ふたりで進んだ先には何があるの?③

「よし。終わりだ。起きてもらって大丈夫だよ。」


 私が部屋の真ん中に置かれたベッドから起き上がると、マーニャさんが薄暗い部屋の窓を開けて日差しを取り込んだ。ベッドの脇に並べられた怪しげな実験器具や不思議な本たちが照らし出されて、暗がりに消えていた輪郭がもとに戻る。


「マーニャさん、どうだった?」


 そう言いながら、部屋の隅の椅子に座って様子を見守っていたメルティエさんがベッドのそばまでやってきた。


「予想はしていたが……。」


 マーニャさんはもったいぶるような間を作ってから。


「よく分からないな。」

「ええーっ!?」


 大げさなくらいに驚いてみせたメルティエさん。


「今日は簡易的な解析だからね。フィルカくんの力の本質を知るには、もっと大掛かりで高度な魔道具が必要なのが分かった、といったところだね。」

「それって、最初に会ったときと比べてあまり進展が無かった、ということじゃないの〜?」

「いやいや、私の見立ての確度は上がったからね。それに、前回と比べて客観性のある結果も得られた。これは管理局に報告させてもらうことにするが、後日、報告書の中身を本人に確認してもらったらサインを貰う必要があるのでね。」

「それならまたお店に来たほうがいいですよね?」

「いや。私からフィルカくんの泊まっている宿を訪ねさせてもらおう。」

「いいんですか?お店のこともあるのに……。」

「一瞬、閉めるだけだからね。それに、医者や兵士たちと違って、私の仕事に緊急性の高いものはないから。」

「そっちの方がゆっくり報告も聞けるからいいんじゃないかなっ?」

「そう、ですね。では、お願いします。」

「うむ。それにしてもやはり、その力も、変身した姿も、いつ見ても逸品だな。どうだい?私の店で働いてもいいと思っているようなら、破格の待遇を約束するのだが。」


 ピンクと白の私の姿を舐めるように見るマーニャさん。

 ちょっと怖い。


「もうっ!マーニャさんっ!」

「メルティエくんがそう怒る必要は無いだろう?フィルカくんは、メルティエくんの探しものが見つかったあともこの町で暮らして行かなければならないんだ。管理局の人らにも言われたんだろう?」


 マーニャさんの言う通りで、私はしばらく、この町に居るようにと言われている。それ以外の縛りは無いけれど、今後の星樹の研究のため、ということで。

 きっと、光枝が見つかる方が早いと思うから、今からでも私は”その後”について考えておく必要はある、のだけど。


「その、お話はとてもありがたいんですけど……。私は、メルティエさんと一緒に探索を続けると約束をしていますので、……今は、それ以外のことは考えられないです。」

「フィルカちゃん……!」

「うわっ!?あ、あのっ、ひ、人前で抱きつくのは……。」

「やれやれ。振られた上に惚気のろけたところを見せつけられるとは。」

「あ、あの。すみません……。」

「安心してくれ。フィルカくんを引き抜こうっていうのは、半分は冗談だ。」

「半分は本気なんでしょっ!もうっ!」


 はっはっはっ、と高らかに笑い飛ばしたマーニャさん。


「あ、あの、メルティエさん。そろそろ……。ベッドから降りたいので。」

「あっ!ごめんねっ。」


 パッと開放してくれたメルティエさん。

 私がベッドから降りて変身を解いている間も、「マーニャさんのせいで、フィルカちゃんが困ってるでしょっ!」とか、「メルティエくんが勝手に抱きついたせいだろう?」とか、言い合いを続けている。


「あの……。」


 私が声をあげると、ふたりは一斉に私へと注意を向けた。


「マーニャさん。今日はありがとうございました。忙しいところ、私のために時間を割いてもらって。」

「気にしなくていいさ。そもそも、これは管理局からの依頼なわけだからね。逆に時間をかけてしまって申し訳なかったね。二人の貴重な時間なのに。」

「いえ、それは……。」

「メルティエくんもすまなかったね。フィルカくんを長々と借りてしまって。」

「それは仕方ないことだから。で〜もっ、一つだけ!」

「なにかな?」

「フィルカちゃんはモノじゃないんだから。貸し借りは無いんだよっ。」

「それは言葉の綾と言うものだが、まぁ、確かにそうだな。気をつけることにするよ。」


 マーニャさんは、肩をすくめながら微笑んだ。


「あっ!そういえば!あたしの杖の件、どんな感じ?」

「ああ。アレか。だいたい出来上がってはいるよ。」

「ほんと!?見たい見たいっ!」

「まあまあ。それは完成してからのお楽しみ、ということで。まだいくつか材料が足りないのでね。次に山の向こうからやってきた行商から手に入ればいいだが。」

「星樹の森の素材じゃだめなの?」

「ここでは手に入らないモノが必要でね。」

「ほほ〜。結構、手が込んでそうだねっ。」

「ふふっ。楽しみに待っててくれ。」


 メルティエさんが揺れる。

 楽しみで仕方がないようだ。自然と身体に出てしまうところがメルティエさんらしくて、微笑ほほえましいというか。


「よ〜しっ!それじゃあ、お昼、食べに行こっか!」

「もうそんな時間ですか。」


 メルティエさんが肩掛けカバンからぶら下げている三日月の魔石は完全に光を失っていた。

 客観的な事実を見せられた途端、今まで感じなかった空腹が急にやってくる。


「そうですね。」

「私ももう一仕事したら昨日の余りでも温めて食べようかね。」

「えっ!?マーニャさん、料理するのっ!?」

「失礼だなキミは。それくらいするとも。独り身なんだからできないと生きていけないだろう?」

「マーニャさんが料理してるところ、想像がつかない……。」


 確かに失礼だけど、私もメルティエさんの見立てに近く、想像はつくけど似合わない、なんて思ってしまっていた。

 マーニャさんは、料理というよりも実験、なんじゃないかなって。


「まったく……。ほらほら、さっさとご飯を食べに行っておいで。」


 ちょっとばかりご機嫌が斜めになったマーニャさんに、半ば追い出されるように店を出た。

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