星樹の町②

 その後はメルティエさんと一緒に町を歩きながら、私のことを知っている人がいないか探して回った。ただ、大方の予想通り、知っている人は誰も現れず。むしろ、私の格好を珍しがる人達ばかり。

 残念、と言う気持ちは特になかった。

 こんな、ピンクの衣装を着て歩いて回っている人なんて、私以外は見かけないから当然、かな?

 そんな風に思うくらいで。

 私とは対照的に、知らない、との答えを貰うたびに肩を落として項垂うなだれるメルティエさん。そんな彼女を慰めつつ、最後に訪れたのは。


「『黄昏たそがれの魔道具屋』、ですか?」


 焦げ茶色の木でできた建物の入り口に掲げられた看板を見上げて読み上げる。


「うんっ。あたしがお世話になってるお店なの。魔法使い専用の道具を扱っているお店なんだよっ。店主さんは魔法使いだから、フィルカちゃんの力についても何か分かるかもしれないかなって!」

「なるほど。」


 私の出自が分からなくても、この“魔法使いっぽい”力について何か分かれば、今後のメルティエさんの探索を手伝う際に役立つかもしれない。

 小さな期待を胸に、メルティエさんが開けてくれた扉をくぐった。

 店内は窓も無く薄暗くて、明かりらしい明かりは、奥のカウンターの柱にぶら下がっているランタンの灯くらい。通路は広めに確保されていて、陳列棚には不思議な形をした石や金属・木工細工が並んでいる。壁には、メルティエさんが身に着けているような、帽子やローブ、杖なんかがかけられている。

 不気味な感じ。

 それがお店の第一印象。

 私ひとりだと、その、ちょっと入りづらいかも。

 メルティエさんは何も臆することなく、カウンターの前まで歩いて行く。


「マーニャさ~ん!いませんか~?」


 メルティエさんが店内に響く大きな声で呼びかけると、奥の扉から女の人が現れた。

 昨日のメルティエさんと同じような格好。先の折れた黒い大きな三角帽子に身体をすっぽりと覆う丈の長い黒のローブ。

 メルティエさんよりも背が高く、ひと回りほど年上、のように見える落ち着いた雰囲気の女性は、黒縁の眼鏡を指で、くいっ、と持ち上げるように整えながら。


「メルティエくん、いらっしゃい。……ふむ。後ろの可愛らしい女の子は?お友達かな?」

 少し低めの知的で落ち着き払った声。私を一瞥してからメルティエさんに尋ねる。

「こんにちわっ!この子は、一緒に迷宮を探索することになった子で――。」

「フィルカと言います。よろしくお願いします。」


 次こそはと準備していた言葉。

 今日一日、私が口を開く前にメルティエさんが紹介してしまうので、名乗る機会が得られなかったけど、最後の最後で何とかその機会を掴んだ。

 メルティエさんはちょっと、むぅっ、としてほんの少し不満げだけど、名前くらいは名乗らして欲しいと思っていたから許してもらえないかな。


「私はマーニャだ。この魔道具屋のオーナーだよ。よろしく。」


 洗練された軽いお辞儀と柔らかく余裕のある会釈に続けて。


「……フィルカくんは魔法使いなのかい?それにしては派手、いや、可愛らしい服を着ているが。」

「早速なんだけど、今日はフィルカちゃんのことでマーニャさんに相談があるの!」


 カウンターを乗り越えんばかりの前のめり加減で、声をあげたメルティエさん。ちょっと引いてしまっているマーニャさんを気にする素振りも無く、私の事情についてひと通り話した。


「――っていうのがここまでの状況かな。ねっ?フィルカちゃん。」


 話し終えると、乗り出していたカウンターから手を離したメルティエさん。


「はい。」

「なるほど。確かに普通の魔法ではなさそうではあるが……。ふむ。フィルカくん、手を握らせてもらってもいいかな?」

「手、ですか?構いませんが……。」


 マーニャさんに言われた通り、一歩前に出てメルティエさんの隣に立つ。

 今さっき会ったばかりの人に手を握られるのは少し、抵抗があるというか……。

 恥ずかしい。だけど、これも今後のためだと思って大人しく左手を差し出す。純白のグローブに包まれた私の手を両手できゅっと包み込む。何かを確かめるかのように撫でまわす。

 くすぐったい。

 履き心地のいい、滑るような感触のグローブ越しにのせいか、くすぐったさが強調されてしまっている。

 そんなことはお構いなしに、ひとしきり撫でまわした後でそっと手を離したマーニャさん。


「ありがとう。もう大丈夫だ。」

「どう?何かわかった?」


 メルティエさんの期待に満ちた問いかけに、う~ん、と考え込むようにうなったマーニャさん。

 うん、と一つうなずいてから。


「魔力とは別の力、かもしれないが、やはりこれだけだと詳しくは分からないな。」

「別の力、ですか……。」

「今のは簡易も簡易の検査であって、もっと詳しく調べるなら専用の機器も導入しないとなんだが。」

「でもでも、フィルカちゃんはあたしが魔力を分けてあげたら元気になったんだよ?別物だったらそんなこと……。」

「だから私も確証が持てない。ひょっとしたら、私が知っているものとは系統の違う魔力の系譜なのかもしれない。ただ、別の力だとしてもかなり近しい存在ではあると思う。魔法使いの力の源泉は、この世界を漂うマナの流れからなる魔力だけれども、フィルカくんが扱う力の流れも、マナのそれにかなり似ているからね。メルティエ君の魔力を代替として使えるのか、はたまた体内で変換しているのか。いずれにせよ、今のところは普通の魔法使いのように振舞っていても問題ではなさそうではあるがね。それにしても……。」


 ふむふむ、と私をじっくりと観察するマーニャさん。

 なかなか近くに寄せられた顔から逃れるように後ろへ下がった。


「な、なにか他にも気になるところがありますか?」

「いや、なかなかの逸材だなと思ってね。どうだい?探索なんて危ない仕事はやめて、私の所で働いてみるのは。報酬も弾むよ。なあに、少しだけ実験に付き合ってもらうだけで――。」

「だめっ!だめだよっ!フィルカちゃんは、あたしと一緒に迷宮に行くって約束なんだから!」


 メルティエさんは私の腕を抱え込むとマーニャさんから私を引きはがした。


「ははは。冗談だよ。まぁでも、フィルカくんがその気になったのならいつでも――。」

「マーニャさんっ!!」


 高らかに笑うマーニャさん。

 メルティエさんは、マーニャさんを視線で威嚇している。

 私は、しばらくはメルティエさんと一緒に居るつもりだから、そんなにムキにならなくてもいいのだけど……。

 でも、少しだけ嬉しい。

 どうしてだろう。……メルティエさんに必要とされているから、とか?

 漠然を抱いた嬉しさの先について考えながら、頬を膨れさせて怒るメルティエさんとお店を後にした。

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