置いて行くもの。①

 ソミアさんの用意をしてもらったご飯を食べたら、いつもの通りに戻った私達。

 ……いつもの通りを意識していた、というのが正しいのかもしれない。

 ふいに、さっきのことを思い出したりもするけれど、あまり意識せずにメルティエさんと接することができている。はず。

 ただ、もしもあのまま、コトが進んでしまっていたら……。私達はどうなってしまっていたのだろう。想像もつかないけれど、きっと戻れなくなってしまっていたと思う。そう考えると、少しホッとすると同時に、ほんの少しだけ、その先を見てみたかった、と思っている私も居て。

 だめだめ!私とメルティエさんはそういうのじゃないんだから。メルティエさんは、私を助けてくれた大切な人だけど、だからこそ、そんなことは……。

 でも、あれはメルティエさんから来て、望んだこと。ソミアさんが来なければ、私が拒まなければ、メルティエさんは越えていくつもりだった、ってことなのかな。

 いや、きっと違う。メルティエさんも、私が大変なことになって気持ちが穏やかではいられなかったから、突然あんなことをしちゃったのかもしれない。だから、ソミアさんがタイミング良く部屋に来てくれたのは良かったことだし、私もきっちりと、だめっ、と言わないといけなかったんだ。

 ……でも、もう一度、同じように迫られたら。

 私は、はっきりダメだと言えるのかな。

 自信がない。

 それが、メルティエさんの望んでいることなら。

 ……そうじゃない。

 ひょっとしたら、私も……。

 何度も浮かんでは消える私自身への疑念と共に、その日は、眠りに就いた。

 明けて迎えた朝は、昨日の灰色の雲とは一転して真っ青な空が広がっていた。

 心のモヤは何も解決はしていないけど、空模様のおかけで少しだけ気が晴れたような気がした。

 メルティエさんとも、昨日ほど意識すること無く話すことができて、ふたりでいてものんびりできるようにはなった。

 朝ご飯を終えて部屋に戻ってきた私達。ベッドの縁に座ってどこまでも広いアルバリアの湖を眺めていると、メルティエさんが私の隣にちょこんと座った。

 一瞬、昨日のことを思い出して身構えてしまったけれど、メルティエさんの柔らかい笑顔で、スッと緊張は解けた。

 ただ、胸の鼓動の速さは収まらないのだけど。


「午後はちょっと外、出てみる?」

「そう、ですね。晴れていますし、外の空気も吸いたいかもです。」

「だよねっ!エルミイさんも、動き回っても大丈夫って言ってたからねっ。」

「折角ですから、お店、見て回りますか?」

「うんっ!あっ、ちょっと早いけど、夏物の服も見てみる?ほら、フィルカちゃん、まだ持ってないでしょ?」

「確かに。それはいいかもしれませんね。」

「でしょ〜?それなら――。」


 コンコン、とノックをする音。

 メルティエさんが、「はぁ〜いっ!」と元気よく返事をすると、ソミアさんが顔をのぞかせた。


「ふたりにお客さんなんだけど〜。」

「お客さん?」

「うん。フィルカちゃんのお見舞いにって。ゲールさんって言う探索者の人達なんだけど〜。」

「ゲールさんたちが?」


 ゲールさんたちがお見舞いに来てくれた。

 私達の部屋は4人を通すには少し手狭なので、1階のラウンジにソミアさんに席を用意してもらって。

 着替えを済ませて1階に降りると、ちょうど真ん中あたりの席に私服姿の4人が横一列に並んで座っていた。私達に気がつくと、一斉に立ち上がるとともにみんな、少し驚いた顔になった。

 机の前まで来ると、すっかり元通りの姿になった私を、まだ所々、包帯やガーゼを付けている4人が見回している。

 最初に口を開いたのは、ゲールさんだった。


「嬢ちゃん、怪我は……。」

「おかげさまですっかり治りました。みなさんも元気そうで良かったです。」

「医者のお陰でな。だが……。」

「驚きの治り具合だねぇ。……あたいらなんて比にならないくらいの怪我だったのに。」


 フェリチナさんも私の姿を呆気にとっているようだった。


「エルミイさんからは傷一つ無くなった、なんて聞いてはいました。てっきり、容態が良くなっているのを大袈裟に言っているだけだと思っていましたが。まさか本当に……。」


 レイバスさんも開いた口が塞がらないといった様子で、リートさんは目を大きく見開いて小さくうなずくだけ。


「とりあえず、みんな座りましょうっ!お話はそれからでっ。」


 メルティエさんに従って、それぞれ席に座った。

 それを見計らったかのようにソミアさんが奥から人数分のコップを持って来る。私以外の5人には、苦みの強そうな香りのする温かいお茶が、お茶が飲めない私にはソミアさん特製の甘いフルーツジュースが入っている。

 飲み物に口をつける前に、ゲールさんが私とメルティエさんを交互に見やってから。


「嬢ちゃんたちには助けてもらって本当に感謝している。ありがとう。俺が判断を誤ったばかりに、俺のパーティーだけでなく、嬢ちゃんたちにまで危険な目に合わせちまった。謝って済むようなことは分かっている。だが……、本当にすまなかった。」


 立ち上がって深々と頭を下げるゲールさんたち。


「顔を上げてください。私達は当然のことをしたまでです。それに危険が伴うのも承知していましたから。ですよね?メルティエさん。」

「うん。その、フィルカちゃんが大変になったことは……、とても辛かったですけど、それはあのゴーレムがしたことで、ゲールさんたちが悪いわけではないですから。だから、気にしないで、っていうのは難しいかもしれないですけど……、ね?フィルカちゃん。」

「はい。私達はゲールさんが責任を感じたりするようなことではないと思っていますので。」

「……ありがとう。」


 ゲールさんがそう言うと、4人はゆっくりと椅子に座り直した。


「ところで、ゲールさんたちはどうしてゴーレムと?」

「それが、嬢ちゃんたちにも関係があることでな……。」


 私の問いにゲールさんが意味深に答えた。


「私達に関係があること、ですか?」

「ああ。嬢ちゃんたちは金ピカの木を探していたんだよな?」

「はい。星の小樹、ですね。」

「実は、あのゴーレムのいた部屋の奥にもう一つ部屋があってな。見たんだ。そこに金ピカの木があるのを。」

「えっ……。」


 私とメルティエさんは顔を見合わせた。

 ゲールさんが続けて。


「あの部屋は大きい扉の割にはすんなり開いて、中も金ピカの木以外は目ぼしいものは何もなさそうでな。あたりの様子もこれまでの森とはあまり変わらなかったんだ。せっかくだから、一本、枝を拝借して嬢ちゃんたちに渡そうと思ったんだが、突然あのゴーレムが現れて部屋の様子も一変しちまった。罠、だったんだな。金ピカの木のある部屋も扉が閉まっちまって、あとは嬢ちゃんたちに助けてもらった、ってわけだ。」


 あの部屋の奥に星の小樹が。でも……。


「その小樹の見た目はどんな感じでしたか?こう、枯れちゃってる感じとか。」


 メルティエさんが姿勢を前にして聞くと、今度はレイバスさんが口を開いた。


「それが、遠くから見ても枝葉がしっかりと付いているものでした。おそらく、最近、黒き根の道で目撃されている枯れてしまった小樹とは違って、光枝も採れるものなのではないかと思います。」

「そう、ですかぁ……。」


 メルティエさんはあまり嬉しくなさそうに見えた。

 私も、少なくとも明るい気持ちにはならなかった。それは、光枝を手にする前に立ち塞がっている難関を乗り越える必要があるからかもしれない。だけど、そんなことよりもずっと、大きくて暗い問題が私とメルティエさんの前には横たわっているような気がした。


「嬢ちゃんたち、アレに挑むつもりなんだよな?」

「えっ……。」


 ゲールさんの問いかけに、思わず戸惑ってしまった。メルティエさんに助けを求めようと視線を送るけれど、何も言わず、少しうつむいたままで。

 ここは、私が答えるしかなさそうだった。


「そうですね。光枝を持ち帰ることが私達の目的なので。」

「そうか。……もしも、だ。嬢ちゃんたちがアイツに挑むようなら、俺達にも手伝わせてもらえねぇか?」

「ですが……。」

「もちろん、光枝を分けてくれなんて言わねぇ。ただ、助けてもらっただけで終わっちまうのは性に合わなくてな。なんでもいいんだ。俺達のできることならなんでもする。」


 真剣な眼差まなざしのゲールさん。他の人達もじっと私達を見ている。

 受けた恩を返したい。そんなふうに思ってくれているのかもしれない。その気持ちは私も良く分かるもので。

 それに、もしもゲールさんたちに、それも戦うのを手伝ってもらえるなら二人よりもずっと楽かもしれない。もちろん6人で戦うための連携だとか、準備だとかをしないといけないので、すぐに挑むということはできないだろうけど。

 ただ、メルティエさんは、相変わらずぴくりとも動かないで、じっとコップに注がれたお茶に映る自分自身を見つめていた。

 ……まだ、考える時間が私たちには必要なのかもしれない。


「ゲールさん、ありがとうございます。私達もできるだけ早くゴーレムと再戦を、と思っていますけど、具体的にどうするとかはまだ考えられるような気分ではなくて……。」

「あぁ、そう、だな……。いや、嬢ちゃんたちの気持ちも考えないで……。」

「言った……。私。来る前に。……まだそっとしておいてあげたほうがいいって。」


 ボソッとつぶやくように言ったのはリートさん。

 危うく聞き逃してしまいそうだった。


「それは!……そうだけどよ。」

「……ふたりが、いいって。そう……、思えるまで待つべき。」

「リート、久々に口を開いたかと思えばまともな事を言うねぇ。いつもそのくらい喋ってくれればいいんだけど。」


 フェリチナさんがそう言いながら頭を撫でようとすると、リートさんは軽く払いけた。


「子供扱い……、しないで、……欲しい。」

「まぁまぁ。リートさんの言うことは最もですね。また日を改めて相談させてもらうのでどうでしょうか。」


 レイバスさんが、リートさん達を仲裁しながらまとめてくれる。


「そうですね。わざわざ来てもらったのに申し訳ないですが……。」

「いやいや、今日は嬢ちゃんの見舞いに来たのに余計な話を持ち出しちまって。」

「いえ。ありがとうございます。ふたりだけでは、あんな大きいのを倒すのは難しいと思いますし。」

「あれだけ、アイツの攻撃を一人で防いでいたんだ。二人でもやっちまいそうだがな。」

「ほんと、どっかの誰かさんよりもずっとねぇ。」

「おいっ!それはどういう意味だよっ!」

「まぁまぁ……。」


 ゲールさんをフェリチナさんとリートさんが弄って、レイバスさんが間に入ってなだめる。

 そんな調子のまま、ゲールさんたちの探索の様子やゲールさんのこれまで旅路の話を聞いた。

 メルティエさんも話に加わってくれて少しホッとしたけど、やっぱりなにか別のことを考えているようで。

 大丈夫かな?メルティエさん……。

 メルティエさんの横顔を見ていると、胸が少しざわついた。

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