星樹の門③

 メルティエさんやソミアさん、それにマーニャさんから以前、ほんの少しだけ星樹の伝承について聞かせてもらったことがあった。

 その話では、入った人間を返さない迷宮が広がっている、ということ。てっきり、大きな木が切り抜かれて迷宮上に入り組んだ道が続いている薄暗い場所、みたいなものを想像していたのだけど……。


「森、かなぁ。」

「森ですね。」


 目の前に広がるのは木々が生い茂る森。私だけでなくメルティエさんも、思っていたものとは違う光景が広がっていた。

 そもそも、木の中に森があるなんて。いくら大きい木だからと言ってちょっと、いや、かなりおかしい。それに、生い茂る枝葉から落ちてくる木漏れ日。それは、外の世界と同じ赤みを帯びた夕焼け色。星樹の内部のはずなのに外の明かりが透けて中に入ってきている。

 それだけではなく、入口とは正反対の方向から風が吹き寄せてきて、その風に乗ってかすかに水のせせらぎも聞こえてくる。

 普通の森。いや、普通では無いんだけど……

 辺りを警戒しつつ先へ進むと、やがて開けた広間に出た。

 木々に囲まれている殺風景な円形に近い小さな草原。その真ん中に石碑が、でんっ、と置かれている。近づいてみると、大きさは私の背丈と同じくらい。石碑には根の長い木の模様が彫られている。


「う〜ん。」

「メルティエさん?」


 うなりながら、じっと石碑を見つめているメルティエさん。


「これ、どこかで見たことあるような、ないような。」

「えっ?本当ですか?」

「うん。多分、町で見かけたような気がするんだけどなぁ。」


 町には星樹を象ったような模様の飾りはそれなりにあった気はするけど……。

 でも、そう言われると私も見たことがあるような気がした。

 宿?管理局?どこかのお店?

 いや、違う。

 それじゃあ、町の広間とか?

 毎日、迷宮に向かう際には通っていたので、あればすぐに思い出しているはず。

 それだと……。


「……迷宮の入口、ですかね?」

「そう!そうだよフィルカちゃんっ!迷宮の入口の兵士さんの後ろに確かあったはずっ!」


 メルティエさんの声が背中を押してくれて、曖昧あいまいだった記憶がはっきりしたものになる。


「おんなじ物がこんなところに……。それに、これ見よがしに堂々と置いてあるなんて。怪しい……。」

「確かにそうですけど、なのだとしたら一体、何なんでしょう。」


 ふたりで、う〜ん、とうなりながら眺めていると。


「フィルカちゃん!また触ってみるのはどう?」

「えっ。」

「ほらほら、さっきフィルカちゃんが触ったら門が開いたでしょ?これもなにか起きるんじゃないかなって。」

「そうかもしれませんが……。」


 何も起こらないかもしれない。それならまだいい。万が一、なことが起きたら。それでメルティエさんが危険な目にあったら。

 そう思うと、このままそっとしておいておきたい、けど……。


「ねっ?ちょっとだけっ!」

「危なくないですか?調査団の人達の調査を待ってからの方が……。」

「そうだけど~……。ほら、その前に。フィルカちゃんが門を開けてくれたんだから記念だと思って!ねっ?」

「そういうものではないと思いますが……。」

「むぅ~……。」


 メルティエさんの期待の目が、へなへな〜、としおれてしまう。

 悪い事しちゃったかな。でも、警戒はしたほうがいいと思う。なにせ、初めて踏み込んだ場所なんだし。メルティエさんもそれは分かってくれると思う。

 ……。

 いつのまにか、ねだるように下からのぞき込む体勢になったメルティエさん。

 そんなことをされても私は、私は……。


「…………分かりました。」

「ほんとっ!?」

「ですが、何が起こるか分かりませんので、念の為、辺りを警戒しておいてもらってもいいですか?それに、危ないと思ったら途中でも中断しますので。」

「うんっ!そこはフィルカちゃんにお任せするねっ!」


 きらきらとしたメルティエさんの笑顔。

 それを見ることができたし、まぁ、いいのかな?

 そんな単純すぎる私自身に小さくため息をついてから、そっと石碑に触れた。

 すると、白く光を放ち始めた石碑。


「わあぁ……。」


 危ない感じはしなかった。

 風が舞い上がるかのように、スカートが、マントが、髪が、ふわふわと浮き上がる。

 私だけでなくてメルティエさんも。

 すると、私達の足元に星型の魔法陣が広がった。浮遊感が強くなると共に視界が真っ白に塗りつぶされていった。

 ………………。

 …………。

 ……。

 眩しかった視界がゆっくりと晴れてくる。

 目の前には、鼠色ねずみいろの物体が揺れている。

 なんだろう。

 目をぱちぱちさせると、ぼやけた視界も次第にはっきりとしたものになって。

 甲冑かっちゅう。長い槍。背の高い、兵士さん。

 兵士さん?なんでこんなところに。星樹の門のあたりでは見かけなかったけれど……。


「君たち大丈夫かい!?」


 朝、迷宮の入口を通過する時に聞いた兵士さんの声、そのものだった。


「は、はい。大丈夫です。あの、兵士さん、なんでこんなところに?」

「それはこっちの台詞だよ。君たちがいきなり現れてびっくりしたんだ。」

「えっ?」


 あたりを見回すと、空は夕焼けの赤い空。正面には夜を迎える準備をしているステラ・アルバリアの町。右手には兵士さんと迷宮の入口。そして左手には。


「ほえ〜。」


 呆けているメルティエさん。

 メルティエさんには悪いけど、ちょっと間抜けな感じで。でもそれがなんだか可愛らしかった。


「メルティエさん。メルティエさん、しっかりしてください。」

「おおうっ!フィルカちゃん、何があったの!?」


 我に返ったメルティエさん。


「どうやら、迷宮の入口に戻ってきたみたいなんですが……。」

「ええっ!?あっ!兵士さん!こんばんわっ!」

「こ、こんばんわ……。って、それどころじゃないよ。本当にどうしたんだい?」

「実は……。」


 私から、星樹の門が開いたこと、うっかり私が開けてしまったこと、そして星樹の中の森で見つけた石碑に触れたらここに戻ってきてしまったことを伝える。

 すると、兵士さんは慌て始めた。


「それは早く管理局に伝えないと!お前はここに残って警備を続けてくれ。俺が彼女たちを管理局に連れて言って事情を伝えてくるから。」

「はいっ!」


 兵士さんは、相方さんにそう指示してから。


「よし。では二人には管理局で報告をしてもらう必要があるから一緒に来てくれ。確か、調査団の学者達も帰ってきていたな。彼らにも話を聞いてもらわないと――。」

「あの〜、あたしたち、お腹空いてて〜。それに、1日中歩いて疲れてるので今日は休ませてもらいたいなぁ、なんて。」


 てへっ、と愛嬌あいきょうたっぷりのメルティエさんの笑顔。

 私なら一発で折れてしまう自信があるけれど、兵士さんには通用しなかったらしく。


「それについては、俺に決める権限がない。」

「う〜。ゆっくりしたいのにぃ。」

「すみません。私がうっかり開けてしまったばっかりに……。」

「フィルカちゃんが悪いわけじゃないからっ!そもそも、誰も開けられなかった門を開けてくれたのはフィルカちゃんなんだからねっ。」

「そうだな。今日はもう日が暮れるしな。俺からもなんとか君たちの希望に沿うよう、管理局の職員には話してみよう。」

「ほんとですかっ!?」

「ああ。3年待ったんだから、更に1日くらい報告が遅れたところで変わりないだろうからね。」


 はっはっはっ、と高らかに笑った兵士さん。

 

「兵士さん、話がわっかるぅ!」

「俺が話が分かっても、管理局のお硬い人たちはどうか分からないがね。いずれにせよ、早く管理局には向かった方がいい。さっさと終わらせてしまった方が君たちのためだからね。」

「はあいっ。フィルカちゃんも行こっか!」

「はい。」


 兵士さんに連れられて町へと戻る。

 私が触れて開いた門と不思議な石碑。

 私は星樹に関係する人間、ということなのかな。

 少なくとも、ここまでのことを起こしておいて、関係がないとは言い切れる自信がない。いや、言い切れない。

 それなら、迷宮の中や入口とかではなく、なんで町の外れの湖畔こはんで倒れていたんだろう。

 私自身のことなのに私には分からないことばかり。足が地につかない感じがあって、今更、少しだけ不安を覚えた。

 ……でも、いいのかな。

 仮に、昔の私が星樹に関わる人間であったのだとしても、今の私には関係がない。全て忘れてしまっているのだから。それに。


「終わったら、ソミアさん、驚かせに行こうねっ。」


 いたずらっぽく笑いながらささやいてくるメルティエさん。


「そうですね。」


 私もささやき返す。

 そう。今の私には、メルティエさんが、他の人達がいる。だから、思い出せもしないことを思い出そうとして気に病む必要は無いんだと思う。

 目覚めてからずっとそうだったし、これからもきっとそれでいいのかな、って。

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