選んでくれたから。①

 兵士さんの尽力とメルティエさんの駄々捏ねによって、管理局のお偉いさんと調査団の学者さんたちをなんとか説得(?)することができ、簡単な経緯を聞かれただけで解放された私達。ただ、明日はみっちりと話を聞かせてもらうとのことで、朝から管理局に出頭しなければならなくなった。

 明日は探索、できそうもないかな。

 思えば、この半月ほど、ずっと迷宮の探索ばかりしていたような気がする。それがメルティエさんの、そして私のやるべきことだったから当然ではある。だからと言って全てが探索の時間というわけでもなかった。メルティエさんとは部屋で話したり、ラウンジでのんびりしたり、……お風呂に一緒に入ったり。いろいろな思い出は積み上がってはいる、けど……。

 ひょっとしたら良い機会かもしれない。私の生活に必要なものも買い揃えなきゃいけないし。

 ……それに、メルティエさんと探索以外の思い出も作りたい。せっかくだから、ふたりでいろんなことをやってみたい。だから、1日だけでいいから時間が貰えると嬉しい。明日、時間があれば相談してみよう、かな。

 そんなことを考えながら暗い夜道を歩いていると、あっという間に宿についた。

 ソミアさんが一人きりでラウンジの窓際、いつも私達がご飯を食べている席に座ってぼんやりと静かなアルバリア湖の景色を眺めていた。メルティエさんが、「ソミアさんっ!」と呼ぶと、驚いたように振り向き、駆け寄ってくる。手短に事情を伝えると、急いでお風呂と晩御飯の準備をしてくれた。

 出かけ際に見た寂し気なソミアさんの影はどこにもなくて、ちょっと安心した。

 お風呂も晩御飯も手早く済ませて、色々あって疲れた身体を休めるために早めに寝ることにした。


「フィルカちゃん、おやすみっ。」

「はい。おやすみなさい。」


 メルティエさんがサイドテーブルのランタンの明かりを消すと、部屋にはカーテンの向こうからにじんでくる青い月明かりだけになった。

 ………………。

 疲れていて眠いんはずなんだけど、いつもよりも早い時間のせいか、なかなか寝付けない。しばらく布団にくるまって目を瞑って寝たふりを続ける。

 しばらくすると、下の階のソミアさんが片付けをする音も聞こえなくなった。

 静かな夜。

 いつもならすぐに眠りに落ちることができるほどの静けさなのに。

 明日の管理局の聞き取りがどんななんだろうとか、1日潰しちゃったのをどこで挽回しようとか。

 あとは、日用品の買い出しについて、いつ相談しようかとか。

 メルティエさんと一緒に買い物……。楽しみかも。

 いやいやいや。光枝のこと、メルティエさんのことが優先なのに、私のことでそんな……。

 …………。

 メルティエさんは、お願いしたら聞いてくれると思う。メルティエさんの心の内なんて分からないはずなのに、確信に近いものが私の中にはあった。

 それが、メルティエさんの厚意だというのも分かっている。それに甘えっぱなしなしで申し訳ない気持ちもある。だけど、そんな事を気にしていると思われたら、気にしなくていい、もっと甘えたっていい、自分は私に助けてもらっている、とか。きっと私にとって耳触りのいいことを、心の底からの言葉として並べてくれるんだろう。

 ……メルティエさんが言ってくれている通り、私は私でメルティエさんのために役立っていて、お互いが支え合えているのかな。メルティエさんの言葉が信じられないわけではないけど……。

 素直に受け止められていない、のかもしれない。あまりにまっすぐで、眩しくて、暖かいメルティエさんの気持ちを。

 きちんとメルティエさんの気持ちも受け止めたい。恥ずかしがらずに、正面から。だって、他の人に対してはきっと、恥ずかしくもなんともなく、きちんと受け止めららている、はずだから。。

 それなのに、どうして、メルティエさんだけ……。

 何処にもない答えを探しながら、頭までかぶった布団の隙間からメルティエさんの方を見ていると、むくりと起き上がったのが見えた。

 すっかり眠っていたものだと思っていたからびっくりしてしまう。別に起きているのがバレたって構わないのだけど、なんだか悪いことをしているような気になって、気が付かれないように息を忍ばせてメルティエさんの様子をうかがう。

 メルティエさんは、じっと私のベッドの方を見ていた。

 ……どうしたんだろう。私に何か用がある、のかな?

 それなら、今ここで私も起きたというていを装ってやがて、起き上ってもいい気はする。けれど、私の中ではそうするタイミングをすっかり逸してしまったように思えて。

 やがて、メルティエさんは静かにベッドから出ると、足音を立てぬようにそっと歩いて部屋から出ていってしまった。

 お手洗いかな?

 しばらく待ってみる。だけど、帰って来る気配はない。私も部屋から出て一階まで降りてみる。けれど、ソミアさんも寝てしまったみたいで私の足音と、外で風が草木を揺らす音がかすかに聞こえるだけ。

 ふと玄関を見ると、メルティエさんのブーツだけ無くなっていた。

 外、かな。気になる。でも、勝手に追いかけてもいいものなのだろうか。それに、どこに行ったかも分からない。

 でも……。

 少しだけ躊躇ためらった。

 でも、最後は意を決して共用のサンダルを履くと、青い月の夜の中へと踏み出した。

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