ふたりで進んだ先には何があるの?②

 午後はまず、マーニャさんのお店に向かい、解析実験の日程を決めた。

 話し合って明後日ということに。準備にもっとかかるのかと思っていたけど、今回は簡易の解析だからと、明日中に準備を済ませてくれるとのことだった。

 そのおかげ、というわけではないけれど、お休みは明後日までに。

 これだけ時間があれば、必要なものも買い揃えられるかな。

 それからは、ソミアさんにもらった冊子に書いてあるお店を軽く見て回った。売り物は観光客向けのものばかりなので必要なものは見つからなかったけど、見て回るのはとても楽しくて。ただ、今年に発行された冊子なのに、既に閉店してしまっているお店もあったりして、この町が着実に寂れて行っていることが感じ取れてしまった。

 ……星樹の門が開いたことが山の向こう側の世界に伝われば、またお店が増えたりするのかな。

 折角だから、この町ももう少し賑やかなものになってくれれば、って思う。まだこの町で過ごし始めて1か月も経っていないけれど、少しずつ町に対する愛着というか、思い入れというか、そういうのが強くなっている。町の人達は優しいし、なによりこの町はメルティエさんとの……。

 いやいや。ちょっと考えすぎ。そんな風な思い入れはきっとメルティエさんにも迷惑、だと思うから。

 それがひと段落してからは服探し。何よりもまず、私の外出するための服を揃えないといけない。ただ、自分に似合う服、というのも良く分からないのでメルティエさんに見てもらいながら。お店をはしごして、あれやこれやと試着して回る。

 色々な服を着て回るのってなんだか楽しい……。とても新鮮で、違う服を着せてもらうたびに、いつもとは少し違う自分が鏡の目の前に立っている気がした。

 それに何より、楽しそうなメルティエさんを見ていると胸の内側が暖かくなる。私よりもずっとはしゃいでいる姿も、ぱたぱたとお店を駆けまわって服を選んできてくれる様子も、私や店員さんと笑顔で、時に真剣に、ああでもない、こうでもないと考えてくれる時の表情も。こんなに幸せに感じられる時間ってあるんだなぁって。

 ただ、色々な服を着ている姿を見られるのはちょっと恥ずかしい。似合っているのかな、って心配になるのもあるのだけど、それよりも、もっと単純にメルティエさんのきらきらとした視線を浴び続けるのが。そのせいで、ふわふわとした感覚のまま時間が過ぎてしまう。

 もっとメルティエさんとの時間を大切にしたいのに。いずれ、全てが終わってしまったらメルティエさんとこうして過ごす時間も……。

 大きく首を横に振る。

 今はそういうことを考えないようにしよう。だって、そんなことはメルティエさんを手伝う、と決めた時点で分かっていたこと。それに、メルティエさんとの時間を一瞬たりとも余さず感じていたいから。

 不思議なことに、午前中の聞き取りはあんなに長く感じられたのに、それよりも長いかったはずの午後のお店回りはあっという間に終わってしまったように感じた。

 帰り道、私が抱える白い布袋の中には私とメルティエさんの今日の思い出、もとい、買った服が詰まっている。外出用の服を3セットとパジャマを1セット。それに合いそうなカバンや靴も見繕って。もちろん下着なんかも。

 これで、メルティエさんからの借り物生活から半分ほど卒業したことになる。

 ちょっと寂しい気はする。だけど、これが本来のあるべき姿、なのかな。

 メルティエさんはなんだか残念がっていたけど……。

 そして翌日。本来の買い出しを予定していた日。

 私は早速、昨日買ったばかりの水色の少し厚手のワンピースを着てみた。まだ生地が硬めというか、着慣れてない感じがある。

 メルティエも、ローブや帽子はかぶらないで、白い長袖のブラウスに刺繍の入った紺色のベストを羽織って、三段、いや、四段かな?の赤いチェック柄の短めのティアードスカートを履いている。

 こなれた感じがある。

 ……私が並んで歩いても大丈夫、なのかな?

 そんな風に思っていると、自然とメルティエさんと歩く時の距離も開いてしまっているようにも感じた。

 すると、メルティエさんは何も言わずに距離を詰めてきたかと思うと、私の左腕を組んできた。


「あ、あの、これは……。」

「フィルカちゃんが逃げちゃわないように、だよっ♪」


 メルティエさんも気が付いていたようだった。

 これは流石に恥ずかしいのだけど……。だからといって離してはくれなさそうなので、大人しく腕を組まれておくことにした。

 今日は服以外の生活に必要なものを買い揃えるためにお店を回る。買うものは、昨日のうちにメルティエさんとソミアさんにも協力してもらって、メモに書き出しておいた。改めて見てみると、案外、揃えなきゃいけないものは多くないかも、って思っていたけど、実際にお店を回ってみるとそうでもなくて。

 くし一本、鏡一つをとっても、色々なものがあって、どれにしようかいちいち悩んでしまう。それに、メモ帳には無いけど興味を引くものもたくさんある。

 こんなに決められないで、時間をかけてしまってメルティエさんには悪いかな、と思ったけど、当のメルティエさんも昨日に引き続いて楽しそうにしてくれている。どうやら、選ぶこと自体と楽しんでくれているようで。

 メルティエさんがそう思ってくれているのなら私も嬉しい。私もメルティエさんと一緒に考えて、選んで、を繰り返すのが楽しいから。

 探索の時もそう。メルティエさんと一緒に考えて。上手く行ったら嬉しいし、上手く行かなくても、

 それをメルティエさんと一緒に次はどうするか悩んで。

 いまのこれも私にとっては同じことなんだと思う。考えて、選んで、買ってみて、いいものであれば嬉しいし、もうひと越えのものであれば、より良いものをまた探しに行く。そうやって少しずつだけど私とメルティエさんは前に進んでいく。

 これからも。

 メルティエさんがここで果たすべき役目を終えるまで……。

 ……。

 …………。

 ………………。


「フィルカちゃん?どうしたの?」


 ランタンの明かりが照らすお風呂場。一日の疲れを洗い流しているとメルティエさんの声が反響した。


「あ、いえ。何も――。」

 湯船の方を見ると一糸まとわないメルティエさんがいる。顔が熱くなるのが分かってすぐに視線を外して、木桶きおけに並々と入ったお湯を頭からかぶった。


「ほんと〜?ぼ〜っとしてたみたいだけど。」

「ちょっと疲れたなぁって。それだけです。」

「ごめんね~?あたしがいろいろなお店に連れまわしちゃったから……。」

「いえ。ありがとうございました。おかげで必要なものは買い揃えられましたので。……ちょっと買いすぎたかもしれませんが。」


 メモに書いてないものもたくさん買ってしまって、ほんのちょっぴり後悔はしている。


「それが買い物の醍醐味だいごみってやつだよっ。一期一会の出会いを大切にしないとねっ。」

「その通りかもしれませんけど、お金がいくらあっても足りなくなりそうですね。」

「その分、二人でいっぱい稼げば問題ないからねっ。」

「さすがに限度はありますけどね。」

「フィルカちゃんと一緒ならいっぱいいくらでも稼げちゃうと思うから心配ないないっ!」


 そこは心配したほうがいい気がする。将来のことを考えて。

 ……将来。

 私達の将来。メルティエさんが居なくなった後。

 メルティエさんが居なくなったら、私はどうするつもりなんだろう。自分のことなのにまるで現実味が無くて。

 そんな、まだまだ先かもしれない将来のことを考えて、私はどうするつもりなんだろうとすら思ってしまう。

 何の動物かは分からないけど、柔らかい毛皮の塊を手にとる。床の隅に置いてあった身体用のとろっとした液状の石鹸せっけんが入った瓶を持ち上げて中身を毛皮にまぶすと、汗とともに漠然とした不安感を洗い落とす。


「う~ん。でも、なんだかちょ~っと物足りないような。」

「……そうですか?私は十分すぎるほど見て回ったような気がしますけど。」

「そうかなぁ。フィルカちゃんがそういうならそうかもしれないけど~……。」


 そうは言いながらもやっぱり心残りがありそうなメルティエさん。


「明日はマーニャさんとの約束がありますし。」

「うん~。そうだよね〜……。ねねっ!明日、もしも早く終わったら、またお店、見て回らない?」

「えっ。」

「ねぇ?いいでしょ~?終わってから、だからっ。」


 終わったあとなら予定も何は無い。ただ、明後日からは新しいダンジョンに挑むことになるから、準備をした方がいいような気はする。

 でも、ちょっとくらい、いい、のかな?折角のお休みだし……。


「……そうですね。また見て回りましょうか。」

「やった~っ!」

「そんなに楽しかったんですか?お買い物。」

「うんっ。あ、でもでも、フィルカちゃんと一緒だからだよっ。一人の時よりも断然、楽しいんだから。」

「そ、そうですか……。」


 メルティエさんには敵わない。

 既に自分を隠すための服すら無い状態なのに、さらに自分の心の声を包み隠さず、真っ直ぐな言葉で伝えてくるんだから。


「えへっ。毎日、ずっとこんな感じならいいのにねっ。」


 私もそう思います。

 それを言葉にはできなかった。

 考えるのから逃げたって、そんな日々はいつか終わりが来ることを知っていたから。

 だからと言って、代わりになるような言葉も見当たらなくて。


「フィルカちゃん?」

「明日は……、どこに行くのか考えておかないとですね。」

「そうだねっ!ほらほら、フィルカちゃん。身体洗い終わったならこっちにおいで〜。」

「湯船は一緒に入らないって約束は……。」

「うぇ〜っ?まだそんなこと言ってるの〜?いいじゃんっ!減るものじゃないんだしっ。」


 減る。主に私の心の耐久度がすり減る。

 それが擦り切れてしまったらどうなるのか。私は考えたくなかった。


「約束は約束です。」

「むぅ〜。けちっ。」


 メルティエさんとの距離が縮まっても私がもっと普通で居られたら。

 そうすれば、もっともっと、メルティエさんと近くに居られるんだろうか。

 分からない。

 だけど、今の私にはそんなこと、出来ないと言うのははっきりと分かっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る