそんなに入っていないはずだ。経過時間的に最初のジグザグファングのダメージは回復しているころだと思う。つまり……全快に近い」
「了解だニャ」
ラピスの見立て通り、確かにクルワサンは全快に近いコンディションを持っている。しかし、残っている体力は試合開始時に比べたらいくらかは下がっている。体力の消耗量で言えばクルワサンの方が金ゴマよりも多い。
仕切り直しというにはあまりにもクルワサンの方が不利な状況だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます