置いて行くもの。③

 どうやって切り出そうか、と思っていた。探索のこと。

 マーニャさんが小さなきっかけをくれたのは間違いない。きっと、メルティエさんも、今ので頭をよぎったのだと思う。

 そのきっかけを生かすも殺すも、あとは私次第、なのだけど……。

 言い出せない。少し、怖かった。それに、もうずっと今のままでもいいんじゃないかなって。そんなの、絶対に良くないんだけど。それは、分かっているのだけど…‥。

 はぁ……、と大きな私のため息が、1日の疲れを癒すためのお風呂場に響いた。


「フィルカちゃん、どうしたの?」

「あっ、い、いえ。何も……。」


 取り繕ったところで既に遅く、身体を洗っていたメルティエさんが、湯船に浸かる私を怪しむように見つめている。


「ほんと?」

「ほ、本当です。」

「ふぅん。」


 私の言うことを信用していない感じのメルティエさん。湯船から木桶きおけにお湯をすくい、ばしゃあ、と頭からかぶって泡を落とすと、不可侵の境界を、よいしょっ、と越えようとする。


「め、メルティエさんが浸かるなら、私、出ますからちょっと待ってください!」

「だ〜めっ。嘘つきなフィルカちゃんの言うことは聞かないもんねっ。」


 立ち上がろうとしても私の肩を押さえつけて妨げてくるメルティエさん。

 無理やり振り払おうにも、メルティエさんが滑って転んだりをしたら大変だし、そもそも、変身前の私では力負けしてしまっている。

 すんなりと中に入ったメルティエさんは、私の向かいに座ると、軽々と私を膝の上に座らせた。いつも魔力を分けてくれる時のように。

 メルティエさんと直に触れる。

 肌が触れ合うだけでへにゃへにゃに溶けてしまいそうな程の甘い感触が身体を駆け巡って、早く逃れたいのに、ずっとこうしていたい。相反する気持ちが競り合って私の思考と行動を止めてしまう。

 こんなの、すぐに逆上のぼせてしまいそうで……。


「あ、あのっ……、メルティエさん、やめて、ほ、欲しいのですけど……。」

「え〜?フィルカちゃんはあたしのこと、嫌いなの〜?」


 嫌い。メルティエさんのことが、キライ。

 そんなことない。そこだけは嘘は付けないけれど……。


「そ、そういうことじゃなくて……。」

「なら、このままでもいいでしょっ?」


 メルティエさんが腕を前に回してくる。そして軽く引き寄せて私の背中に身体をしっかりと押し付けてきた。

 今なら、魔石の力を借りなくても、私だけでお湯が沸かせてしまうような気がした。


「ほ〜ら。フィルカちゃん。なにか悩み事があるなら言わないと〜。じゃないと、あんなことやこんなことをしちゃうよ〜?」


 にひひっ、とメルティエさんがいたずらっぽく笑った。

 マーニャさんに言われた時とは違う。心がくすぐったくておかしくなりそう。なのに、メルティエさんは平然としている。

 不公平だと思う。

 でも、それは私の問題。メルティエさんがどうの、というのはお門違いだっていうのは分かっていて。


「な、悩みとかでは……、ないんですけど……。」

「そうなの?それにしてはおっきなため息だったけど。」

「その、メルティエさんとしっかりとお話する時間を取りたいと思っていて。」

「あたしと?いつでもおっけーだよっ!ここで今、ゆっくり話しちゃう?」


 そんなことされたら、いよいよ私は美味しくで上がってしまう。


「こ、ここはちょっと……。その、良ければ少し散歩をしながら、でどうでしょうか。」

「うんっ。いいよっ。お風呂上がって、晩御飯食べたら行く?」


 明日でもいい。

 そう思っていたけど、メルティエさんがその気になってくれているのであれば引き伸ばす必要もないと思った。


「そうですね。食べて、少し休んでから、で。」

「はあいっ。」

「あ、あの、私、そろそろお風呂から上がりたいので……。」

「え〜っ!もうちょっと!ねっ?」


 私だって、その……、このままでいられるならそれでもいいとは思うけど、それだと散歩に行くとかそういう場合ではなくなってしまう。


「だ、ダメですっ。ソミアさんもご飯を作って待ってくれていると思いますから。」

「む〜。仕方ないなぁ。」


 メルティエさんの腕が私の前からなくなった。

 未練がましくメルティエさんの温かさを少し、背中で受けてから立ち上がった。

 メルティエさんの視線を背中で感じながら湯船から出る。メルティエさんは、まだ、私のことを見たまま動かない。


「メルティエさん?」

「へっ?」

「もうちょっと入っていますか?」

「あ、ううんっ。あたしも上がるよっ。」


 メルティエさんが立ち上がると、ばしゃあっ、とお湯が音を立てた。

 きちんと話せるだろうか。私が思っていることを。

 で上がった頭で考えても不安しか湧いてこないけど、きっとふたりで話せば何かしらいい答えが見つかるはず。これまでもそうだったはず、だから。 

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