想い出の箱①

「う〜ん。やっぱり森だねぇ。」


 転送装置で星樹へと飛んできたメルティエさんの第一声はそれだった。


「そうですね。森です。」


 森、か……。

 私の目の前に広がる木々の群れが森だということは知っている。だけど、少しふわふわとした感覚があった。

 ……ここ最近、メルティエさんと一緒だと常にふわふわとしているような気はするけど、多分それとは違う。

 うまく表現はしづらい。森がどういうものかは頭では知っているけれど、実物は見たことが無かった、みたいな感じ、かな?

 実は、この森だけではなくて、お日様も、夕焼けも、山も、他にもいろいろと同じような感覚を覚えることがあった。

 これも記憶喪失のせい、なのかな?っと、思ってあまり気にはしてこなかったのだけど。


「迷宮って聞いてたからちょっと拍子抜けって言うか~。でもでも、薄暗くて狭い通路が続くよりも、空気は美味しいからいい、のかも?」

「はい。こっちのほうが過ごしやすいですし、広くて戦いやすそうです。」

「確かにっ!フィルカちゃんは戦うとき、動き回るもんね。これだけスペースがあればいろんな戦い方ができそうっ。」


 にひっ、と笑ったメルティエさん。

 その笑顔を見ることができて少し安心した。メルティエさんは、探索に行きたくなさそうだったから。


「っと、それでは〜……。」


 メルティエさんは、小ぶりなリュックの中から真っ白な大きな紙を取り出した。


「それは?」

「紙だよっ!」

「それは見たらわかるのですが……。」

「ただの紙じゃないよっ!この何の変哲もない紙が、これから私たちにとって大事なものになるんです!」

「どういうことですか?」

「まぁ、見ててね〜。」


 メルティエさんは、転送装置を机に見立てて、羽ペンで何やら書き込む。そして。


「はいっ!ここが現在地ですっ。」


 メルティエさんが見せてくれたところには、石碑の絵とあたりの簡単な景色が描かれている。


「もしかして、地図ですか?」

「そのとーりっ!黒き根の道とは違って、この『星樹の森』は未踏みとうの地で、自分たちで地図も作らないとだからねっ。」

「確かに……。すみません。全く気が付きませんでした。私が探索に行こうと言い出したのに。」

「二人で探索してるんだから。あたしが気づいたから問題ないよっ。代わりに、あたしが気づかないをフィルカちゃんに気が付いてもらえれば。ねっ?」


 私の悪い癖、だと思う。すぐに自分で全部抱え込んでしまおうとして。


「そうでした。ありがとうございます。」

「うんうん。それじゃあ一緒に地図、作りながら歩いて回ろっ!」

「はい。」


 地図になる紙をしまってから、『星樹の森』の奥を目指して歩き始めた。

 ちなみに、『星樹の森』というのは管理局が名付けたもの。メルティエさんは、「フィルカちゃんが門を開けたのだから、名付ける権利もフィルカちゃんにあるんじゃないか!」って怒っていたけど、きっと私も同じ名前をつけていた気がするから変わらないと思う。

 星樹の森は、暖かい木漏れ日が落ちきて、心地よい風と水のせせらぎを楽しめる、ピクニックもできそうなんじゃないかと思わせるような場所。でもそれは外見だけで、中はモンスターがあちこちで彷徨いている。

 モンスターたちの情報は、迷宮の入口に小さな受付小屋まで建てた管理局の職員さんが配っていた冊子に概ね、記載されている。植物型のモンスターは、真っ黒なブラックヴァインだけだった黒き根の道と比べてもカラフルで種類も豊富になっている。他にも、動物型のモンスターやメルティエさんが大嫌いな虫型のモンスターまで。

 ただ、張り切っている管理局でも、モンスターを全ては把握しきれていないみたいで……。


「フィルカちゃん!そっちに『シマシマ』が走っていったよ!」


 麻痺毒をまき散らすブルーフライを一閃で全滅させたあと、腕っぷしは強い灰色の毛むくじゃらのレジーニャというモンスターを追い詰めてトドメを刺そうとしたその時、メルティエさんから声がかかった。

 メルティエさんに『シマシマ』と呼ばれたそいつは、赤と黒の縞模様の短い毛で、四つ脚で土を蹴り、私の横から鋭い爪で素早く襲いかかる。

 ひらりと躱す。直撃は免れた。でも、グローブの二の腕とマントが破かれてしまう。

 傷は、大丈夫そう。まだまだ余裕。


「メルティエさん、レジーニャにトドメを!」

「うんっ!」


 シマシマは私が引き付けておかないとまずい。

 接近して両刃剣で爪と打ち合う。それで注意をこちらに向けさせてメルティエさんの魔法までの時間を稼ぐ。

 それにしてもコイツ、素早いし、まだ衣装を破かれただけだけど、攻撃も当ててきた。爪は、移動時には隠しているみたいだけど、飛びかかる際に素早く伸ばしでいるみたいだった。

 素直に言って、相手にしづらい。ただ、私と同じように素早い動きで撹乱かくらんしながら高火力の接近戦を挑む、というのは私に似ていて、その攻撃パターンというか、心理、みたいなものはなんとなく分かる、気がする。


「サンダーボルトッ!」


 紫色の魔法陣から放たれた雷撃がレジーニャに直撃してバチバチッと激しい音を立てる。雷撃が止んだ頃には、真っ黒焦げになった毛むくじゃらが白い光になって消え始めた。

 よし。あとはこのシマシマを倒すだけ。

 後ろに飛び跳ねて距離を取ったシマシマ。自身の仲間が全て討ち果たされたのを悟ったのか、甲高かんだかく耳障りな鳴き声をあげて威嚇いかくしてくる。メルティエさんは耳を塞いでしゃがみこんでしまった。

 耳に不快感が残ったまま、鳴き終えたシマシマと真正面で相対する。鋭い爪をひらりとかわす。こちらの刃先も空を切る。

 それで終わり。相手はそう思ったんだろう。

 もう片方の刃を斬り上げる。いとも簡単に斬られた細長いものが宙を舞った。

 私とシマシマの間に落ちたのは赤黒縞の尻尾。私の目前で怒り心頭なのが伝わってくるモンスターのもの。

 また一鳴きしたかと思うと、わずかに怯んでしまった私の先手を取って飛びかかってくる。

 避けるのは間に合わない。柄で前足の爪攻撃を防ぐ。弾かれたシマシマ。ただ弾かれただけではなかった。くるりと後ろを向いてこちらに対して無防備になったと思うと、前足を地面について今度は後ろ足で蹴飛ばしてくる。それも柄で防いだ。けど、予想外の攻撃だったのと、かなりの衝撃で後ろへと大きくよろめいてしまう。

 無防備なところをさらしてしまった私を見逃すはずもなく、前足を軸にくるりとこちらに向きなおったシマシマは再び飛びかかろうとしてくる。

 まずい、防げないっ……!

「ボルテックアローッ!」

 窮地を救ってくれたのは、メルティエさんの雷の矢だった。

「フィルカちゃん!今だよっ!」

「ありがとうございます。」

 前足を射抜かれ、大きく態勢を崩したシマシマに、今度は私から斬りかかる。

 風を切って距離を詰め、両刃で二連斬りを入れて走り抜ける。

 少し距離を取ってから振り返る。確実に効いている。だけど、まだ倒し切るまでにはいかなかった。

 追い打ちとばかりに、メルティエさんがボルテックアローを放つが、今度は軽々と避けられてしまう。


「もおおぉぉぉっ!じっとしててよっ!」


 さすがにシマシマのヤツもそれは聞けないお願いだと思う。

 遠距離攻撃は、シマシマの注意が完全に私へと向いてないと当てるのは難しそう。

 それなら私が決めきるしかない。幸い、メルティエさんのおかげで、シマシマの注意はこちらから逸れてメルティエさんの放つ雷矢に向いている。


「メルティエさん、そのままお願いしますっ!」

「えっ?あ、うんっ!分かった!こらあぁぁあっ!当たりなさ〜いっ!」


 弾幕を張るメルティエさん。

 とてもいい陽動になっている。

 地面を蹴ってメルティエさんの雷矢の雨の中へと飛び込む。

 綺麗にかわしながら、いや、メルティエさんの方も私の動きを見ながら雷矢の弾幕を私に当たらないよう、微妙に変化させてくれているのが分かった。

 弾幕をくぐり抜けた先。完全にシマシマの死角を突いて、星の両刃剣で一閃。

 手応えがあった。掠ったどころじゃ済まない、大きな手応え。そのまま駆け抜け、振り返って武器を構え直す。

 メルティエさんも雷矢を止めて魔法陣を展開させたままシマシマの動きを見守っている。

 不動のシマシマ。

 やがてゆっくりと力なく地面の上に崩れ落ち、光の粒になって消えていった。


「ふぅ〜。終わったぁ。」

「お疲れ様です。」


 メルティエさんは、しゅんっ、と魔法陣を消すと、おさげを揺らしながら駆け寄ってきた。


「怪我は大丈夫?」

「はい。服を破かれただけなので。」

「どれどれ〜?」


 メルティエさんは、二の腕だけではなく、全身を一通り見回してから。


「大丈夫そうだねっ。さっすがフィルカちゃん!手強いモンスターだったけど問題なかったねっ。」

「戦いづらい相手ではありましたけど。群れて襲われたらまずいかもしれませんね。っと、そういえば、管理局の冊子には載ってなかったですよね?」

「うん。まだ未発見のヤツかな?」

「ですね。帰りに忘れずに入口の受付に報告しておきましょう。」

「報告、時間かかるのかなぁ。」

「どうなんでしょう。ここ3日間、探索していなかったので分かりませんね。」

「なんか色々聞かれそうで嫌だなぁ。」

「仕方ないですよ。これも他の探索者への情報共有のためですから。私達がもらった冊子も、既に星樹の森を探索している探索者の人たちが報告してくれている成果なわけですし。」

「はあい。」

「ひとまず、今の戦闘の戦利品、集めましょうか。」

「うんっ。」


 ちょっとばかり不満そうなメルティエさんを促して、辺りに落ちた魔石やその他の素材を集めて回った。

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