想い出の箱②

 倒れると白い光になって消えるモンスターたちが毛皮だとか、尻尾だとか、骨だとか、そんなものを残していくのはちょっとだけ不思議だなぁ、なんて思いながら素材を拾い集めてメルティエさんのリュックに詰め込む。

 それが終わったら、私は地図を書く作業。近場に会ったちょうど良さそうな岩を机代わりにして、羽ペンでここまでの道のりと目印やよく見かけるモンスターなどを書き込んでいく。

 メルティエさんはと言うと、適当な木の脇に立って魔法陣を展開している。ああやって魔力の痕跡こんせきを残して、帰る際に道に迷わないようにしてくれている。

 戦闘以外でもお役立ちな魔法を使えるメルティエさん。

 私もメルティエさんに教えてもらおうかな……。二人とも使えたほうが何かと便利だと思うし。


「ふぃ~っ。こっちは終わったよ~!」


 メルティエさんが軽い足取りで私の元へとやってくる。


「私も終わりました。一応、見てもらってもいいですか?」

「フィルカちゃんが書いてくれてるから問題ないと思うけど~。どれどれ~?」


 ふむふむ、とうなずきながら確認してくれた後で。


「フィルカちゃんの絵、かわいくていいねっ!このシマシマの絵なんて特にっ。」

「そ、そう言ってもらえるのは、その、嬉しいですけど……。それよりも、書いてあることは間違っていませんか?」

「うんっ。大丈夫だと思うよ。でも、良かったぁ。あたし、絵はあまり自信が無くて。フィルカちゃんが絵心あって助かったよっ。」

「そんなに上手なわけでは……。」

「そう?でも、あたしは好きだよっ。フィルカちゃんの絵。」


 好き。私の絵が。

 自分の絵がどうかなんて何も思ったことは無かったけど、メルティエさんにそう言われると、なんだか私まで自分の絵のことが好きになって。私って、本当は絵が上手なのかな?なんて、自惚うぬぼれにも似た自信がちょっぴり湧いてきて。そして、そんな単純な私自身に、いつものようにあきれたりして。


「……ありがとうございます。もしも何か気が付いたことがあれば教えてください。」

「うんっ。あっ、早速なんだけど~、ちょっと羽ペン、貸してもらってもいい?」

「はい。」


 元々はメルティエさんのものなので、返す、というのが正しいのだけど。

 メルティエさんは、羽ペンで地図に何かを書き込んでいく。

 何だろう。ぱっと見では良く分からない。人の形、なのかな?

 すると、メルティエさんは絵の隣に文字を書いた。


「い、しの、にん、ぎょう?」

「そう!石の人形!ほら、黒き根の道の安全地帯に転がってたやつ。」

「ああ。あれがあったんですね。」

「うんっ。木陰に隠れてたのにたまたま気が付いたの。あの辺り、モンスターも少なかったし、もしもの時は逃げ込むのにいいのかなって思ったから、一応、書いておこうかなって。」

「ありがとうございます。全然、気が付きませんでした。」

「いいのいいのっ。」


 そう言いながら地図をたたんでリュックにしまうと、メルティエさんは岩に寄りかかるように座った。


「メルティエさん?」

「はいっ!いつものや~つっ!ごめんね?ここまで1回も分けてあげなくて。探索するのが楽しくてうっかり忘れちゃってたっ。」


 とんとん、と自分の膝を叩いて座るように促してくる。


「ここで、ですか?」

「そ〜だよっ。他にどこでするの?」

「そう、ですよね……。」

「ほ〜ら、はやく〜。」


 ほら、ほら、と急かしてくるメルティエさん。

 ……そうだ。こんなところでメルティエさんの貴重な時間を無駄にするわけにはいかない。それに、こうして私が迷っている間にモンスターが集まってくるかもしれない。

 心を決めて、うなずいて、メルティエさんの膝の上に座ると、メルティエさんは腕を前に回した。

 ぎゅっと引き寄せられる。

 ふわふわで、温かくて、幸せで満たされる。

 心地よさが何倍も強くなっている気がするのは、3日間ぶりだからかな。

 頭の中が何度も真っ白になりかける。ちょっとだけ怖い。おかしくなりそうで。でも、このままがいい。久しぶりのこれをしっかりと感じていたくて。

 すっかりメルティエさんに身体を預けきっていた時だった。

 木陰の奥から人影が現れた。

 3人、かな?男の人が二人に女の人が一人。一番前の、無精髭ぶしょうひげを生やして大剣を背負った大人の人は、私達を見ると、うおっ、と驚いたように視線を外して。


「す、すまねぇ。取込み中だったか。」

「あっ!気にしないでくださいっ。魔力、分けてあげてるだけなので。……後ろにいるのは、レイバス、さん?」

「お二人とも。この間は。」

「ど〜もです!」


 私も挨拶あいさつをするついでにメルティエさんから抜け出そうとする。けれどそれは、急に襲ってきた甘ったるい潤いに阻まれてしまった。

 ……魔力を勢いよく流し込まれている。

 やましいことはこれっぽっちもないけれど、他人に見られるのは恥ずかしいのに。身体はメルティエさんがくれる心地よさに浸ってしまって全く動いてくれない。


「なんだ?知り合いか?」


 無精髭ぶしょうひげの男性が聞くとレイバスさんは微笑んで。


「はい。と言っても少しお話しただけですが。そういえば、あの時は申し訳ありませんでした。資料をお見せすると約束をしていたのに。」

「いえいえっ。あのあと、町に戻っていた調査団の学者さんたちに色々と聞けたのでっ!あまり役に立つ情報はもらえませんでしたけどっ。」

「そうでしたか……。」


 申し訳なさそうに、でも穏やかな表情でそう答えたレイバスさんと無精髭ぶしょうひげの男性を押しのけて、ちょっと露出の多い服を着た女の人が割り込んでくる。


「こ〜ら。いい加減、男どもはうしろに下んな。すまないねぇ。ウチの男たちは気が利かなくて。」


 無精髭ぶしょうひげの男の人は、「なにぃ!?」と不満そうな声を上げる一方で、レイバスさんは柔らかくも乾いた笑いを浮かべている。


「驚かせてすまなかったねぇ。あたいはフェリチナだ。そこの無精髭ぶしょうひげはパーティーリーダーのゲール。それと……、リート?」


 すると、フェリチナさんの隣に、黒いフードで顔を隠した人が何処からともなく現れた。


「驚かせるんじゃないよ、全く。コイツがリートだよ。」


 何も言わずに小さくお辞儀をしたリートさん。

 男の子、なのかな?ちょっと華奢だけど。顔が見えないのでいまいちわからない。背の高さはメルティエさんと同じくらいだけど、物静かなせいか少し年上っぽくも見えた。


「ところで、皆さんはあたしたちに何か~?」

「ああ、ちょっと聞きたいことがあってね。あたいたち、管理局の依頼でまだ未確認のモンスターについての情報を集めているだ。それで、このあたりで目撃情報があったと聞いて探しているんだが、何か知っていることはないかって思ってね。」

「あっ!それなら、さっきあたしたちが倒したシマシマかな?」

「シマシマ?」

「はいっ!赤と黒の縞模様の、ヤマネコ?みたいなモンスターです。普通のヤマネコよりもかなり大きかったです。」

「そういや、レイバスが管理局から話を聞いていたのも、赤と黒のモンスターってやつだったな。」


 ゲールさんがそう言うとレイバスさんは「そうですね。」とうなずいた。


「倒しちゃったんですけど~、……まずかったですか?」


 様子をうかがうように聞いたメルティエさんに対して、フェリチナさんが豪快に笑った。


「いやいや。全然構わないよ。この辺りに居るっていう情報は正しいのが分かったことだしね。」

「ここいらに居るってのが分かったんなら探して回るしかねぇな。リートにまた、偵察をしてもらいながらだな。」


 ゲールさんがそう言うと、リートさんは黒いフードがわずかに動くほどの小さな頷きの後に、姿を消してしまった。

 やれやれ、といった具合に肩をすくめたフェリチナさん。


「相変わらず、人見知りだねぇ。リートは。と、お嬢ちゃんたち、助かったよ。それにしても、二人で探索かい?」

「はいっ。そうですっ。」

「ここまで来れているってことは、相当慣れているんだろうけど、気をつけるんだよ。何か困ったことがあったら助けるからね。」

「ありがとうございますっ。あ、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「あたしたち、星の光枝っていうのを探しているんです。金色の木に生える枝、らしいんですけど、何処かで見ませんでしたか?前にレイバスさんにも相談したんですけど〜。」

「レイバス、そうなのかい?」

「ええ。残念ながら、私達が探索している中では見かけませんでしたね。調査団や管理局でも、あれから話も特には無かったですし。」

「そうですかぁ……。」

「どうやら事情があるみてぇだし、俺たちが見つけたら必ず、嬢ちゃんたちにも知らせるから安心してくれ。」

「ありがとうございますっ!」

「それじゃあそろそろ、あたいらは仕事に戻るかね。」

「おうよっ。嬢ちゃん達、邪魔したな!」


 ゲールさんたちのパーティーは手を振りながら木陰へと消えていった。


「良かったぁ。見つけたら教えてもらえるって。フィルカちゃんっ。」


 私は、答えることはせず、メルティエさんに抗議の視線だけ送った。


「あはは〜……。フィルカちゃん、怒ってる?」

「いえ。怒ってません。」

「怒ってる!絶対怒ってるよねっ!」

「私が怒る理由に、メルティエさんは心当たりがあるんですか?」

「ゔ〜……。フィルカちゃんに意地悪しちゃいました……。」


 メルティエさんが素直な人なのは知っていたけど、これまで思っていた以上に素直だった。


「その、人に見られるのは恥ずかしいので、ああいうことはやめてください。でも、本気で怒ってるわけではないので。」

「でも、少し怒ってるんだよね?」

「はい。」

「ごめんね?フィルカちゃんが恥ずかしがってるところが可愛くて、つい……。」


 可愛い。

 その言葉に思わず反応した胸の内で鼓動が大きく強く鳴った。

 いちいち気にしていたら身が持たないのに。


「その、次からは人が来たら……。」

「やめる!やめるようにするね。二人っきりの方がフィルカちゃんも落ち着くんだもんね?」

「はい。お願いします。」


 そんな事言いながら、途中からそのドキドキが癖になりそうになっていたのは、しっかりと心の奥底に埋めて隠しておくことにした。

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