星樹の町①
ソミアさんのご飯は、メルティエさんの言う通り、いやそれ以上に美味しかった。ソミアさんたっての希望だった星魚の煮付けもそうだけど、他の料理も。
そして今朝の朝食も。
この宿に泊れば、毎日こんなにおいしいものが食べられるなんて。
夢みたい。
朝食を食べ終わって、メルティエさんは紫色のパジャマから昨日も着ていた魔法使いの格好に。ローブと帽子と杖は邪魔になるから置いて行くみたいだけど。
私はというと、部屋着はメルティエさんから借りて何とかなったけど、外行きの服は、メルティエさんのものでは大きすぎて着ていくのは難しそうだった。メルティエさんが大きい、というよりは私が小柄過ぎる、というのが問題で。ソミアさんは、メルティエさんよりも小柄だけど、それでもやっぱりぶかぶか。仕方がないので、力を解放させて『変身』した姿で歩き回ることに。
メルティエさんに手を引かれて外へと飛び出した。
雲一つない空。
そしてそれを覆うように大きな木の枝葉が伸びているのが見えた。それをたどり幹の方へと視線を向けると。
「……大きい。」
天まで届く高さ。壁のように広く大きな幹。
形は木のそれだけど、大きさは全く違う。この辺りを囲うように
「あれが
「あの木、山の向こう側からも見ることができるんですか?」
「うんっ。この辺りをぐるって取り囲んでる岩山は星樹山脈って言うんだけど、あの山を越えられそうな峠道が整備されたのも結構最近なんだよ。それまでは、星樹の存在は山の向こうからでも良く見えたから知られてはいたんだけど、辿り着いた人はいなかったらしいの。」
「なるほど。」
「まぁ、今はこうして町までできて、探索までできるようになっちゃったんだけどねっ。」
「それじゃ行こっか!」と促されてメルティエさんの少し後ろをついていく。
綺麗に舗装された石畳は、まだ苔もなくて新しさが垣間見える。それは、道端の建物も同じで、どれもこれもよく磨かれた薄い灰色ばかり。
ただ、まだ朝のせいか、人通りはあまりなくて、開いているお店もまばら。それに、建てかけで放棄されたような建物もそれなりにある。新しい町、ということらしいけれど、活気はあまり感じられなくて、どことなく寂しげにも見えた。
そんな町中を歩いて行くと、大きな通りに出る。通りの左手は、灰色の岩山へと分け入る道に、右手は星樹の方へと続いている。露天商もいくらかやっているけれど両手で数えられるくらい。
お世辞にも賑やかとは言えない目抜き通り。
そして。
「あれが管理局だよっ。」
メルティエさんが指をさした方には、町中で見てきた建物のどれよりも大きな建物が、でんっ、と腰を下ろしていた。でも、やっぱり人影は少ない。というか、管理局には誰にも用がないみたいで、町の人はみんな通り過ぎるばかり。
この町、本当に大丈夫なのかな……。
不安を覚えつつも、メルティエさんを追って管理局の中へと入った。
建物の中は天井が高く、木の梁がめぐらされていて、暖かなランタンの明かりが照らしている。静かな、というかあまりに静かすぎて、目の前に見える窓口の奥で書類仕事をしている職員の人達が、紙をぺらぺらとめくる音すらも聞こえてくる。窓口に座っている人も、なんだか暇そうに、椅子に深く腰を掛けている。
メルティエさんは一番近くの窓口の前まで進んで行くと。
「いらっしゃいませ。探索者の登録ですか?」
さっきまで深々と座っていた椅子から、しゅんっ、と姿勢を正して丁寧に応対な応対を始めた女性の職員さん。
「はい。そうなんですっ。」
「ではこの紙に必要事項を書いてください。」
「フィルカちゃん、とりあえず、名前だけでいいから書いてもらってもいい?」
「はい。分かりました。」
「あ、でも字は……。」
「それは大丈夫、だと思います。」
どうぞ、と職員さんに羽ペンを渡される。
名前だけでいい、と言われたけれど、書類に書かれてあることをひと通り読んでみる。
文字は……、読める。覚えているみたいでちょっとホッとした。
ただ、ちょっと読みづらい。書類の字が汚いとか薄いとか、そういうわけでは無い。一度、書いてあることを“自分の言葉”にしてからじゃないと理解できない。
これも記憶喪失のせい、なのかな?
今更だけど、記憶喪失も結構不便かもしれないと思った。
ひとまず、“名前”と書かれた欄の横に自分の名前をさらさらっと書きあげる。「終わりました」とメルティエさんに渡すと、そのまま職員さんに見せる。
「すみません。この子なんですけど、実は身寄りが無いみたいで、出身地とかは分からないみたいなんです。なので、名前だけでも大丈夫ですか?」
「そうなんですね。ちょっと確認してきますのでおまち……、んっ?」
立ち上がろうとした職員さんが動きを止めた。
「どうかしましたか?」
メルティエさんが首をかしげて問いかける。
「すみません、お名前のところ、これって何て読めばよろしいですか……?」
「へっ?」
間の抜けた返事をしたメルティエさん。
もしかして、私の字ってそんなに読みづらいものだったのかな……?
メルティエさんも職員さんと一緒に目を大きく見開いて、ぱちぱち、と瞬きをすると。
「フィルカちゃん、これって旧魔法文字、だよね?」
「えっ?旧魔法文字……、ですか?」
私は覚えている文字をそのまま書いたつもりだったけど……。
メルティエさんに改めて書類を見せてもらうと、確かに、書類の字と私の字では、形は似ているけれど結構違うところがある。
「うん。前の紀、500年くらい前に終わった第6紀の末期まで使われてた魔法使いの文字なんだけど……。あ、大丈夫。あたしはお師匠様に教えてもらってて読めるから。えっと、すみません、これは、え~っと、『フィルカ・ラクティス』って読むんですけど、このまま申請しても大丈夫ですか?それとも私が代筆した方が……。」
「あ、いえ。大丈夫です。読み方は承知しましたので。ただ、通行証を発行するときは大陸リンカー文字になりますけど、構いませんか?」
「大丈夫です。って、あ、フィルカちゃん、それでもいい?」
「はい。私は構いません。」
「承知しました。確認してきますので、そちらの席に座ってお待ちください。」
職員さんは、今度こそ立ち上がって奥へと下がって行った。
私たちは、案内された壁際の椅子に隣り合って腰を掛ける。
「すみません。迷惑ばかりかけてしまって……。」
「そんなことないよ。でもでも、びっくりしちゃった!旧魔法文字を書いちゃうなんて。あ、でも、書類の文字は読めたの?」
「はい。なんとか。ちょっと読みづらいなって思ったんですけど。」
「ふむふむ。フィルカちゃんの謎は深まるばかりだねっ。」
なんだか楽しそうなメルティエさん。私は、自分自身の得体の知れなさが深まって気がかりにはなるけれど、今は何も思い出せそうもないので、考えても仕方が無いのかな、とも思った。
「そういえば、少し気になったことがあるんですけど。」
「うん?なあに?」
「その、この町ってなんだか人が少ないですよね。こんなにきれいに整備されてるのに、建てかけで放ったらかしの建物とかも結構見かけましたし……。」
ここまでの町の様子を見て来ての素直な疑問をぶつけてみると、メルティエさんは、あ~、と苦笑いしながら。
「それね、あたしもこの町に来た時に思ったんだ。それで、ソミアさんに聞いたんだけど……。」
メルティエさん曰く、星樹の迷宮は、一番手前の星樹の麓まで辿り着くまでの道のりしか開拓されていないらしい。その先、星樹の中へとつながる大きな門、『星樹の門』は探索が解禁されてから3年間、開けることができずその目途も立っていない。そして、時間だけが過ぎてしまい、当初は賑わいを見せていたこの町も探索をする人達が離れて行ってしまい今に至る、とのこと。
「なるほど……。」
「もったいないよね。お店も生活に不自由しないくらいはあって、景色も良くて、のんびり過ごせそうな町なのに。」
「そうですね。でも、星樹の中を冒険したいって思うような熱心な人達には、刺激が少ないのかもしれませんね。」
「まぁ、そっかぁ。」
うんうん、と
メルティエさんは思ったこと、感情を身振りや表情で示してくれるので、なんだか安心する。出会ったばかりなのに、警戒することなく接することができるのはそのおかげ、なのかもしれない。
「うん?フィルカちゃん、どうしたの?」
メルティエさんを、ぼうっ、と見ていたら、はて?といった感じで不思議がられてしまった。
「あっ、いえ。その、何か話そうかと思っていたんですけど、忘れてしまって……。」
「そう?なら、思い出したら教えてねっ。」
私の、咄嗟に誤魔化した言葉に
そんな感じでしばらく、メルティエさんと他愛もない話をしていると。
「フィルカさん。フィルカ・ラクティスさん。」
「は――。」
「は~いっ!」
私よりも先に返事をしたメルティエさんに引き連れられて、窓口に戻る。
「では、こちらが通行証になります。身寄りのない方ということなので、どなたかの裏書が必要なのですが。」
「あたしが書きますっ!」
そう言うと、メルティエさんは通行証を裏返して名前を書き込む。
「はい。ありがとうございます。それでは、こちらはなくさないようにお持ちください。星樹へと入る場合は、提示していただく必要がありますので。」
メルティエさんが一歩避けて私に目配せしてくる。
受け取って、ってことかな。
私は前に出て、手のひらに乗るほどの大きさのカードを受け取った。
裏には私とメルティエさんの名前が寄り添うように並んで書いてあって、なんだかほんのちょっぴり特別なものに見える。
「えへっ。これで一緒に探索、できるねっ!」
「はい。ありがとうございます。」
「っと、今日はまだまだ町の中を回らないとだからねっ!早速、行きましょ~!」
そう言うと、出口に向かって軽い足取りで歩き始めたメルティエさん。
私もその後ろを追って管理局をあとにした。
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