何も見つからなかったわけではなくて。
結局、私の手掛かりは何一つ見つからないまま、私たちは宿へと戻って来た。
落ち込んでいたのか、帰り道は口数の少なかったメルティエさん。そんな彼女も、宿の1階のラウンジの一角に並べられた晩御飯を見ると、瞳の輝きを取り戻していた。
ひとまず、気持ちを持ち直してくれたみたいで良かった。
順番にお風呂に入った後で晩御飯をお腹いっぱいになるまで堪能させてもらい、その後は今日のことをソミアさんも含めた3人で話して。
何だか少し不思議だった。昨日、出会ったばかりの人たちなのに、ずっと前から知っていたような安心感がある。もしかしたら、私達って本当は知り合いだったんじゃないかって。そんなことはあるはずも無いのは分かっているのに。
……記憶を失う前の私にも、そう思える人たちがいたのかな。
そんな考えが一瞬、
メルティエさんも、ソミアさんも、たった1日で心を許しても大丈夫、と思えるくらいに良い人だと思った。
……それとも、私の警戒心が緩すぎるのかな。
そうなのかもしれないけど、ソミアさんも、そしてメルティエさんも、私のことを快く拾い上げてくれた人達。その事実に偽りは無くて、今日も私のために色々と力を貸してくれた。
そんな人たちにお返しがしたい。
まずは、明日からの迷宮の探索、というやつで。
その次は……。今は考えても仕方が無いかな。まずは目の前のことをしっかりとやる。全てはそれからだから。
話がひと段落すると、ソミアさんは片付けと明日の仕込みをするからと玄関前のカウンターの奥にある調理室に向かった。私たちも、明日があるので今日は早めに休むことにして、2階の部屋へと戻ることにした。
玄関の前を通り過ぎた先にあるちょっと急な階段を登って行く。1階の明かりが遠のくにつれて薄暗くなり、夜が近づいてくるような、そんな気がした。
2階は全て客室になっていて、大きさはそれぞれまちまち。メルティエさんが借りている一番奥の部屋は、2人用でこの宿では一番小さな部屋。
手前の部屋たちの扉には何もないけれど、メルティエさんの部屋の扉には、装飾が施された木彫りの名札がぶら下がっていた。
「わあっ!ソミアちゃん、早速フィルカちゃんの名前も書いてくれたんだねっ!」
確かに、メルティエさんと私の名前が隣り合わせに書いてある。
朝は、メルティエさんの名前だけだったから、出かけている間に用意してくれんだと思う。
通行証の時もそうだったけど、なんだかちょっぴり特別な感じがしてくすぐったい、かも。
メルティエさんの……、私たちの部屋の中に入る。
帰って来た。としみじみ思うにはまだまだ慣れていない部屋。
でも、いずれ、そうなるのかな。
既にパジャマ姿の私たちは、それぞれのベッドに向かい、私は一足先に布団の中に潜り込む。昼間は感じなかった肌寒い夜の空気。それを遮断して、ぬくぬくとした暖かさを育み、少しずつ眠気が忍び寄ってくるのを感じていると。
「フィルカちゃん。」
私はゆっくりと身体を回してメルティエさんのベッドの方へと向いた。
メルティエさんは、まだ布団に入っておらず、自分のベッドに腰を掛けている。
「はい。」
「ごめんね。今日はフィルカちゃんのこと、結局何も分からなくて。町のあっちこっちを連れまわしちゃっただけで。」
「い、いえ。そんなことは無いです。気にしないでください。私は、町のこと、知れましたので。どのあたりに何があるか、とか。どんな人たちがいるのかとか。職人街は結構、賑わっているんだなぁとか。」
それを知ることができたのは全てメルティエさんのおかげ。
それに、空っぽになっていた私の思い出の中に、今日という思い出が一つ、積み上がった。たったそれだけなのに、なんだか心が温かくなって、安心したから。
だから、何も見つからなかったわけではなくて。
「そう?それなら、ちょっと安心したかも。」
「むしろ、私はとても助かりました。知らないことばかりだったので。その、昨日も今日も迷惑をかけて……。明日からもきっと、至らないことばかりかもしれませんが……。」
怠惰だった身体を起こし、ベッドの上で正座してメルティエさんと向き合う。
「あっ!そんな。寝たままで良かったのに。」
「いえ。そういうわけにはいきません。その、明日からも、よろしくお願いします。」
ベッドに頭が付くくらい、深くお辞儀をする。
「そ、そんなに改まらなくても。あんまり気負わなくていいからね?別に星樹を攻略しようってわけじゃないんだから。のんびり探索できれば。ねっ?」
ゆっくりと顔を上げると、メルティエさんが
まるで陽の光に照らされたかのように、心に熱が帯びる。
頑張らないと。明日から。この人のために。それが、今、私ができる唯一の恩返しだから。
「はいっ。頑張ります。」
「うんっ。ふあ……、ふあぁぁぁっ……。」
大きくあくびをしたメルティエさん。
私も今日はたくさん歩いたせいか、少し疲れてしまった。
「明日もありますし、もう寝ましょうか。」
「うん。それじゃあ、ランタン、消しちゃうね。」
「はい。」
再び布団に潜る。
メルティエさんはそれを見て、私たちのベッドの間にあるサイドテーブルの上で夜の闇を照らし続けてくれたランタンの明かりを落した。
「おやすみ、フィルカちゃん。」
「はい。おやすみなさい。」
メルティエさんの声は、夜に消えてもずっと私の耳に残って、そっと寄り添ってくれているみたいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます