一緒に考えて、一緒に決めて。②

 翌朝、少し心配そうにしていたソミアさんを置いて、いつものように準備をして宿を後にした私達は、迷宮へと向かう前に、マーニャさんのお店へと向かった。

 まだ朝早いのに、既に開いている店の入口。ずんずんと中へ入っていくメルティエさんの後を追って私も中へと入る。


「マーニャさ~んっ!来たよ~っ!」


 メルティエさんの良く通る明るい声に引き出されるように、マーニャさんがカウンターの奥から店内に出てきた。


「おはよう。やっぱりすぐに来たね。店を開けておいて正解だったよ。」

「二人で探索を続けるためだからねっ!」

「ふふっ。すっかり元気になったみたいでよかった。……その様子だと、きちんとふたりで話はできたみたいだね。」

「うんっ!だよねっ?」

「はい。」

「それなら良かった。」

「マーニャさん!早く例のヤツをっ!」

「まぁまぁ、そんなに慌てなくても無くなったりしないから安心したまえ。まったく、せっかちな子だ。」


 そう言うと、マーニャさんはカウンターの引き出しから本を2冊、取り出した。

 本、と言っても、マーニャさんのお店に並んでいる本に比べたらだいぶ小さく、どちらも手のひらサイズの物で。


「それは何ですか?」


 私が聞くと、マーニャさんは、ふむ、と一息置いてから。


「これは、まぁ、教科書みたいなものかな。といっても、即席で作ったものだから、大したものではないがね。魔法の基本、それも、一つは攻撃魔法の制御法について、もう一つは魔法陣の式についてに絞って書いてある。」

「フィルカちゃんの魔法、きっとマナ効率を度外視した式が魔法陣に組まれてるんじゃないかなって。だから、式を直してあげれば良い感じになるんじゃないかなぁって思ったのっ!」

「それをわざわざ……。ありがとうございます。マーニャさんも忙しいのに……。」

「気にしないでくれ。これくらい、お安い御用さ。ただ、そうだなぁ、探索の休みの日にでも私の手伝いだと思って――。」

「マーニャさんっ!」


 高らかに笑いながら、「冗談だよ。」とあまり冗談ではなさそうに答えたマーニャさん。

 メルティエさんは、天敵を威嚇いかくする小動物のようにマーニャさんをにらみつけている。

 ……かわいい。


「もう一つは?」

「ああ。こっちはメルティエくん用のものだ。」

「昨日も言った通り、あたし、攻撃魔法はあんまり使えないというか……。そんな感じだから、ふたりで一緒に、苦手なものを克服しながら頑張ってみるのはどうかなって思ったの。いい案でしょ〜?」


 そこまで考えていてくれたのかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だけど、ここで謝ればまたメルティエさんに制されてしまう。だから、ぐっ、と飲み飲んで。


「ありがとうございます。期待に答えられるように頑張りますから。」

「えへっ。ゆる〜っとで大丈夫だからね?」

「向上心があることはいいことだ。メルティエくんは既に修練をある程度、受けているから、本を見れば分かると思う。だが、フィルカくんはそうはいかないかもしれない。私が現地まで一緒についていければ一番いいのだが、店があるのでそうもいかなくてね。現地ではメルティエくんに、町に帰ってきたら私に、分からないことがあったら相談してくれ。」

「はい。分かりました。」

「ふっふ〜んっ。フィルカちゃんの魔法の先生はあたしってことだねっ。」


 メルティエさんの弟子、ってことかな。

 なんだかちょっとくすぐったい肩書。


「メルティエくんもまだまだ見習いだがね。だが、師匠が相当、優秀な方なのだろう。素質だけでなく知識も十分だから、きっといい先生になってくれると思う。それに、そもそも、キミたちは相性が良さそうだからね。」

「そうかな〜。えへへっ。」


 嬉しさ半分、恥ずかしさ半分なメルティエさん。

 一方の私は、全部が恥ずかしさで出来た感情を背負わされて困ってしまった。


「では、気をつけて行ってきてくれたまえ。私はソレを作り終えるのに徹夜して眠いのでね。もう少し日が昇るまで店を閉めておくことにするよ。」

「はぁ〜い!マーニャさん、本当にありがとっ!」

「ありがとうごさいます。」


 そう言って、手を振って見送ってくれたマーニャさんのお店をあとにした。

 迷宮に入ると、そのまま一度、安全地帯に向って私の魔法陣に書かれている式を組み直す、という作業をすることになった。


「フィルカちゃん、魔法陣、展開できる?」

「えっと……、こう、ですか?」


 左手を前に翳して力を込めると、星型の薄いピンク色に光る紋様が浮かび上がる。これが私の魔法陣。その中の武器を生み出すためのもの。


「わぁ……。まさかとは思ったけど、式の体系も全部昔のなんだね。」

「そう、なんですか?」


 私にはこれが普通、というか、力を使えば魔法陣コレが現れる、っという感じだったので、大して気にもしてなかった。


「うん。でも大丈夫!お師匠様にみっちり教えてもらったからねっ。小難しい話ばっかりで、あんまり好きじゃなかったけど、フィルカちゃんのためだったと思えば、あの時も苦労は報われるってものだよねっ。」

「それは少しこじつけが過ぎるというか……。」

「でも、そっちのほうがロマンチックかなぁって!」


 やっぱりこじつけにしか聞こえないけど、そのくらいに前向きな考え方は、私も見習わないといけない気がする。

 

「っと、それで、まずは〜――。」


 メルティエさんは、マーニャさんが作ってくれたミニ教科書を使いながら、式の組み立て方を丁寧に教えてくれる。

 お互いの指で私の魔法陣に触れながら、指先で宙に文字や絵を描くように走らせる。

 メルティエさん、なんだか楽しそう。

 それに私も引っ張られてなんだか楽しくなってくる。メルティエさんが風に吹かれた草木のように身体を揺らすと、私もそれにならって靡いてしまう。


「えへっ。フィルカちゃん、魔法の勉強、楽しい?」

「えっ。えっと、楽しい、と思います。」


 楽しい理由はきっと、そこにはない気がするけど、今はそういうことにしておいた。


「良かったっ!何か分からないことは、この、お師匠様に何でも聞いてねっ!」


 えっへん、と胸を張ったメルティエさん。


「ありがとうございます。ですが、メルティエさんも自分の魔法を調整しないといけないのに……。」

「いいのいいの。まずはフィルカちゃんの方が優先なんだから。」

「そういえば、メルティエさん、攻撃魔法が苦手って言ってましたけど、一人の時はどうしていたんですか?モンスターは倒していたんですよね?」

「あ〜。うん……。その、使えないことは無いんだけどね……。あたし、小さいころは魔力制御が苦手だったの。ある日、攻撃魔法の練習をしていた時に魔力を暴発させちゃって、同じ里の子を傷つけちゃった事があって。それからあんまり人前では使わないようにしてて……。でも一人なら、いくらでも暴発させても誰も傷つけないから気にせず使ってたけんだけどねっ。一応、お師匠様から特訓を付けてもらって、魔力制御も問題はない、とは思うんだけど……。やっぱりまだちょっと怖くて。」


 メルティエさんの眉が強張こわばる。

 

「……すみません、変なことを聞いてしまって。」

「いいのいいのっ!そんなに深刻な事じゃないから。それにね、いつまでも怖い怖いって言っていられないかなって思ったの。フィルカちゃんにばっかり、危ない真似はさせられないから。あたしも少しくらいは使えるようにしておきたいの。」


 諦めようとしていた私の傍らで、そこまで考えてくれていたメルティエさん。

 期待に応えないといけない。必ず。それに。


「では、頑張りましょう。二人で。今日から。」

「うんっ!」


 メルティエさんの短くて、でも屈託なく返事は、私の目の前の霧さえも払いけてくれた。

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