第10話 VSケルベロス

 今日はラピスとの対戦コラボ情報解禁日である。ラピス側の公式SNSとワンダーズのSNSの両方が同時に告知をする。


 ラピスの知名度はかなりのもので、あっと言う間にその情報が広がった。これも有名人の強みである。


『ラピスの新鮮な対戦だあああ!』

『ラピスはポンだけど対戦はガチだからな』

『相手は誰?』

『相手のチャンネル登録者数700くらいで草』

『こんなん公開処刑ですがな』


「あーあ。言いたい放題言われてらぁ~」


 エゴサのコメントを見て天馬はため息をついた。世間的には、クルワサンがなにかをやってラピスを怒らせた制裁配信だとかそういう声もある。だが、ちゃんとクルワサンのことを知っているラピスリスナーもいた。


『この妖精って確かラピスちゃんが宣伝してたやつだ』


 やはりと言うべきか。クルワサンがサナギの時にバーチャルハンターに襲われて、それを助けてくれたのはラピスだった。どこから情報を仕入れたかは天馬の視点では定かではないけれど、ラピスが拡散に一役買ってくれたのは間違いないことが確定した。


「後でちゃんとお礼を言わないとな」



 ラピスとの対戦コラボ当日になった。配信前の打ち合わせの段階で天馬とラピスが音声通話をして打ち合わせをしていく。


「ラピスさん。今回は対戦のお誘いいただきありがとうございます」


「いえいえ。こちらこそ、受けてくれてありがとうございます」


 まずは社会人の基本である挨拶やお礼から。そして、天馬は仕事の打ち合わせの前にあの話を切り出す。


「あの……ラピスさん。あなたは以前私というか、クルワサンというか、コローネの配信に来ていましたよね?」


「え? バレちゃいましたか」


 ラピスからしたらまさか視聴がバレているとは思わなかった。コメントもしていないお忍び状態であるからバレる要素はないはずであった。ただ、コローネのスキルの中にチャンネル登録者数100万人を抽出する条件があったからバレてしまったのだ。当のラピスは別に隠すつもりもないので、正直に答える。


「ええ。友人にお願いされましてね。かわいい芋虫を助けて欲しいってね」


「かわいい芋虫。見る目がありますね。その友人は」


 天馬はコローネをそれなりに長い時間育成してきたから、愛着も沸いてかわいいように感じていたが、そうでない人間が芋虫をかわいいと評するのは少々特殊な感性を持っていると言わざるを得ない。


「それでまあ、私も友人の頼みは断れないので拡散に協力したというわけです」


「ありがとうございます。ラピスさん。今のクルワサンがいるのはあなたのお陰です」


 天馬はラピスとその友人に心の底から感謝をした。天馬のコローネを助けて欲しい。そう必死に訴えた願いはラピスに届き、それが拡散されることで窮地を脱することができた。


「あはは、そんなお礼を言われるようなことはしてませんよ。私はただ拡散とチャンネル登録をしたたけにすぎません。1リスナーの1人にすぎませんから」


「配信を見てくれて本当にありがとうございました」


 天馬も伝えたかったお礼を言い、仕事の話に戻る。


「さて、海渡さんはどれくらい対戦経験がありますか?」


「俺もコローネもまだ対戦したことがありませんね。バーチャルハンターを撃退したくらいです」


「そうですか。では、バーチャルハンター戦との違いを説明しますね。バーチャルハンター戦はまさに負ければ死ぬ可能性もある危険な戦いです。攻撃を受けたらモンスターは傷つきます。しかし、対戦だとモンスターは傷つかない、死なない、痛みも感じない。ただ、痛みを感じないと気付かない内にダメージを受けていたということがあるので、モンスターは自分がダメージを受けている時は脳内に信号が送られて、どの体のどこの箇所がダメージを受けているかわかるようになっています」


「なるほど……ちゃんと痛みがないことによるデメリットも考慮されているんですね」


「とはいえ、本物の痛みに比べたら信号の精度は落ちますね。臨場感というのでしょうか。私はモンスターではないので説明できませんが実際の痛みと疑似的な痛みの代わりに受ける信号ではちょっと勝手が違うみたいです」


「なんかその信号もちょっと怪しい感じがしてきたな」


 クロワサンに痛みがないのであればそれは安心なことではあるが、信号がどういう感覚になるのかは天馬もよくわかっていない。だから少し心配な気持ちになる。


「全世界で1日に数万回も行われているバーチャルモンスター同士の対戦で事故が起きたという話は聞いたことがないので大丈夫でしょう」


「それを聞くと安心しますね。仮に事故が起きたとしても隕石が落ちて来る確率くらいですかね」


 要は滅多に滅多なことが滅多滅多にならなければ起こらない確率ということである。


「まあ、違としてはこれくらいですね。ところで戦うフィールドは、そちらが選んでも良いですよ」


「フィールドか」


 天馬はフィールドをいくつか見る。水の神殿。砂の遺跡。風の草原。色々なものがある中で天馬が選んだのは……


「じゃあ、この灼熱しゃくねつ地獄でお願いします」


 灼熱地獄。とても高温の場所で、フィールドは炎で埋め尽くされている炎系のモンスターが得意とするフィールドである。クルワサンには火炎耐性があるので、フィールドにある炎に耐性があるし、火炎鱗粉も上手く使えば多少はマシな戦いができるとの踏んでのことだった。


「なるほど。私のモンスターがケルベロスだと知っていて、地獄を選んだんですね」


「あ!」


 ケルベロス。別名は地獄の番犬。地獄が得意とするフィールドであっても仕方ない。


「どうします? 変えてもいいんですよ?」


「うーん……1度決めたものは変えません。俺の直感がこのフィールドを選んだんだから、俺はそれに従うまでです」


「そうですか。わかりました。それではそこのフィールドを予約しておきます。では、また配信時間にお会いしましょう」


「はい」


 こうして打ち合わせは終了した。そして始まる本番。ラピスの姿が配信画面に映し出される。


 胸元にラピスラズリのブローチを付けた、浅葱色と白を基調にしたドレスを着た清楚な感じのお嬢様。これがラピスのVtuberの姿である。


「みんな。今日は集まってくれてありがとう。私とクルワサンちゃんの対戦。楽しんでくれよな」


『始まった』

『対戦相手がちょっと弱い気がするけど大丈夫かな?』

『フィールドが灼熱地獄……あっ……』


 灼熱地獄のフィールド。足場となる赤黒い岩が点在としていて、フィールドとなる場所にところどころマグマが噴出している。暑さに弱いモンスターがここにいたら間違いなく耐えることができないことが、絵面で想像できる。


「それじゃあ、今回の対戦相手を紹介するぞ。クルアサンちゃん、どうぞ」


「はい。バーチャル妖精のクルワサンです、本日はよろしくお願いします」


『この子かわいい』

『こんなかわいい女の子モンスターがいたなんて。俺の情報収集能力もまだまだだな』

『だが男だ』

『男でなにか問題でもあるのか?』


「かわいらしい妖精さんだな。では、私の相棒となるモンスターを紹介する。さあ! 出てこい! ケルベロスの金ゴマ!」


 ラピスの合図と共に出てきたのは、金色の体毛をした三つ首の犬だった。地獄の番犬にふさわしいくらいに凶暴な顔をしているその犬は「ぐるううう」と唸り声をあげていた。


「お前が私の対戦相手かニャ? 妖精か。まあ、いいだろう。相手になってやろうだニャー」


 ケルベロス。犬なのに語尾にニャーをつける。不思議な生物。

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