第3層 夜空へ落ちる
ふたりで進んだ先には何があるの?①
「うう〜……んんっ!やっと終わったぁ!」
青い空に向けて大きく背伸びをしたメルティエさん。
私もかなり疲れた。
探索の疲れとはまた違う。心が疲れると言うか……。率直に言うとあまり気持ちの良い疲れ方ではない。探索の疲れみたいに、お風呂に入って、美味しいご飯を食べて、メルティエさんと部屋で他愛もないことを話して、ふかふかのベッド眠れば全てが溶けて無くなってくれる類のものではない。
こびりつくような疲れ。あまりこんなことを頻繁に味わいたくないんだけど。
「『定期的に話を聞かせてください〜』、だって!もうっ。折角のフィルカちゃんとの大事な時間を〜。」
「私がうっかり門を開けてしまったせいなので。次からは私だけでも。みなさん、私のことについて詳しく知りたいみたいでしたし。今日で聞き取りの感じも分かったので――。」
「だ〜めっ。お師匠様と弟子はいつも一緒にいないとなんだよっ!」
「メルティエさんはお師匠様から離れてますけど。」
「それはお師匠様の指示だからいいのっ!それに、星姫士さまがいないと誰に守ってもらえばいいのかなっ?」
「メルティエさんは十分強いので……。」
むぅっ、と不機嫌そうな顔になったメルティエさん。どうやら、一緒に行動したい、してくれるみたいなので、その気持ちを素直に受け取っておいた方が良さそう。
「でしたら、少し大変かもしれませんけど次も同行してもらっていいですか?」
「うんっ!もちろんっ!っと、お昼はどうする?今日はソミアさんにお願いする?」
「そうですね。」
「じゃあ、お昼は少しゆっくりしてから買い物、行こっか!」
「はい。」
管理局での聞き取りは、管理局の幹部のおじさんや職員さん、それに調査団の学者さんたちで行われた。主に私の出自や経歴、魔法の形態などについて調べられたけど、記憶喪失の私から答えられるようなことは少なくて、みんな困惑したまま聞き取りを終えることとなった。
ひとまず、定期的に聞き取りを受けることと、私の魔力の解析を行うことに決まり、解析の担当者はマーニャさんとなった。管理局の提示してきた担当者の候補の中には知らない人たちばかりだったので、メルティエさんが気を利かせて提案してくれたおかげだった。
そこまでの経緯を宿のラウンジでお昼を食べながらソミアさんに話すと。
「大変だったねぇ。」
「もうっ!フィルカちゃんは何も覚えてないって言ってるのに、管理局のおじさんってば、しつこいんだから!」
「まぁまぁ。向こうの人たちからしてみれば、私が嘘をついているかもしれないと思うのは当然だと思いますし。」
「フィルカちゃんが嘘付くわけないのにっ!ね?ソミアちゃん。」
「ボクもそう思うけど、フィルカちゃんの言うことも一理あるんじゃないかな。」
「むぅ〜。」
未だに納得がいっていないようで、
「まぁまぁ、そんなことよりも、これからの楽しいことについて考えるのはどうかな?んっ、しょっと……。」
ソミアさんは立ち上がるとカウンターの奥の自室から小さな冊子を持ってきて机の上に置いた。
冊子には、『ステラ・アルバリアの歩き方』と書いてある。
「これはなんですか?」
「この町の観光案内みたいなものだよ。探索者だけでなくて観光客も見込んで毎年、管理局が作って各宿に配ってるんだ。でも、探索は進まないし、そもそも星樹山脈を越えるのが普通の観光客には辛いからね。馬車も通れないような道だから、自分の足で歩かないといけないし。そんなんだから、ほぼ無用の長物と化してはいるんだけど、フィルカちゃんたちには必要かなって。」
「ありがとうございます。ですが、私達は観光するわけでは――。」
「わあぁぁっ!ねぇねぇ、フィルカちゃん!このお店、とっても可愛い小物が置いてあるよ!こんなお店があるなんて知らなかったなぁ〜。あっ、このお店もっ!ほらっ!美味しそうなお菓子がいっぱいだよっ!」
メルティエさんは、開いた冊子を私にも見せながら、それはそれは楽しそうに教えてくれる。
「メルティエちゃんは観光する気満々だねぇ。」
「折角のお休みなんだもんっ。フィルカちゃんと色々見て回りたいから。ね〜っ?」
「あ、え、えっと……。そう、ですね。」
「あはっ。楽しんでおいでよ。だけど、マーニャさんのところにも行かないとなんだよね?それは忘れないように。」
「そうです。町を見て回る前に行きましょう。」
絶対に行きそびれるから。
「むぅ。はあい。」
「帰り、あまり遅くならないようにね。フィルカちゃん、メルティエちゃんが帰りたがらなくても暗くなったら引きずってでも連れ帰ってきてね。ご飯とお風呂、用意して待ってるから。」
「はい。分かっています。」
「あたしだって帰る時間くらいちゃんと分かってるよっ!」
「本当かなぁ。」
「もうっ!」
ぷいっ、とそっぽを向いたメルティエさん。
そうは言っても、私も気をつけないと。
きっと楽しみすぎて時間を忘れてしまいそうだから。
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