ひとつの終わり

 ……ちゃ……。ふぃ……ちゃん。フィルカちゃんっ!?

 ……メルティエ、さん?

 大丈夫!?どこかけがでも……。

 いえ。大丈夫です。……すみません。頭がクラクラして……。

 もしかして、力、使い切っちゃったのかな……?

 はい……。おそらく。最後、力を込めすぎてしまったみたいで……。

 もうっ。無理はしちゃダメだって言ってるのに。怪我とかは無いみたいで良かったけど。

 すみません。……これだと、最初の時に逆戻りですね。折角、メルティエさんから魔法の使い方、教えてもらったのに……。

 ……本当に、世話の焼ける弟子なんだからっ。

 すみません。

 いつも言ってるでしょ?弟子がまだまだなら、師匠もまだまだなんだから。弟子は師匠の鏡、なんだよっ。

 それは、お師匠様が?

 うんっ。だから、まだまだな者同士、先を目指して頑張っていかなきゃなんだよっ。

 ……そう、ですね。私もメルティエさんの恥にならないように頑張ります。けど……。

 けど?

 …………もう、終わり、ですね。

 ……そうだね。本当はね、もっとかかると思ってたの。きっと、お師匠様もそう思ってるんじゃないかな。でも、フィルカちゃんのおかけであっという間に終わっちゃった。

 ……私は、メルティエさんのお役に立てたでしょうか?

 うんっ。フィルカちゃんが居なかったら、飽きて途中で里に帰っちゃってた、かも?

 そんなことは無いと思いますけど……。

 そんなことあるんだからっ。フィルカちゃんと一緒に冒険して、辛かったことも、心配なこともあったよ。でも、終わってみたら楽しかった事の方がずっと多かったから。全部、フィルカちゃんのおかげ。この町で、星樹で、たくさん思い出を作ることができたのも。ここまで諦めずに来ることができたのも。全部。

 ……私は、ほんの少しだけ、お手伝いをしただけですから。……でも、それでも、ほんの少しだけでも、メルティエさんのためになれたのなら。良かったです。

 あたしもフィルカちゃんのためになれたかな……?終わってみるとちょっと心配になってきちゃった!

 メルティエのおかげで、魔法もきちんと使えるようになりました。魔力もたくさん分けてもらって。それに、”ここ”での暮らし方も教えてもらって。なんとかこれからも生活はできるくらいには、色々とお世話になって。本当にありがとうございます。

 そう?なら、お互いにいいことばかり、だったのかな?

 私の方がお世話になりっぱなしだった気はしますけど……。

 そんなことないよっ。あたしもいっぱい、い〜っぱい、フィルカちゃんからもらったものがあるから。……それに。

 それに?

 …………、えへっ。なんでもな〜いっ!

 気になります。

 ヒミツだよっ。

 じ〜っ。

 そんな目で見てもヒミツなんだからっ。女の子はヒミツがある方が魅力的なんだって、前も言ったでしょっ?

 メルティエさんはヒミツが無くても……。

 えっ?なくても~?

 い、今のはナシで。

 ええ〜っ!?そこまで言ったなら最後まで言ってくれてもいいでしょっ!?

 は、恥ずかしいので……。

 むぅ〜。恥ずかしがってるフィルカちゃんも可愛いけど〜……。大事なことはきちんと言って欲しいんだけどなぁ〜。

 メルティエさんもヒミツ、ありますよね?なのでおあいこです。

 どうしても?

 ……メルティエさんのヒミツと交換です。

 むむっ。それはちょっと難しい相談かなっ。……折角だから、これは里まで持ち帰ってしっかりと確かめたいからっ。

 そう、ですか。

 次に会うときまでのお楽しみに取っておいてっ。あたしも今のフィルカちゃんの言葉、お楽しみにとっておくことにするからっ。次似合う時には、もうちょっと、恥ずかしがり屋さんなところが落ち着いてくれると嬉しいなぁ、なんてっ。

 それは約束できません……。

 それならそれでっ。どっちのフィルカちゃんもあたしは……。

 メルティエさん?

 ……あたしは、いいと思うからっ。

 よく分かりませんが……。メルティエさんがいいのでしたら。



「お〜いっ!奥の部屋、開いたぞっ!」


 ゲールさんの声がする。こちらに手を振っている。

 レイバスさんは既に奥の部屋に入って中を見て回っている。フェリチナさんは、「あんたは本当に空気が読めないねぇ。」なんてゲールさんに呆れた様子で。リートさんも、小さくため息を吐いている。


「はあいっ!すぐ行きまぁ〜すっ!フィルカちゃん、立てそう?」

「……少しだけ、魔力を分けてもらってもいいですか?」

「おっけ〜。あ、でも、”いつもの”は嫌だよね?皆、見てるから……。」

「そ、そうですね。できれば……。」

「それなら〜。」


 一回り大きなメルティエさんの手が私の手を包み込むと、そこからゆるゆると魔力が流れ込んでくる。刺激は少なくて、優しく淡く身体を満たしてくれる。けど……。


「フィルカちゃん、もしかして、物足りないって思った?」

「そ、そんなことありませんっ!!こ、これで十分ですっ!」

「も〜。そんなに必死に否定されるとむしろ、そうですっ!って言ってるようなものだよっ?」


 やっぱりどうしてもメルティエさんにはかなわなくて。

 でも、人が見ている前で”いつもの”でしてもらうだけの勇気は持ち合わせがなくて。握る手を黙って少し強めるだけにして。


「フィルカちゃんってば、恥ずかしがり屋さんなんだから〜。」

「……もう、立てそうなので。」

「ああ〜っ!もしかして、怒ってる?」

「怒ってないです。」

「それ!そのちょっとむすっとした言い方!さっきもだけど、フィルカちゃんは本当に分かりやすいんだから!」

「……メルティエさんは、私の言う事、信じてくれないんですか?」

「ゔっ……。そ、そういう言い方するのは、ちょっとズルいかなぁって、思ったりもするよっ?」

「メルティエさんが意地悪なので、仕返しです。」

「むぅ〜……。」

「メルティエさん。行きますよ。」


 立ち上がる。

 メルティエさんを見下ろす。いつもは見上げてばかりだからちょっと新鮮で。それだけではなく、頬を膨らませて見上げた表情が可愛らしくて。

 たまには意地悪しちゃうのもいいのかな。

 悪い私がささやいた。

 それを振り払い、メルティエさんに促すように軽く腕を引く。それに合わせるように立ち上がったメルティエさん。あっという間に、またメルティエさんを見上げる景色に戻った。

 ……うん。こっちのほうが、いい。なんだか落ち着くから。

 そっと、握った手を解こうとすると、メルティエさんは逆にしっかりと握り込んでくる。


「あ、あの、メルティエさん?」

「手、繋いで行こ?」

「えっ。ですが……。」


 がんとして譲らない意思が黒い瞳から伝わってくる。

 ……そっか。これがもう最後、かもしれないから。

 最初は躊躇ためらいがちに。徐々にしっかりと。メルティエさんの手を握り返すと、かたくなな表情が解けていった。


「ありがとっ。」

「いえ……。小樹のところへ、ゲールさんたちのところへ行きましょうか。」

「うんっ。」


 メルティエさんと手を繋いで歩いたことは何度かあった。

 そのどれもが暖かくて、穏やかな気持ちになるものだったような気がする。

 今もそうだけど、それだけではなくて。

 忘れないように。

 この感触を。

 ふたりで一緒に歩いてきた、短くて長かった今日までの日々を。

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