第7話 朝活(正拳突き配信)
「さて、時にクルワサンよ」
「ほうほう。なんだね。天馬」
「バーチャルモンスターは視聴者からの応援によって強くなる。チャンネル登録者数、高評価数、コメント数、スパチャの金額、その他諸々。それらを得られれば戦闘能力に補正がかかる。だが、それにばかり頼っていていいのだろうか」
天馬の突然の申し出にクルワサンは首を傾げた。
「元の戦闘能力が高ければ、そうした補正がなくともバーチャルハンターに対抗できる。俺はそう思うのだよ」
「ボクはそう思わない。チャンネル登録者数の補正はバカにできないよ。だって、芋虫のままだったらボクは弱かったわけだし」
全くもってクルワサンのおっしゃる通り。チャンネル登録者数はレベル。レベルを上げるのが強くなるための近道であることは間違いない。
「まあ、そう言わずにさ。体を鍛えるのはいいことだ。正拳突き配信をやってみるのはどうだ?」
天馬は強引すぎる方法でトレーニングを勧めるもクルワサンはいまいち納得できてない様子だった。
「ねえ、天馬。ボクになにか隠していない?」
「いや、別に隠してはいない。ただ、これ言ったら結構絶望的な数字が見えてしまうからクルワサンは知らない方が気楽だということだ」
「な、なにそれ」
「いいか。クルワサン。落ち着いて聞いてくれ。お前が新たにスキルを習得するためには、配信内で1万回の正拳突きをする必要がある」
「1万回の正拳突き? なにそれ。そんなのできるわけがないじゃないか」
クルワサンは海溝並に深いため息をついた。正拳突きを1万回やれといわれて乗り気になる人間の方が珍しい。
「心配するな。クルワサン。1配信でやれという話ではない。累計。1万回配信すれば、1配信1回の正拳突きで済むぞ」
「天馬。それはいくらなんでも無理だよ。せめて、1配信2回やって5000回で済ませて!」
「まあ、アレだ。クルワサン。これから毎日クルワサンには朝活配信をしてもらう。朝の時間帯。そこでひたすら正拳突きをする配信をするんだ。そうすれば、いずれはスキルを習得できる」
「それって需要があるの?」
「クルワサンはかわいいから何しても需要があるだろ。常識で考えればわかるだろ?」
クルワサンのかわいさを信じて疑わない天馬に、クルワサンは悪い気がしなかった。
「んー。まあ、天馬がそこまで言うなら、ボクも朝活をしてみるよ。正拳突きね。わかった。やってみる」
「おお! やってくれるか」
そんなことで、クルワサンの朝活配信。正拳突きトレーニングというどこの層に需要があるのかわからない配信が始まった。
◇
「お、配信が始まったね。おはよう。みんな。バーチャル妖精のクルワサンだよ。今日からボクは体を鍛えるために正拳突きの配信を始めることにしたよ。時間があるなら付き合ってくれると嬉しいな。コメントも読み上げるから、気軽にコメントしていってね」
朝の忙しい時間帯。学生も社会人もみな一様に朝の身支度を整えている時間帯。こんな時間に配信を見る余裕がある人間自体少ないが、なぜか需要がある朝活。きっと早起きの人が時間に余裕があるから見ているに違いない。
「すぅうう……ハァッ! ヤァッ!」
クルワサンが掛け声をあげながら正拳突きを始めた。腰を深く落として右の拳をまっすぐ突き出す。続いて右を引っ込めつつ、左の拳を突き出す。
「ハァッ! ヤァッ!」
ただただこれの繰り返し。画面それ以外の変化がない。最早、繰り返しが多いコンテンツとして認定されてもおかしくない。
『男の娘妖精の修行シーンが見えると聞いてやってきました』
「コメントありがとうございます。みんなゆっくりしていってくださいね。ハァッ! ヤァッ!」
『この声で気合が入る。助かる』
現在の視聴人数は14人。朝の忙しい時間帯にしては集まっている方である。需要があるのかないのかいまいちよくわからないこの配信ではあるが、恐ろしいことにコメントがついている以上は楽しんでいる人間は少なくとも1人はいるのだ。
「ハァッ! ヤァッ!」
『掛け声をあぁんっ、やぁんっにするともっと気合入るよ』
「よし、このコメントは消そう」
配信を管理している天馬が明らかによこしまなコメントを発見したので、クルワサンに気づかれない内に削除をした。
「全く、ウチのクルワサンに何を言わせようとしてんだ」
天馬はもう完全に保護者目線であった。
「はぁ……疲れた……」
100回ほどクルワサンが正拳突きをしたところで疲れてしまった。
「クルワサン。疲れているなら休憩しよう。バーチャルハンターはいつ襲ってくるかわからない。疲労している時に襲われたら終わりだ」
「うん。それじゃあ、ちょっとだけ休憩しようか」
天馬がマジックハンドでクルワサンにバーチャル世界の水を渡した。その水をゴクゴクとクルワサンが飲む。
『一緒に正拳突きやっていたけど、腕が疲れた。出勤前なのになにやってんだろう俺』
「おお。一緒にやってくれている人もいたんだ。へへ、なんだか嬉しいな。ボクと一緒にがんばって体を鍛えようよ」
クルワサンは妖精なのに天使のような笑顔を向けて喜ぶ。
「かわいい」
クルワサンのかわいくて癒される笑顔を見ていると天馬も一緒に正拳突きをやりたくなった。クルワサンが喜んでくれるなら、いくらでも正拳突きができる。
◇
配信終了後、クルワサンは休憩端末に移動させて、天馬は事務所にて正拳突きをしていた。
「ハァ! ヤァッ! ウー! ハー!」
「なにやってん?」
天馬の同僚の
「やあ、ココロ君。朝から正拳突きをするのは気持ちいいぞ」
「いや、理由もなく事務所で正拳突きされるとウチとしては気持ち悪いんやけど」
「ははっ、失礼なことを言うなぁキミは。俺が理由もなく正拳突きをするワケがないじゃないか。ほら、俺のクルワサンが朝活で正拳突きを始めたからな。クルワサンにだけ修行をさせるのも忍びないじゃないか」
「アンタのその意味不明なキャラはともかくとして、クルワサンが正拳突きをしている理由も、アンタが乗っかってる理由もわからん」
事情を知らなければ、バーチャルモンスターの配信で正拳突きを流す理由は理解できないのかもしれない。
「まあ、アレだ。正拳突きをしている理由は企業秘密だ」
「いや、アンタと同じ企業に所属してんの。ウチは」
「そうだったな。クルワサンのスキルの中に配信で1万回正拳突きをするってものがあってだな。それを達成するためにがんばっているんだ」
その話を聞いてますます意味不明になるココロ。
「いや、それアンタが正拳突きをする理由にはならなくない?」
圧倒的正論を口にするココロ。だが、ここに平が口を挟む。
「ココロ君よ。
平は鍛え上げられた肉体を強調するようにマッチポーズをした。
「そうだった……ウチのボスも脳筋よりの人間だった。ウカツ」
「流石、平さん。そこまで良く鍛え上げましたね」
「ははは。私の趣味は筋トレだからね。どうかな? 海渡君も今週末、一緒にジムに行かないか?」
「お、いいですねえ!」
なえかノリに乗っている男性陣であるが、女性のココロが完全に取り残されていた。
「もうやだこの事務所……」
なぜかまともな感性を持っているはずのココロがマイノリティになってしまう空間。これが多数決の恐ろしさである。ツッコミ不在の恐怖。集まる人数によっては正しい人間がパワープレイによってねじ伏せられてしまう。
そう。パワーこそ正義。筋肉は裏切らない。その筋肉をつけるためには正拳突きがベスト。みんなもやろう! 正拳突き! ウー! ハー!
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