星樹の門①

「フィルカちゃん、右っ!」


 メルティエさんの声に反応した身体。

 根の番人の太い腕が振り下ろされる。けれども、それは空を切って地面に叩きつけられるだけで終わる。小さく跳んで避けた私は、毛むくじゃらな左腕を両刃で斬り払いながら距離を取った。

 土埃つちぼこりが舞う中、すぐさま体勢を整えてこちらへ猛進してくる番人。無傷の右手を振り抜きながら襲いかかってくる。が、それを軽く後ろに躱す。なおも前進してくる番人。


「メルティエさんっ!足止めを!」

「は〜いっ!ボルテックアローッ!」


 無数の雷の矢が巨大を支える太い足に突き刺さり、け反りながらうめき声を上げてその場に立ち止まった番人。

 メルティエさんが作ってくれた隙を最大限に活かす!

 着地と同時に切り返して、右脇腹を掠めながら白刃で斬りつける。さらに切り返して今度は左の脇腹。深く刃が入って、苦しそうにもだえ始めた番人。苦し紛れに振るわれた鋭い爪も、白い刃で硬い金属音を鳴らしながら弾き返す。

 このまま、もう一度距離を詰めるか、それとも……。


「フィルカちゃん!あたしから行くからひるんだ隙にっ!」

「はいっ!」


 太い足から繰り出される強烈な蹴りを防ぎ、その力を使って後方へと下がる。

 それを追撃のチャンスと見たのか、番人はその巨体からは想像もつかない素早さで私に飛びかかる。

 だけど。


「サンダーボルトッ!」


 完全に私だけに気を取られていた番人は、側面から迫った不規則な軌道を描く雷撃に直撃されて、バチバチッ、と雷が焼き焦がす音と共に軌道が大きくれる。さらに、痺れて動けないのか、受け身をとることも敵わずに壁に打ち付けられた。頑丈な黒い根に巨体が弾き返されて地面を転がる。

 今のうちにっ!

 仰向あおむけに倒れた敵の上に降り立ち、胸から一気に両刃剣を突き刺した。苦しそうに腕を上げて断末魔の声をあげる番人。それも、ガラスが鈍く割れる音と共に止んで力なく地面に崩れた。勢いよく両刃剣を引き抜くと、番人の巨体とともに青い光の粒になって消えていった。

 私も用が済んだ両刃剣を軽く宙に放る。すると、白い光の粒になって消えていった。


「フィルカちゃん!今のすっごい良かったねっ!」

「はい。私もそう思います。声も出てしましたし。」


 隠し部屋を探し始めて4日目を迎えた。

 毎日毎日、根の番人を相手にしているおかげで攻撃パターンや動きの癖も見極められるようになってきて戦いやすくなっている。

 メルティエさんとの連携を、かなりいい感じに取れてきているから、というのもあるとは思うけど。

 

「それじゃあ、クリアステラを拾って〜、と。」


 メルティエさんが、番人の倒れた場所から拾ったのは、例の透明な丸い石。クリアステラ(仮)の名付け親はマーニャさんで、鑑定してもらった際に名付けられたもの。特殊な魔石みたいで、高額で買い取ってもらえている。

 しかも、数がそろえばメルティエさん用の杖も作れそうだとのこと。今のメルティエさんの杖よりもいいものが作れそうとのことで、今後の探索のためにも作ってもらうことにしている。

 メルティエさんがカバンにしまい終え、その足で小樹のもとへと向かう。

 けれど……。


「う〜ん……。」

「無さそうですね。」


 これまでの隠し部屋と同じ。小樹はあっても光枝は見当たらなかった。


「うんっ!無いものは仕方がないよねっ!」

「でも、これからどうしますか?隠し部屋がありそうなところは大体、見て回りましたし。」


 メルティエさんが地図を広げて二人で覗き込む。

 ほぼほぼ、探索済み兼光枝が見当たらなかった、ということでバツ印がついてしまった迷宮内。


「探すところ、ありませんよね。」

「そうだね〜。」


 う〜ん、とメルティエさんは少し考え込んでから。


「ねぇねぇ、フィルカちゃん!明日は、星樹の門まで行くのはどう?」

「星樹のふもとにあると言っていたところですか?」

「そうそう!」

「でも、まだ開いていないんですよね?行っても星樹の中には入れないんじゃないですか?」

「門の前には探索者のキャンプもらしいし、星樹調査団っていう星樹の伝承に詳しい学者さんの集まりが常駐しているみたいなの。その人たちに話を聞きに行くのはどうかなって。ひょっとしたら光枝についてなにか知ってることがあるかもっ!」


 このまま探し回ったところで見つかる可能性はほぼ無い気がする。なら、詳しい人に聞いてみるというのは理にかなっている、のかな。


「そうですね……。行ってみましょうか。星樹の門に。」

「うんっ!実はね、一度見てみたかったんだ〜!おっきな門っていうのっ!」


 メルティエさんの本音はきっとそれ。

 包み隠さず素直に気持ちを伝えてくれるメルティエさん。それが微笑ほほえましくて、嬉しくて、ちょっとだけうらやましかった。


「それなら今日はもう帰りましょうか。いつもより少し早いかもしれませんが。」


 メルティエさんのポーチにぶら下がっている三日月の形をした魔石に目をやってからそう告げる。

 これまで、メルティエさんはどうやって帰る時間を把握しているのだろう、と思っていたけれど、あの三日月の魔石の光の加減で把握しているらしい。日の光が空のてっぺんにくる時が一番暗くて、夜になると青白く光る。

 今は、光を失った魔石が少しずつ明るさを取り戻し始めた段階。つまりお昼を過ぎたあたり、だと思う。


「そうだね。それに、行きだけでも丸一日かかるみたいだから、今日のうちにしっかり準備しないと!」

「はい。」


 並んでもと来た道を戻る。

 隠し部屋から出る直前、一度、金色の木の方へと振り返った。

 本当に、光枝は見つかるのかな……。

 見つかってしまったら、きっと寂しい思いをする。見つからなかったら、メルティエさんの役に立てなくて残念な気持ちになる。

 ままならない木だなぁ、なんて。

 ……いや、ままならないのは私自身。それをあの木のせいにしているだけ、なのかも。


「フィルカちゃん〜?どうしたの〜?」

「いえ。なにも。今行きます。」


 今はメルティエさんとの探索に集中することにしよう。それが私にとって大切なことなんだから。

 幻の壁の前で立ち止まっていたメルティエさんの元へと急いで向かう。

 やっぱり一人で通るのは怖いらしくて、未だに私と一緒に手を繋いで通過している。メルティエさんと手を繋ぐのはちょっと恥ずかしい。誰に見られているわけでもないのに。

 でも、メルティエさんのためなら。

 ……やっぱりちょっと恥ずかしいけど。

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