置いて行くもの。②

 午後は予定通り、町を見て回った。

 メルティエさんの言っていた、夏服というのはまだ時期が早いらしく、目ぼしいものは見当たらなかった。けれど、ふたりで歩くのは、やっぱり楽しい。

 メルティエさんの、黒い瞳をキラキラさせながら大きな窓からお店の中を覗き込む姿や、軽やかな音を立てる歩き方。焼き菓子を美味しそうに食べながら歩く様子や、珍しいものを露店で見つけた時の興味深そうな横顔。

 それが一瞬のことなのがもったいなくて、一つ一つを本にじておきたい。そうすれば、好きな時に見返せるし、万が一、また、記憶がなくなったとしても……。


「――という予定で考えているのだが。……フィルカくん?聞いているかい?」

「あっ、はい。聞いています。」


 マーニャさんの問いかけに、何も考えずに答えてしまった。

 黄昏の魔道具屋の中、カウンター越しのマーニャさんの瞳が店内を照らすランタンの明かりと並んで怪訝けげんそうに揺れた。


「本当かい?」

「その……。すみません。もう1回確認させてください。」

「……フィルカちゃん、何か考え事?」


 今度はメルティエさんが瞳を曇らせる。

 さっきまできらめきが失われてしまっていて、それが私のせいだと思うと申し訳なくて。


「いえ。ちょっとぼんやりしていて。」

「疲れているのかな?医者に大丈夫だと言われたからといってメルティエくんに連れまわされて。」

「あたしのせいなのっ!?……もしかして、ほんとに?」

「そ、そうじゃないです。楽しくて、その、私がちょっとはしゃぎすぎちゃっただけです。」

「……そう?」

「はい。」

「まぁ、あまり無理はしないように。体調を崩されても困るからね。」

「気を付けます。それで、私の今後の検査の予定は……。」

「ああ。器具が入荷する目途が立ったのだけどね。王都から川を遡上そじょうして、星樹山脈を越えて、ということになるからまだひと月以上はかかるみたいでね。だから、届いてから管理局とも調整して日程を決める予定だよ、ってだけだ。」

「これでフィルカちゃんのこと、もっと分かるのかな?」

「期待はしているが、さて、どうだろう。私にも分かりかねるね。それがフィルカくんの面白いところではあるのだが。」

「あっ!マーニャさん、フィルカちゃんのこと、実験用の生き物かなんかだと思ってるでしょ!?」

「そんなことはないよ。こんなに可愛い子、ぜひ私の助手としてあんなことやこんなことを――。」

「マーニャさんっ!!!」


 むむむむっ、とにらみつけるメルティエさんを、はっはっはっ、と笑って気にしていないマーニャさん。


「むぅっ。フィルカちゃん、帰ろっ!マーニャさんに変な事される前にっ。」

「あっ。ちょっ。」

「まぁまぁ、そんなに慌てなくても。そういえば、例のモノが完成したんだが。」

「例のモノ?」


 私の腕を引いて店をあとにしようとしていたメルティエさんが立ち止まって振り返った。


「メルティエくんの新しい杖だよ。見て行くかい?」


 メルティエさんはあまり嬉しくなさそうに見えた。

 いや、きっと、どう反応すればいいのか分からなかった、と表現した方が正しいのかもしれない。今、その杖を受け取っても……、と。

 だけど、ここで受け取らないわけにもいかない、と思った。受け取らなかったらきっと……。

 だから。


「マーニャさん、杖、見せてもらっていいですか?」


 ちょっと驚いたような表情をしたメルティエさん。

 マーニャさんは色々と悟ってくれたのか、何も言わず奥の部屋から杖を持ってきてくれた。

 大きさは今のメルティエさんが持っている杖とさほど変わらない。けれど、先端についている大きな魔石は、星型の、私の魔法陣に似た形。向こう側が見える程の透明色で。


「……フィルカちゃんと、おそろい……。」


 メルティエさんが、ぽかんとした様子でそう言うと、マーニャさんは小さく笑って。


「なかなか不思議なものでね。純化作業をしていたら自然とこの形になったのだよ。最初は成形しなおすことも考えたが……。メルティエくんはこっちの方が気に入るんじゃないかなと思ってね。はい。どうぞ。」


 メルティエさんは差し出された杖とマーニャさんを交互に見てから。


「でも……。」

「ひとまず、受け取っておいてくれ。お代は今度でいい。もしも、この杖が必要になったら払いに来てくれ。やはり要らない、というのであれば返しに来てもらえばいい。」

「メルティエさん。マーニャさんもそう言ってくれていますから。」


 すかさず、私からも促すと。


「……うん。」


 杖を受け取ったメルティエさん。すると、杖が淡く光を放ち、透明だった魔石の色が透き通った紫に染まる。


「こ、これって……。」


 目をぱちぱちさせていたメルティエさんだけでなく、マーニャさんも私も少し驚いた。


「ほほう。なかなか面白い魔石だね。きっと、メルティエくんのマナに反応したんだと思うんだが。」

「これって、元に戻るの?」

「どうだろうね。」

「むむ……。なんか、押し付けられた感じがするんだけどっ。」

「そんなことは無いさ。そのままで返してもらっても、研究にも使えそうだしね。まぁ、二人でゆっくり考えて決めるといい。私は待っているから。」


 メルティエさんがこちらを見る。視線が重なる。何か言うべきなのかもしれなかったけれど、格好の付く言葉だとか、心を揺り動かす言葉だとか、そういうのは全く見当たらなくて。小さくうなずくしかできなかった私。でも、メルティエさんには私の気持ちの幾分かは伝わった、……のかな。


「じゃあ、ちょっと借りて行こうかなっ。」


 明るさを張り付けたような声のメルティエさんがそう言った。

 穏やかに小さくため息を吐いて肩をすくめたマーニャさんを置いてお店をあとにした。

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