大切な人のために……。⑤

 翌日も、その次の日も、戦闘自体は順調だった。だけど、戦闘が終わるたびに魔力が尽きて動けなくなるのは改善しないままで、見通しも立たっていない。

 それに、探索の進捗についても少し気がかりだった。メルティエさんが地図を開いて見ている時にのぞき見をしてみると、その日、どこまで探索したかが書き込まれている。ここ3日の探索状況は、メルティエさんが1人で探索していた時よりも、明らかに進捗が悪くなっているように見えた。

 ……やっぱり、私が足を引っ張ってしまっている。

 恩返しのため、メルティエさんのために手伝うはずだったのに……。

 なんとかしないとだけど、どうすれば……。

 考えても答えが見つからないまま、今日も迷宮を抜けて赤い夕焼けの空の下に帰ってきた。大通りに出て、メルティエさんが行商人さんのもとへ集めた素材を売りに行く、はずだけど、メルティエさんは立ち止まって。


「フィルカちゃん。ちょっといい?」

「は、はい。なんですか?」


 緊張した。名前を呼ばれただけなのに。

 なにか良くないことを切り出されそうな気がして。


「あたし、ちょっと寄るところがあるなら、先に宿に帰ってもらっていい?」

「えっ……。」


 私が考えていた最悪の答えではなかった。

 だけど、心が揺れっぱなしで落ち着かない。先が見えない答えほど、不安になるものはなくて。


「どこに行くんですか?私もついて――。」

「ごめんね。あたし一人で寄りたい場所なの。晩御飯までには戻ってくるから。あっ、それと、先にお風呂に入っててくれていいからね?あたしがいつも一番に入らせてもらってるから。晩御飯はまた一緒に食べようねっ。」


 私の言葉を遮ったメルティエさんは、最後に夕焼けにも負けない光を放つ、無邪気なメルティエさんの笑顔を見せてくれた。だけど、その黒い瞳の奥からはメルティエさんの強い気持ちが伝わってくる。

 ……きっと、メルティエさんは、これ以上、話してはくれない。


「……分かりました。」

「ありがとっ。またあとでねっ!」


 メルティエさんはパタパタと駆けて建物の間に消えていってしまった。

 少しの間、途方に暮れるように立ち尽くしてしまった私も、重い足を引きずるように宿へと向かい始める。身体に降り積もる不安。それに押しつぶされそうになりながらも、なんとか宿にたどり着いて、部屋へとなだれ込む。

 しばらくベッドに座って一人きりの部屋を見渡してから、パジャマとバスタオルを抱えてお風呂に向かう。変身を解いて少し広めのお風呂場で、心をどこかへ置いてきたまま頭と身体を洗ってから、お湯が並々と張られた湯船に浸かった。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……メルティエさん、本当に帰ってきてくれるのかな。

 もしかして、このまま帰ってきてくれない、とか……。

 私とこのまま一緒に探索を続けたところで、ただ時間がかかるだけ。それなら他の人と探索した方がいいだろうし、いっそ、これまでと同じように一人で探索を続けていた方がいい、と思っているのかもしれない。そのために出かけて……。

 具体的に想像してしまうと一層、こたえた。

 どっと押し寄せる疲れに押し流され、洗濯ものを干すように、腕を湯船から投げ出して、ついでに身体もへりに預けてる。

 ……明日からどうすればいいんだろう。

 メルティエさんにどんな顔を向けて話せばいいのか分からない。

 ……ひょっとしたら、明日はもう無いのかもしれないけど。

 辛すぎて、そこで思考が止まってしまった。時たま、天井から降ってくる冷たい水滴が床や水面を叩く音だけ。それ以外は何もないお風呂場。目の前の木桶きおけを見つめていたつもりだけど、私の目に映る景色はこれまでのハイライト。

 何もできなかった……。

 不甲斐ない自分に大きくため息をついて。

 しばらく、意識がこの世界から離れていた。


「ただいまぁ~っ!!」


 空の向こう側まで吹き抜けていくような明るい声が聞こえた。

 私が待ち望んでいた声。

 慌てて浴立ち上がり、足元を滑らしながらも何とかこらえて脱衣所に向かう。そこから、顔だけ引き戸からのぞかせると、メルティエさんが階段に足をかけたところだった。


「メルティエさんっ!!」


 私が呼び止めると、びたっ、と足を止めて振り向いてくれる。


「フィルカちゃん。ただいまっ。ごめんね、ちょっとだけ遅くなっちゃった。」


 えへへ、と少し申し訳なさそうに笑ったメルティエさん。

 そんなメルティエさんに、沈みきっていた私の心がすくい上げられて、再び日の目を見ることができるようになる。


「い、いえ。その、おかえりなさい。」

「もしかして、これからお風呂?」

「いま上がったところです。」

「そっか!それじゃあ早めに準備しちゃわないとだねっ。」

「そうだぞ~。ご飯はもうできるからね~。」


 ソミアさんが、調理場の奥から急かすと、「はぁ~いっ!」と元気に返事をして階段を駆け上がっていくメルティエさん。

 ……私って、考えすぎなのかな。

 メルティエさんの様子を見てそう思った。

 けど……。

 メルティエさんとはその日から、探索後は別行動をするようになってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る