ふたりなら。②

「行き止まり、ですね。」

「そうだね〜。っと、この道もなし、と。」


 目の前の壁を見上げる私の後ろで、メルティエさんは地図を開いて羽ペンでバツ印を書き込むと、新調してひと回り大きくなったウエストポーチの中にしまい込んだ。


「今日はこのあたりでおしまいかなぁ。フィルカちゃんはもう少し見て回りたい?」


 探索自体は順調だけど、光枝の手がかりは一切見つかっていない。

 ここまで何も見つからないとなると、もう少し探索を続けた方がいい気がするけれど……。

 無理をするのは良くない。ここで焦って、またメルティエさんを危ない目に合わせるわけにはいかないから。


「いえ。やめておきましょう。また明日もありますから。」

「じゃあ帰ろっか!」

「ちょっと待ってくださいね。」


 何も変哲もない行き止まりの壁。

 見た目は怪しいところは一切無いのだけど……。

 なんだか違和感がある。どこがどう、とは具体的には言えないのだけど。ここまでも、いくつかの行き止まりで同じような感覚を覚えたことはあった。だけどやっぱり、何がおかしいのかは分からなくて放っておいたけど……。

 試しに、そっと触れてみる。

 押し返されるだろう、と思っていた私の左手。それがそのまま壁を通り抜けた。バランスを崩して前のめりになる。身体も壁の向こう側へとすり抜けて行って。

 危うく転びそうになったけど、何とか踏ん張る。

 幻の、壁?後ろには私がすり抜けてきた壁。

 目の前にはこれまでと同じ光景だけど、どこか雰囲気が違う通路が続いていた。

 これ、戻れるのかな……?

 壁に体当たりしてみると、これもまたすり抜けて行って元の通路に戻って来た。


「フィルカちゃん!?」


 目をまんまるにしてこちらを見ているメルティエさん。


「この壁、すり抜けられるみたいですね。」

「も、もしかして、隠し通路?私も通り抜けられるかな……?」

「試してみますか?」


 メルティエさんは、こくり、と頷いたけど、行き止まりの壁を見つめたまま立ち止まってしまう。

 目の前にはどう見てもただの壁が立ち塞がっているのだから、足がすくんでしまうのは仕方がない。

 だから。


「一緒に行きましょう。」


 手を差し伸べると、メルティエさんは、私の手と顔を何度か見比べてから手を取って。


「……うん。」


 心の準備ができたメルティエさんが小さく頷く。ゆっくりと手を引きながら、まず私から通り抜ける。メルティエさんも手から、足、そして身体に頭と、そろりそろりと壁をすり抜けて。


「わあ……。本当にすり抜けちゃった……。」


 驚きはそのままに、好奇心で輝きを増したメルティエさんの瞳。


「あとで調べてみましょうか。ちなみに、この通路は地図に載っていますか?」

「載ってなかったと思うけど……。うん。何も書いてないかな。」


 メルティエさんは取り出した地図と幻の壁を見比べている。

 地図には書かれていない通路となると、探索はあまりされていないかもしれない。

 ということは……。


「えへっ。お宝の気配だねっ!」 

「そうですね。ですが、奥から異様な雰囲気を感じます。これまでとは違うなにかがあるかもしれません。進むなら気をつけましょう。」

「は〜いっ!」


 怪しい雰囲気の通路を、足取りの軽いメルティエさんと共に進む。

 まっすぐ伸びる通路の先には、大きく開けた空間が現れた。ここまでの通路とは違い、広さも天井の高さも段違い。

 その空間の一番奥には、薄暗い迷宮を金色の光で照らす何かがある。小さな木、のような形をしている。枝は少なくて、葉っぱは全く付いていない。まるで枯れ木のようだった。


「あれってもしかして、『星の小樹』なんじゃ……。」

「星の小樹、ですか?」

「うんっ!星の光枝が採れるっていう木なのっ!こんなところにあったんだ……!」


 あれが、メルティエさんの探していたもの……。

 私とメルティエさんの冒険の目的。こんなにあっさり見つかってしまうなんて。

 ……そっか、これで終わりなんだ。意外とあっさりと終わってしまうものなんだ。

 もっともっと、一緒に迷宮を歩いたり、敵と戦ったりするつもりだったのに。お風呂だって一緒に入るようになったばかり。町も初日に一通りは見て回ったけど、まだまだ分からないところばかり。しかも、服とか、日用品とか、それ以外にもいろいろと必要なものを教えてもらいながら買い物だってしていないのに。

 まだまだこれからだと思っていたのに。

 嬉しさとか、達成感とか、そういったものよりもまず先に寂しさみたいなものが胸の内側を覆っていく。

 いや。ダメだ。私はメルティエさんのためにここに居るんだから。これまで受けた恩を返す。そのためのお手伝い。それが一区切りを迎えるなら、それは喜ばしいことなんだ。

 ……きっと。

 パタパタとメルティエさんが私のもとから離れて行き、金色に光る小さな木へと向かう。その後ろ姿をまた私は近々、見ることになるんだろう。そしてその時は……。

 胸をきゅっと細い紐で締め上げらているかのような感覚。息も少し苦しくて。

 それを紛らわそうと、大きくため息を吐いた、その時だった。

 ピタンッ。

 何かが地面に落ちる音がした。メルティエさんが向かった先。小樹の目の前で小さな黒い影のようなものが落ちたように見えた。メルティエさんは気づいていない。

 私の気のせいかな。

 そう思いながらも天井を見上げると、薄暗い迷宮よりも、壁と天井をなす黒い星樹の根よりも遥かに闇の深い大きな影がうごめいていた。

 あれはまずいっ!

 何かは分からない。けど、直感がそう叫んだ。


「メルティエさん!戻ってきてくださいっ!!」

「えっ?でも……。」


 立ち止まったメルティエさん。彼女の頭上の影は今にも天井から地面に向って落ちてきそうで。

 足が前へと伸びる。どんな風よりも早く駆けて、メルティエさんを抱きかかえると、地面を蹴り、もと来た方へと跳ねる。その瞬間、私と入れ替わるようにメルティエさんが立っていた場所には、天井から黒い影が、べちゃっ、と落ちてきた。

 間一髪、メルティエさんを救い出して開けた空間の入口まで戻ってくると、メルティエさんをそっと解放した。


「あ、ありがとう。フィルカちゃん。」

「いえ。無事なら良かったです。ですが、あれは……。」


 黒い影はぐにぐにと自在に形を変えながら大きく膨らんで、やがて黒い毛むくじゃらの化け物に姿を変えていく。私の身体と同じくらいの太さの足、鋭く長い金属のような爪。立ち上がった胴体は人の2倍、いや、3倍はゆうに超えている。黒い全身とは対象的な白い牙を不気味に笑うように見せつける。瞳は青く、冷たくにらみつけるように私達を見据みすえていて。


「あ、あれ、もしかして『根の番人』……?」

「モンスターですか?」

「うん。探索の初日に迷宮前の兵士さんから聞いたことがあって。黒い毛むくじゃらのモンスターを見かけたら一人じゃ太刀打ちできないから逃げるように、って。でも、ここ1年くらいは目撃情報も無いから、ひょっとしたら狩り尽くされたのかもって言われてたんだけど……。」

「隠し部屋に隠れていた、ということですか。あの木を守っていたのかもしれないですね。」


 黒き根の道から先は閉ざされてしまっていて、探索者が減る一方の星樹では、隠し部屋の話も知る人が居なくなって、それで見かけなくなっていたのかもしれない。

 いずれにせよ立ちはだかるのであれば。


「倒すしかなさそうですね。」

「えっ。でも、兵士さんは危ないからって……。」

「ですが、あれを倒さないと小樹に近づけませんよね?それならやるしかありません。」


 胸の内では、引き返すなら絶好の言い訳だと訴える自分が居る。

 それをなんとか抑え込んで、メルティエさんに訴えた。


「……分かった。でも、無理はしないようにしよ?危なかったら撤退も。」

「はい。それは大前提ですから。では、いつもの通り、私が敵の注意を引きますので、援護をお願いします。」

「うんっ!任せてっ!」


 気合の入ったメルティエさんの声。

 その声に背中を押してもらった。目の前のモンスターなんかよりもずっと、怖い“敵”を倒すために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る