向こう側に見るもの。②

 ソミアさんの連れてきたのは、女性のお医者さん。魔法使いとは色違いの、白いローブを着ていて、見た感じはマーニャさんと同じ……くらい?のお姉さん。

 エルミイと名乗ったその人は、私の身体をひと通り見終えると、メルティエさんが用意した椅子に座り、少し驚いたように肩をすくめた。


「こんなに早く完治してしまうなんて~……。あんなに酷い怪我だったのに〜。」


 エイミイさんの間延びした喋り方のせいか、そんな実感はあまり持てなくて。


「私、運び込まれた時はどんな感じだったんですか?」

「それはもう、なかなか悲惨でしたよぉ〜。身体中、傷だらけだし、骨は折れているし、粉々にもなったりしているところがあって〜。腕が、だらんっ、ふにゃんっ、っとしているのをみた時は、万が一、命が助かっても以前のように探索するのは無理だなぁ〜、と思ったくらいですよお〜。」


 聞いてみて、ちょっと後悔した。あまり想像はしたくない。

 私よりも、自分のベッドに腰を掛けて私とエルミイさんの様子を見ていたメルティエさんは、その時のことを思い出したのか、顔がやや青ざめて、震えだしている。

 ……あまりこの話は続けないほうが良さそう。


「ありがとうございます。おかげで助かりました。」

「いやぁ、わたしは何もしていないですよぉ〜。確かに、治癒魔法は使いましたけどねぇ〜。こんなに早くカンペキに治っちゃうなんて、わたしの才能が遂に開花しちゃったのかなぁ〜?なんて思ったりもしましたけどお〜。ほぼ、フィルカさんの治癒力の異常なまでの高さのおかげですねぇ〜。」

「異常な……。」

「ああ~、ごめんなさい〜。言葉選びがまずかったですねぇ。」

「あ、いえ。それは気にしていませんので。」

 ふと思い出したのは、メルティエさんと話した、私がおとぎ話上の存在でしかない星姫士なんじゃないか、ということ。

 私がそんなメルヘンな存在で、人のようで人ではないような存在なら……。

 いやいや。そんなことあるわけ……。


「フィルカさんは魔法使いさんなんですよね〜?」

「そう、ですね。一応。」

「魔力がとても高い魔法使いさんは、マナの作用のおかげで普通の人よりも傷の治りが早いっていうのはありますけど~……。それにしても早すぎますねぇ〜。もし良ければ、もっと調べさせて欲しいのですけどぉ〜。とても、と〜っても、気になりますので〜。」

「ま、まぁ、そのうち……。」


 マーニャさんといい、エルミイさんといい、研究者肌、というのかな?私の魔力について興味を持つ人達が後を絶たない。


「楽しみにしていますねえ〜。っと、他に気になるところとか、違和感みたいなのはありませんか~?」

「いえ。特にはありません。」

「ふむふむ〜。それであればお薬は〜……、必要ないですかねぇ。今日から動きまわってもらっても構いませんが、探索はもう少し様子を見てからで〜。」

「分かりました。」

「急に具合が悪くなったらすぐに呼んでくださいね〜。」

「はい。ありがとうございます。」

「それでは〜。」


 立ち上がったエルミイさん。メルティエさんも少し遅れて立ち上がって。


「ありがとうございましたっ。」


 そう言ってついていこうとしたメルティエさんをエルミイさんが止める。


「お見送りは大丈夫ですよぉ〜。それよりも、フィルカさんと一緒に居てあげてください。あんな大怪我をしたあとですからね。怪我は治りましたけど、心の傷は見えないだけで、まだ完治していないでしょうか。フィルカさんも、あなたも。」


 私とメルティエさんを交互に見やったエルミイさんは、「では〜。」と言って部屋をあとにした。

 心の傷……。

 私にはよくわからない。

 ゴーレムに吹っ飛ばされた時の記憶は鮮明ではあるし、痛みもはっきりと覚えてはいる。だけど、あの時は既に覚悟を決めていたというか……。

 もうダメだと思っていたし、傷だらけの自分というのも目にすること無く気を失ったから現実感が湧いてこない、というのが本音。

 対してメルティエさんは、本当に心配してくれていたんだろう……。私よりもずっと深く傷ついたんだと思う。だって、もしも私が逆の立場だったら……。

 もういつもの通りのメルティエさんには見えるけれど、きっとまだ……。

 もしもそうなら、メルティエさんのために私は何ができるのかな。

 今まで通り、一緒にいればいい?

 それで十分なのであればいいけれど……。

 他にできることがあればしてあげたい。

 今までもそうしてきたように、それをふたりで一緒に探すのもいいのかもしれない。

 少しだけ、時間をもらって。


「メルティエさん。」


 私が呼ぶと、ゆっくりとこちらに歩いてきて、私のベッドに腰を掛けたメルティエさん。


「なあに?」


 明るく優しく、でもいつものような勢いを感じない返事だった。


「心配かけてしまって本当にごめんなさい。その、あんまり無理をして抱え込まないでくださいね?辛い時はそう言ってもらえれば。……私で役に立てるかは分かりませんけど、できることがあればしたいので。」

「ありがと。あたしね、フィルカちゃんが側に居てくれれば、それだけでいいの。だから……、しばらく、他のことは何も考えないで、フィルカちゃんとただのんびり過ごせたらなぁ……、なんて?」


 えへっ、と誤魔化すように笑ったメルティエさん。

 本来なら、この4日を挽回するためにも、探索再開に向けて準備を整えるべきだと思う。でも、私も今は探索のことについては考えようとは思えなかった。

 今は、メルティエさんとの時間を大切にしたい。探索のことはそれからでも遅くはないんじゃないかなって。


「そうですね。探索は少し、お休みにしましょうか。」

「ありがとっ。」


 メルティエさんが、肩を並べて触れ合うほどに近づいてくる。

 恥ずかしい。けど、今日は私からも肩を寄せて。

 お互いにより掛かるようにして。

 ふと、メルティエさんがこちらを向いた。

 私よりも大人びた横顔。パーツがそれぞれ整っている。私を見下ろす黒い瞳のきらめきが特に印象に残る。

 お姉さんっぽさがありつつも、マーニャさんやエルミイさんに比べるとまだまだ幼い感じはあって。でも、それがメルティエさんの魅力でもあるのかな、って。

 こんなに近くで見たことが無かったメルティエさんの横顔に見惚みとれていると、なんだか顔が近づいてくる。

 私が無意識に寄ってしまっているのかな……?

 確かに私をきつけてやまないものではあるけれど。

 僅かに離れてみる。けれど、やっぱり近づいてきて。

 ……メルティエさんが近づいてきている?

 しかも、私をのぞき込むように傾けると、柔らかそうで瑞々みずみずしい唇が私の口元へとゆっくり、ゆっくりと重なろうとしてきて……。

 あれっ!?これってもしかして……。

 いや、でも、そんなこと、ないよね?

 だって、こういうのって、なんていうか、大切な人とするものじゃ……。

 いやいや、私にとってメルティエさんは大切な人なんだけど、それとこれとはまた違って。

 そういうのは、そういう時のためにとっておかないと!

 でも、言葉が極度の緊張のせいか喉でつっかえてしまった。

 だめ。ダメだよメルティエさんっ。そういうのは私達にはまだ……。


「お〜いっ!ふたりともっ!ご飯、持ってきた……よ……?」


 開け放たれた扉の音とソミアさんの声にピタッと止まったメルティエさん。

 ソミアさんの方を向く。私もソミアさんと目が合った。お盆を持ったソミアさんは時間が止まったかのように動かない。

 なんとも言えない静寂の後で。


「あ、あらぁ〜……。ボク、お邪魔だった、かな……?」

「ち、違うよっ!ソミアちゃん、誤解だって!フィルカちゃんの目にホコリが入ったからって見てあげてたのっ!ねっ?フィルカちゃんっ。」


 明らかにそれとはかけ離れた雰囲気が私達の間には流れていたけれど、ここはメルティエさんの話に乗っておくしかなさそうだった。


「そ、そうです。それで見てもらっていただけですので……。」

「いやぁ、ボクは全然、そういうコトをしてもらってもいいんだけどねぇ?」

「ソミアちゃんっ!!」

「あはは〜。そんなムキにならなくても。むしろ怪しい、というか?」

「もうっ!!!」


 ぷくぅ、と頬を膨らませていたメルティエさん。

 まぁ、その……。言い方は悪いかもしれないけど、ソミアさんに助けられた、のかな?

 ソミアさんは、サイドテーブルに野菜がたっぷり入ったスープとホカホカに温まったおイモをお盆ごと置いた。


「ごめんごめん。ボク、お風呂の準備もしてくるからさ。フィルカちゃんに食べさせてあげてよ。」

「むぅ〜……。はあいっ。」

「なんなら続き、しててもいいから。」

「ソミアちゃんっ!!!」


 メルティエさんの一喝。逃げるように部屋から出ていってしまったソミアさん。

 むぅ〜、とむくれたままでのメルティエさんが、ソミアさんの消えた扉をじっと見ている。


「メルティエさん。あの、私は気にしていませんので。」


 そう言いながら、気にしていない、気にしていない、と心の中で何度も言い聞かせるように唱える。


「う〜……。でもぉ……。」


 両手で顔を覆ったメルティエさん。

 見つかって恥ずかしいのもあるんだろうけど、おそらく、自身の早まった行動を後悔している方が大きいんだと思う。

 なにか切り替えるきっかけを……。

 サイドテーブルを見やる。

 ひとまずコレ、しかないのかな?


「あの、メルティエさん。その、ご飯にしませんか?私、お腹すいちゃって。食べさせてくれると、嬉しいかなぁ……、なんて思ったりしているんですが。」


 言ってみて、空気が読めない発言だったかな、なんて後悔した。

 メルティエさんは顔を上げる。私の様子をうかがっているようだった。

 そんなメルティエさんを見ていると、ここまで来て引き下がるわけには行かない、という私自身もよく分からない使命感が湧いてきて、サイドテーブルの上のご飯とメルティエさんを交互に見やってから、小さな微笑みを投げてみる。

 ぱちぱちっ、と瞬きするメルティエさん。たまに見せる、小動物的な可愛さ。

 これも一つ、メルティエさんの魅力だなぁ、なんて。


「本当に気にしてない……?」

「メルティエさんは私の目のホコリを取ろうとしてくれたんですよね?だから、その、気にするようなことは無いのかなぁって思っています。」


 そうやって平然を装えば装うほど、言ったことの白々しい感じがする。きっと、メルティエさんにもそれは透けて見えてしまっているんだろう。けれど……。


「そ、そうだよねっ。そういうことなんだもんねっ。うんうんっ。ソミアちゃんが勘違いしただけだから!」

「はい。そう、だと思います。」

「も~っ!ソミアちゃんは早とちりなんだからっ。それじゃあ、冷めないうちに食べちゃおっかっ!一緒にっ!」

「はい。」


 ソミアさんには申し訳ないけど、ここは全部、責任を被ってもらうことにして。

 メルティエさんは膝にお盆を置くと、木のスプーンでスープをすくって、あ~ん、をしてくれる。

 心なしか、これまでよりも恥ずかしかったり、緊張しなかったりするのは、さっきの未遂事件のおかげ、なのかな?

 それもどうかと思うけど。

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