夜空へ落ちる

 半分は夢心地。そんな状態でいると、数日もあっという間だった。

 今日ももちろん探索。星樹の森のどのくらいまで探索したのかは分からないけれど、地図はかなり大掛かりなものになってきた。

 初めの1週間に比べたらだいぶ落ち着いてきたけれど、新種のモンスターもまだまだ見つかっている。モンスターだけでなく、木の中とは思えない地形もちらほらと見つかっている。ぱっくりと割れて底の見えない谷間だとか、日によって流れが変わる川や位置の変わる湖だとか。昨日は大きな湖があったのに、次の日は干上がっていて底の洞窟で珍しい魔石が拾えたりもする。

 そうして新しいものはどんどん見つかる中で、光枝については相変わらず手がかりすらない。ゲールさんのパーティーだけでなく、探索中に出会った人たちには聞いて回ってはいるのだけど、有益な情報は何もなくて。

 だとしても、探索は続けなきゃいけないので、今日も今日とて森を歩いて回る。


「ふぃ〜。今日は平和だねっ。」

「そうですね。」


 戦闘後の戦利品回収を済ませて合流した私達。

 今さっきまでモンスターと戦っていたわけだけど、それでも平和だって感じてしまうのは、戦闘も含めて私たちの日常にすっかり馴染んでしまったからなんだろう。


「今日も素材がいっぱいだし、なかなかいいお金になりそうだねっ。」

「それはいいのですけど、光枝の方はさっぱりですね。」

「そうだね~。でもでも、まだまだ森は広そうだし、もっと見て回ればきっと見つかるんじゃないかな。」


 メルティエさんの言葉は、一見すれば前向きなものととらえられるかもしれないけど、私はわずかばかり、違った見方をするようにもなっていた。

 見つからなくてもいいや、って思っているんじゃないかって。

 投げやり、とは言いすぎかもしれないけど、このまま何もなく、平穏な日々が続けばいい、と思っているんじゃないかなぁ、って。

 でも、そんなメルティエさんを責める資格は私にはない。だって……。


「……慌てても仕方がないですからね。これだけ広いと歩いて回るだけでも大変ですもんね。」

「そうそうっ!それに〜、それだけフィルカちゃんと一緒に見て回れるってことだからねっ。」

「それは……。」


 嬉しい。

 メルティエさんも私と一緒に居たがってくれていることが。

 それと共に胸の奥が痛い。ちくちくと針で刺されているような気がする。私もメルティエさんもやらないといけないことがある。それが分かっているばかりに。


「さ〜て、戦闘後のお楽しみ、しちゃおっか!」


 お楽しみ。魔力を分けることを、最近はそう言うようになってしまったメルティエさん。


「その言い方はやめて欲しいです……。」

「え〜?でもでも、フィルカちゃんも楽しみでしょ?」

「そ、そんなことは……。私には必要なことってだけですし。」

「ほんと~?2戦もお預けだったのに?」

「それは、モンスターが連続で襲ってきたから仕方ないです。それに、これくらいなら全然……。」

「そっかぁ〜。フィルカちゃんには必要ないのかぁ~。」


 そんなことを言いながらも、杖とリュックを脇に置いて、適当な木に寄りかかって座ると、膝をペシペシと叩いて座るように促してくるメルティエさん。

 にこっ、と笑う。言葉はなくても、「おいでっ!」と言っているのは分かった。

 するすると吸い込まれるようにメルティエさんの膝上に腰を掛ける。

 メルティエさんがいつものように、私の前へと腕を回した時だった。

 ガサガサッ、と後ろの茂みから音がする。

 咄嗟とっさにメルティエさんを振り払って立ち上がり、星の両刃剣ステラ=ラブリスを具現化させた。

 メルティエさんも立ち上がり、杖を取って私の後ろへと急いで魔法陣を展開する。

 モンスター、かな?

 また、ガサガサッ、と音がする。

 いつ出て来てもメルティエさんを守れるように武器を構えていると、ゆっくりと茂みから何かが現れる。きゅっ、と柄を握る。けど、茂みから現れた影は私に襲い掛かってくるわけでもなく、ゆっくりと近づいてくる。やがて、日の当たるところまでやってくると……。

 人、だった。黒いフードをかぶっていて、身体はボロボロ。ただ、その姿には見覚えがあって。


「リートさん……?」


 私が声をかけると、うつ伏せに崩れ落ちたリートさん。


「リートさん!?」


 ふたりで駆け寄る。身体を仰向けにすると、はらりとフードが取れた。金属細工のように煌めく、繊細なセミロングの銀髪が一緒に垂れ落ちる。

 あれ?もしかして、リートさんって女の子……?

 って、そんなことよりも。


「リートさん、何があったんですか?」

「み、みんな……、が……、モンスターに……。たすけ……、て……。」

「リートさん、しっかりしてください!」

「ふぃ、フィルカちゃん、早く助けに。」

「そうですね。ですが……。」


 すると、震えるリートさんの指先が、森の奥を指した。


「むこう、に……、おおきなとび、ら……。その、先に……。」

「向こうですね。分かりました。助けに行きますから。安心してください。」

「あ、りが……、とう。」


 すっと力が抜けて動かなくなってしまうリートさん。


「リートちゃん!?」

「気を失っただけみたいです。急いでゲールさんたちを助けに行きましょう。」

「うんっ!」


 この辺りのモンスターは私達が一掃したから今は安全なはず。

 念のため、リートさんを私達の荷物と一緒に茂みに隠して、指し示してくれた方へと急いだ。

 少し進むと視界が開けた場所に出る。その先には、星樹の門ほどではないけれど、大きな石造りの扉があった。

 部屋、かな?

 それにしてはかなり大きい。壁も、黒っぽい石のような、金属のようなしっかりしたもので、根があたりを覆っている。

 扉は人1人が通れるほど開いている。すると、扉の奥から轟音が聞こえてきて、地面が大きく揺れた。

 あの中にゲールさんたちがいるに違いない。

 中へと跳び込む。これまでとは違う、硬い石のような地面に降りたってから。


「ゲールさん!大丈夫ですか!?」

「お、おうっ!嬢ちゃんたちか!ってことはリートがやってくれたんだな!」


 傷だらけで、頭から血まで流れているゲールさん。他の二人は……。


「いやぁ、みっともないところをお嬢ちゃんたちに見せちまったねぇ。」


 根の張った壁際で、腕を抱えてうずくまるフェリチナさん。その奥でレイバスさんがうつ伏せになって倒れている。これって……。


「大変っ!早く助けないとっ!」


 メルティエさんの言うことは分かる。だけど……。

 ゲールさんが一人で相対しているモンスター。

 モンスター、なのかな?これまで出会ってきたものとは様相が大きく違う。

 石でできた身体。図体も大きく、足だけで既に大男、と言っても過言ではないゲールさんを超えている。腕も足も図太くて、歩くだけでも地響きがあたりに広がる。所々、白く光る魔石、のようなものが見える。そして、人の数倍の高さにある頭には、大きな魔石が一つ、目のように怪しく輝いて私達の様子をうかがっているようだった。


「あれって、ゴーレムなんじゃ……。」


 メルティエさんが、ぽろっ、とそうこぼした。


「ゴーレム、ですか?」

「うん。大昔も大昔、まだまだ人の生活が豊かだった頃にたくさん作られたって言う、言い伝えとかおとぎ話で出てくるような『魔法生物』なんだけど……。」


 そんなものが現実に、目の前にいる。

 そいつは、大きく腕を振りかぶってゲールさんを押しつぶしてしまおうと振り下ろした。

 硬い床の上を走り抜ける。を握り込んで刃の出力を上げて、ゲールさんとゴーレムの間に割って入って腕を弾き飛ばす。

 大きく後ろによろけたゴーレム。私も、腕がしびれるような痛みがある。あんなのをもろに食らったら、まずい。


「あ、ありがとよ。助かったぜ。」

「コイツは私が食い止めておきます。二人をメルティエさんと協力して部屋の外へ運び出してください。」

「わ、分かった。それしかなさそうだしな。魔法使いの嬢ちゃんっ!手伝ってくれっ!」

「は、はいっ!」


 目の前のゴーレム。私は勝つ必要はない。時間を稼げばいいだけ。

 ゴーレムはすぐに態勢を立て直すと、顔をゲールさんの方に向けた。

 まずは、こっちに注意を向けさせないと。ゴーレムが一歩踏み出す前に足元へと肉薄する。すれ違いざまに軸足を斬りつけると、よろよろとバランスを崩した。

 ダメージはあまり入っては無さそう。

 だけど、ゴーレムの注意をこちらに振り向けるには十分だったようで、足元の私をまるで小さな虫のように踏みつけようとしてくる。

 それは軽くかわして

 ……少し、足が重い。

 さっき、魔力を分けてもらい損ねたから……。でも、時間稼ぎだけだから、これくらいっ……!

 もう一度、刃の出力を上げる。私を潰そうとした大きな足で、今度は蹴飛ばそうとしてくる。が、それも弾き返す。

 腕がしびれるけれど、これくらいなんともないっ……!

 再びよろけたゴーレムに追撃を加えるため、ふところに潜り込んで連撃。掴みかかってくる腕を、ゴーレムの身体を蹴って距離を取り、かわす。

 宙返りして着地した先へとゴーレムが大きく腕を振りかぶって叩きつける。それは、宙返り中に動きが読めていたのでひらりと避け、轟音ごうおんと地響きを立てた腕を挑発するように斬りつけて、離れる。

 すると、両腕を私に向け、前に突き出したゴーレム。これまでのように振り抜くわけでもない。相手の出方を観察していると、爆発音と共に両腕の先が飛んでくる。

 さすがにそんなのは聞いていない、って言ったところでしょうがない。幸い、速度はそんなでもない。軽くかわす。

 今度はこちらから……。

 と、思っていると、飛んでいった腕の先っぽは、私の背後でくるりと方向を変える。目の絵のゴーレムは足払いするように広い範囲を巻き込もうとしている。

 弾き返す?いや、それではどちらかに背を向けることになって対応が間に合わない。

 上へ。大きく跳ねて地面から離れた。足払いは難なく避ける。発射した腕も……。

 読みが外れた。そのままゴーレムのもとへと戻って行くかと思った腕の先っぽたちは、またもや進路を変えて私の方へと向かってくる。

 魔法か何か?

 今はそんなことはどうでも良い。アレに対処をしないと。3度目。刃に力を流し、両刃を活かすように薙ぎ払って弾き返した。

 私も更に高みへと投げ出される。天井は見えないほどに遥か高みにあるみたいなのでぶつかる心配はない。けど……。

 きつい。かなり力を使っているのに、防戦一方。やっぱり、私一人でどうにかできる相手ではない。魔力不足もはっきりと感じ始めてきた。

 ふわりと硬い地面に舞い戻ってくると、ゴーレムも腕の先が、ガチャンッ、と噛み合って元通りになった。

 抑えられないこともないけど、もっと早く……。

 いや、焦ってはだめ。落ち着いて。こういうときこそ、魔力を無駄遣いしないように心を落ち着けないと。メルティエさんもゲールさんも頑張ってくれている。レイバスさんはすでに運び出したようで、これからフェリチナさんを運び出そうとしているところ。これならギリギリ、持つはず。

 ゴーレムの攻撃を弾く衝撃で腕がおかしくなってしまいそう。それでも何度も防いで。

 少しずつ動きが鈍ってきた足にむちを打って避けて回って。

 頭までくらくらしてきた。結構、限界かも……。

 でも、もう少しだからっ……!

 自分を奮い立たせるように、振り下ろされた腕を大きく弾き返した。くらっ、と気を失いそうになりながらも、なんとか両足を地面に着けて立ち、次に備えて両刃剣を構える。


「フィルカちゃん!もう大丈夫だよっ!」


 大きな扉の影からメルティエさんの声が聞こえてきた。

 大丈夫。みんな、部屋から脱出できた、ってこと。

 あとは私だけ。思いっきり、入口まで駆け抜けてさえしまえば。

 いつものように地面を蹴ったはずだった。

 ぴょん、と跳んで、風よりも早くたどり着くはずだった。

 だけど、伸ばした足は思ったほど前には進まなくて、すとん、とすぐ地面を踏んでしまう。

 もう一度っ……!

 またすぐに地面を踏む。それでも前へ、走るよりも早く、前へ進んでいるはずだったのに。

 メルティエさんが、瞳を揺らした。そして。


「フィルカちゃんっ!避けてっっ!!!!!」


 メルティエさんの叫び声が届くのとほぼ同時だったと思う。

 後ろを振り変える余裕も無かった。

 背中に強い衝撃が走ったかと思うと、私の意思に関係なく身体が浮き上がった。

 制御できない浮遊感。

 世界がぐるぐると回り始めた。

 上下に、左右に、無秩序に振り回される世界。

 光と影が交互に入り乱れて。

 私は今どこに居て、どこへ向かっているのか。分からない。

 けれど、大きく虚空こくうを飛んでいるのはなんとなく、分かった。

 飛ぶに任せ、世界の移り変わりをただ見ているだけ。

 やがて、近づいていたはずの光が遠ざかり始める。

 徐々に近づく暗闇。

 ふと、地面がすぐそこに迫っているのに気が付いた。

 途端に強い衝撃が身体を走った。

 冷たく硬いものの上を転がる。

 何とか止めようにも、身体は全く動かなくて。

 ドスンッ、とまた背中に強い衝撃があって、ようやく止まってくれた。

 ぼやけた視界。にじむ光。けれどそれも何かに遮られた。

 なんだろう。何かの影……、かな?すぐ近くにあるのはなんとなく分かるけど……。

 すると、おそらくその影が、私の身体を揺すって。


「フィルカちゃんっ!!?フィ……、ちゃっ!!しっか……っ!!」


 メルティエさんの声だ。とても、とても心配している声。

 何か返事をしないと。「大丈夫です。」って。

 言葉が喉を通過しようとした途端、激しい痛みが全身を襲った。

 何度も、何度も、声を出そうとするけれど、息が詰まって無理だった。

 そうしているうちに、おぼろげながら灯っていた光も少しずつ暗くなっていく。

 メルティエさんの声も、段々と遠くになっていって。

 そこでようやく、なんとなく、分かった気がした。

 ……私、ここで終わり、みたい。

 もっと、メルティエさんの役に立ちたかったのに。

 もっと、探索をしたかったのに。

 もっと、町でお買い物をしたかったのに。

 もっと、いろんな景色を見て回りたかったのに。

 もっと、もっと、一緒に居たかったのに……。

 ごめんなさい。メルティエさん。

 声になった、かな……?

 きっとならなかったんだと思う。

 だって、メルティエさんが怒っているようには感じなかったから。

 でも、怒られてもいいから、ほんの少しだけでもいいから、私の気持ちがメルティエさんに届いてくれたら。

 暗く、深く、落ちていく意識の中で、そう、強く、願った。

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