ふたりなら。③

 一気に駆け出し、星の両刃剣ステラ=ラブリスを展開させた魔法陣から引き抜きながら根の番人との距離を詰める。

 黒い毛むくじゃらの先に怪しく光る鋭い爪の右腕を振り上げ、私を叩きつけようとしてくる番人。

 難なくかわす。が、今度は左腕を横に振ってきた。

 硬い爪に刃をあてがって防いで鍔迫つばせいになる。

 一撃が重い。これまで戦ってきたブラックヴァインとは比較にならない。あまり長期戦になるとこちらの魔力が持たないかもしれない。

 焦ったら消耗してしまうだけ。今は落ち着いて、相手の攻撃をよく見極めてから対策を考えないと。

 再び右腕を振り上げた番人。今は左腕で精一杯。これを防ぐのは……!


「パラライズボルトッ!」


 メルティエさんが高らかに叫ぶと、地を這う雷撃が番人を捕らえた。番人は僅かに身体を震わせて、力を緩ませる。それに合わせて番人の左腕を弾く。った番人。素早く後ろに跳び、番人から距離を取った。入れ替わるように番人の右腕が空を切り地面を叩きつけて轟音ごうおんとともに土埃つちぼこりが舞った。

 助かった。でも、ブラックヴァインに比べて動きを止めることができる時間がはるかに少ない。それだけ、こいつが魔法にも耐性がある、ということなんだと思う。

 メルティエさんの魔法に素早く私も合わせないといけない。今は上手く行ったけど……。

 今度は向こうから前のめりになって距離を詰めてくる。

 このまま避けてしまうと、私の後方で魔法を準備しているメルティエさんへと突っ込まれてしまうかもしれない。ある程度距離がある段階から右回りに跳ねながら展開していく。番人は私にしか目に入っていないようで、メルティエさんに構わず私のもとへと腕を大きく振りかぶりながら突っ込んできた。

 高く跳んで攻撃を避ける。山なりの軌道を描く。地上の番人と目が合った。驚いているのか、私をただ見上げるだけの番人へと急降下。身体をくるりと捻りながら構えた両刃剣で斬り下ろした連撃。これまで斬り慣れた繊維質とはまた違う硬い肉の感触が刃からを通して伝わってきた。

 空間を揺らすような番人のうなり声。それと共に着地したばかりの私を振り向きざまに鋭い爪で薙ぎ払う。が、それは織り込み済みで宙返りしながら爪を避けきる。なおも追撃しようと襲い掛かってくる番人。だけど。


「ボルテックアローッ!」


 紫に輝く雷の矢がメルティエさんの魔法陣から飛び出して番人の足をとらえた。よろけて動きを鈍らせる番人。攻撃と足止めを両立する魔法。単なる攻撃だけでなく、戦うための魔法を色々と研究してくれている様子のメルティエさん。

 私も負けてはいられない。

 再び設置すると、隙だらけになった番人と距離を詰める。まずは走り込んで斬り上げ。これは爪で弾かれる。その弾かれた力に逆らわず、身体を翻しながらもう片方の刃、そして返された刃で毛むくじゃらな腕を斬りつける。痛みにった番人。ただ、大きく振りかぶって反撃を準備しているようにも見えた。

 このまま下がるともろに叩きつけを食らうかもしれない。

 番人の足元をすり抜けながら、1、2、と斬り払う。バランスを崩して重い地響きと共に地面に突っ伏した黒い毛むくじゃら。それも束の間、メルティエさんの追撃が入る。


「サンダーボルトッ!」


 バチバチッ、と肉を焦がす稲妻が番人を襲う。苦しそうな呻きを上げた番人。いつもであればここで終わり、のはずだけど今回ばかりはそうもいかない。まだまだ戦う意思をみせる番人は、私から視線を外し、メルティエさんへ冷たい青い瞳を向けた。

 まずい。メルティエさんに注意が行ってしまった。

 早くこちらに向き直らせないと!

 両刃剣を握る手に力を込める。刃の白い光が輝きを増していく。

 思いっきり、両刃剣を投げつける。高速で回転し、刃の白と柄のピンクとが円盤のようになった両刃剣が、今にもメルティエさんに襲い掛かろうと構えていた番人の、まずは背中を切り裂く。こちらに視線を戻した番人。それに丸腰で距離を詰めていく。無防備な私をまだ無傷な左腕を上げて叩き潰そうとしてくる番人。だけど、番人の後方から返ってきた両刃剣がその左腕をかすめるように斬った。

 でも、番人はそれでもあきらめずに鋭い爪の左腕を振り下ろした。

 敵の攻撃を受ける寸前のところで両刃剣を受け取る。そのまま相手のリーチから抜けようと後ろに跳ぶけど、既に距離を詰められすぎていて。

 ザシュッ、と布が破ける音。ピンクのプリーツに爪先が引っかかり、スリットが入る。

 直撃は免れた。体勢をやや崩しながらも両刃剣の柄を掴んで着地すると、再び番人と対峙する。

 ここまで思ったよりも順調で圧倒しつつあったから、少し、慢心が生まれていたかもしれない。

 ただ、メルティエさんから視線を逸らすという当初の目的は達成できた。それに、両腕に足、背中にまで傷を負わせることにも成功している。焦らず、敵の攻撃をいなしながら、必ず訪れる隙を窺いつつ戦えば。

 距離を詰め、何度か刃と爪の応酬を行い、一度距離を放して体勢を立て直してからまた距離を詰める。右腕は相当痛むのか、攻撃には殆ど使ってこなくなった。まだ傷の浅い左腕に両足での踏み付けや蹴飛ばしを多用してくるようになる。わざと土埃つちぼこりを立てて、こちらの視界を奪って来ようともするが、明らかに動きが鈍ってきているのは見て取れて、逆にこちらから距離を詰めて斬り払う。

 だけど、決め手がない。いっそのこと、少し無理にでも押し込んで決めに行った方が……?いや、それは危ない。ダメージが溜まっているとはいえ、まだまだ相手は動けている。むしろ、自信が追い詰められているのを悟っているのか、攻撃自体は激しくなっていて。

 敵の爪攻撃を防ぎながら、次の一手について考えていると。


「フィルカちゃん!番人から離れてっ!」


 メルティエさんが叫んだ。それに従って壁際まで大きく跳び退く。それを目で追った番人は私を追って来ようとするけれど。


「ボルテックアローッ!」


 メルティエさんの雷の矢がそれを阻止する。苦しそうにその場にうずくまった番人。

 すると、紫色の魔法陣が番人を中心に私の足元近くまで広がった。


「月に仕えしいかづちよ、その聖なる力で邪気を滅し給えっ!サンダーフレアッ!」


 雷が、魔法陣の内側をドーム状に覆った。あまりの眩しさに目を逸らす。激しい光と熱を放ち、うずくまったままの番人を焼き上げる。雷の音がとどろき、番人の苦しそうな咆哮ほうこうと混ざり合う。

 かなり長い時間、魔法が発動していたように感じられた。

 雷が止み、魔法陣が消え去るとメルティエさんはその場にペタンと座り込んでしまった。

 黒い毛むくじゃらも、焦げ臭い煙を上げてうずくまったまま動かな……。

 動いた。

 足をよろめかせながらもむくりと起き上がった番人。苦しそうに肩で息をしている。

 消耗もかなり大きいようで、もはやまともな攻撃も出せそうには見えない。それでも、前へ前へ、メルティエさんの方へと進み始めた。

 させるわけにはいかない!このまま決め切る!

 の持つ手に力を込めて刃の出力を最大限にまで上げると、大きく跳ねてとびかかる。

 番人は私の軌道を見上げながらも迎撃はしてこない。容易たやすく肩に乗ると、振り落とそうと巨体を揺らす番人の背中に両刃剣を突き刺した。

 深く、より深く。

 頭が割れそうなほどの声をあげる番人。

 まだ。まだ深く両刃剣を押し込む。

 やがて、コツン、と硬い何かに当たった。

 あった。

 おそらく、こいつのコア。一度軽く引いてから、一気に両刃剣をねじ込む。

 ガラスにひびが入るような音が鈍く響くと、断末魔の叫びを迷宮中にまき散らす番人。

 もう一度。ぐりっ、とねじ込むとパリンッ、と割れる音が微かに聞こえた。

 番人の上げていた叫びは徐々にやがて静寂へと変わる。ゆっくりと地面に崩れた毛むくじゃらの巨体から両刃剣を引き抜いて地面に降り立つ。

 黒い身体は溶けるように青い光の粒となって消えて行った。残ったのは、手のひらサイズの透明な丸い石ころ。触れると力を感じる。

 魔石、かな。

 それを拾い上げるとメルティエさんの元へと向かった。


「大丈夫ですか?」

「うんっ。ちょっと魔力を使いすぎちゃっただけだから……。でも大丈夫っ。一気に使いすぎちゃって力が抜けちゃっただけだから。魔力もまだまだ残ってるしっ!」

「そうですか。これが戦利品みたいなので渡しておきますね。」

「ありがとっ。じゃあこれはしまっておいて~っと。フィルカちゃん、お疲れ様っ。と~っても、かっこよかったよ!」


 きらきらとまぶしい笑顔でそう言われると、嬉しい反面、恥ずかしくなってしまう。


「い、いえ。私は自分のやるべきことをやっただけなので。その、とても助かりました。ありがとうございます。メルティエさんの魔法も、とても強くて格好良かったと思います。」

「えへっ。フィルカちゃんに褒めてもらえると嬉しいなぁっ。次はもっと頑張っちゃおっ。」


 よいしょっ、とゆっくり立上がったメルティエさん。


「もう大丈夫なんですか?」

「うん。へーきっ。って、フィルカちゃん、スカートが破けてる!」

「これはさっき、敵に引っかかれた時に破けただけなので。」

「ほんと?一応、ちぇ〜っく!」


 メルティエさんは、しゃがみ込むとスカートの破けた部分をちらりとめくった。なんだかいかがわしいことをされているようで顔が熱くなってしまう。


「大変っ!怪我してるよっ!」

「えっ?」


 見ると、スカートに入れられたスリットに沿うように、太ももに切り傷が入って赤い血がにじんでいる。


「気づきませんでした……。痛みも全然なかったので。」

「ほんと?う〜ん。そんなに深くはなさそうだけど、お薬、塗っておくね。」


 メルティエさんはウエストポーチの小さなポケットに差してある薬瓶を取り出してフタを開けると、薬をいくらか指ですくって傷口にそっと塗りつけた。


「っつぅ……。」


 刺すような刺激が傷口に走る。

 それでようやく、自分が怪我をしていたのだと実感が持てた。


「ちょっと染みるけど我慢してね〜。」


 二重、三重に薬を塗り終えたメルティエさんは、薬をもとに戻すと、すっ、と立ち上がった。


「はい!おしまい!」

「ありがとうございます。」

「怪我したら教えてね?応急処置、しないとだから。」

「はい。」

「うんうん。それじゃあ、光枝がどんなものか早速確認してみましょーっ!」


 金色に光る木に向かうメルティエさん。

 そっか、倒しきっちゃったんだ。

 終わってみると、やっぱり呆気あっけないもので。

 ……光枝なんて、見つからない方が、なんて。

 そんなことを願うなんて最低なのは分かっている。分かっているんだけど、心の隅からそうささやき続ける私が居る。

 一点の曇りも無く、メルティエさんの目標達成を喜んであげたいのに。

 だって、メルティエさんは私の大切な人、なのだから。

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