乗り越えていくものは……。

「よし。皆、準備は良いな?」


 ゴーレムの棲む部屋の前、ゲールさんが私達5人を見回す。

 各々、小さくうなずいたのを見てから。


「作戦通り、まず俺とフィルカがヤツの注意を引き付ける。合図をしたら他の4人は中に入って来てくれ。」


 また、5人がそれぞれうなずいてから。


「大丈夫です。今日まで6人での戦い方を考えて、実践してきたんですから。きっと、上手く行きます。」

「……絶対、上手く行く……、から。」


 私に続けてリートさん静かに、でも強く言った。それを聞いたゲールさんは満足そうに笑って。


「よし。フィルカ、行くぞ。」

「はいっ。」


 部屋の中へと向かおうとした一瞬、メルティエさんと視線が合った。

 少し心配そうにしているように見えた。

 でも、大丈夫だよ、という気持ちを込めて小さく頷くと、星型の魔石の付いた新しい杖をぎゅっと握っって力強くうなずき返してくれた。

 あの時のまま、人一人が通れるくらいに開いた扉。それを抜けた部屋の中にはゴーレムは見当たらない。代わりに、探索者のものと思しき荷物や壊れた装備品がいくらか転がっている。

 あのあと、私達が何とか逃げ切った後で、他のパーティーがいくらかゴーレムに挑んだのだろう。様子を見る感じだと皆、追い返されてしまった、のかな。

 いずれにせよ、ゴーレムはまだいる。見えないけれど、気配だけは僅かに伝わってくる。

 私とゲールさんは警戒しながら、硬い石のような地面を、できるだけ音を立てずに奥へと進む。

 ちょうど、部屋の真ん中あたりにたどり着いた時だった。頭上で、カシャンッ、と小さな音がした。

 何かが空いたような音。その直後に風を斬るような轟音ごうおんが降ってくる。

 私の隣に居たゲールさんが後に飛び退いた。私はそのまま。遥か高い天井からやってきた”それ”を、星の両刃剣ステラ=ラブリスを天に向かって半円に斬り払った。タイミングはまだまだ早く、空を斬る刃先。その先から衝撃波が飛び立った。降ってきた”それ”を撃ち落とす。巨体は僅かに宙に持ち上がって体勢を崩した。それでも、器用にくるりと宙返りして、部屋の奥にその図太い石造りの足で地面を震わせて降り立った。

 白く大きな瞳のような魔石がこちらをにらみつけた。


「現れやがったなっ!うろぉらっ!こっちだっ!」


 ゴーレムは挑発を理解したのか、ゲールさんに向けて駆け出す。その巨体には似つかわない俊敏さ。

 ただ、これくらいの速さなら問題なく追える。

 ゲールさんに気を取られたゴーレムの股の内側に潜り込む。両足を斬り払いながら股下またしたを駆け抜けた。

 硬い。ダメージも少ない。ただ、バランスを崩したゴーレムが前に倒れる。それでも、ゴーレムはなんとかゲールさんに腕を振り下ろす。ゲールさんは、ゴーレムの腕を大剣の上で滑らせて受け流す。

 流石のゲールさんも、あのゴーレムの一撃を真正面から受け止めるのは無理だけれど、”技”を上手く使えばなんてことはない。

 リートさんは、力だけの戦い方、なんて言っていたけれど、真正面からやり合う私なんかよりもずっと、器用な戦い方をしている。

 硬い床に突っ伏したゴーレム。ゲールさんは警戒しながら距離を取る。

 私は再び間合いを詰める。隙あらば攻撃を、というのもあるけれど、今回はそれだけではなくて。

 ゆっくりと立ち上がろうとするゴーレムの後ろ姿。そこには正面には見られない特徴的なものがあった。両足の膝裏に1つずつ。背中の真ん中に一つ。ひじの裏もそれぞれ1つずつ。目と同じような白い魔石が埋め込まれているのを確認した。

 駆動用の魔石。おそらくそれ。ゴーレムが四肢と身体を動かすために必要なもの。マーニャさんが文献から見つけ出してくれた、ゴーレムの弱点、と思われるもの。少なくとも、あの石を砕いてしまえばゴーレムの動きは止められるだろう、とのこと。

 その敵の弱点となるものを見つけ出すのが、ゴーレムに接近しつつ素早く動き回れる私の役目の一つでもあって。


「ゲールさん、ありました。腕と脚、あと背中に。」

「おうっ!魔道具屋の姉貴の言うとおりだなっ!っしゃあっ!もう少し入口から引き離したら他の奴らを呼ぶぞ!」

「はいっ。私が奥へ釣ります!」

「頼んだっ!」


 背後から駆け寄ると、ゴーレムは後に肉薄されるのを嫌ったのか、立ち上がりざまに、ぐるんっ、と腕を振るいながらこちらに振り向いた。

 避けきれず、両刃剣で腕を防ぐ。それも、無理に踏みとどまろうとはせず、その力を上手く受けとめ、ふわりと宙を舞いながら距離を取るのに使う。

 私がまだ宙を泳いでいるうちから、早くもこちらへと間合いを詰めてくるゴーレム。背中に近づかれたのが相当、嫌だったようで、執拗に私を狙い始めたのが分かった。

 よし、これならっ!

 どんどんと入口から遠ざかるゴーレム。その巨体を活かして突進してくる。地に足が付く前にその硬い石の身体が私にぶち当たった。が、これも両刃剣で防ぐ。さっきと同じ要領で、後ろへと飛ぶ力に変えて。

 一番部屋の奥の壁まで飛んだ。壁に絡みつく星樹の根なのか、ツタなのか。それを両足で、ぎゅっ、と踏んで、踏ん張って。

 ゴーレムは完全に私に全力を向けている。

 今ならっ!

 一瞬、ゲールさんの方を向く。目が合った。ゲールさんはそれだけで意図を汲んでくれて、口笛を吹いた。

 ゴーレムが音に反応をして振り返ろうとする。

 そうはさせないっ!

 思ったよりも大きい衝撃で、しびれを感じる足で壁を蹴ってゴーレムのもとへ。

 この高さなら、一撃で頭を……。っと、狙ってみたものの上手くはいかず。宙でくるりと回りながら首をねようと試みるけれど、宙を疾り間合いを詰める私に気が付いて、極太の両腕で防がれた。

 ただ、役目は十分果たせている。ゴーレムは私に釘付けなまま。その隙に他の4人も部屋の中に入って、打ち合わせ通りに散開する。

 弾かれた私も一度、間合いを取って地面に降り立った。すると、すぐに大きな一歩でこちらへと近づいてくるゴーレム。

 どこから攻撃をしてくるかと身構えていると。


「うおぉぉぉおおおっ!!」


 雄叫びをあげながら大剣を掲げて走るゲールさん。足の白い魔石に一太刀浴びせることができるか、というところで、くるんっ、と向き直ったゴーレム。人よりも大きな大剣すらも簡単に弾かれてしまうゴーレムの身体。よろめいたゲールさん。すかさずゴーレムが叩き潰そうとする。が、私に背を向けたゴーレムに対して、今度はこちらから。

 素早く右足に肉薄する。膝裏、白い魔石に白く光る刃を立てる。が、カキンッ、硬い音と共に弾かれる。

 思っていたよりも硬い。これまでの”コア”持ちの敵は、軽く砕くことができたのに。

 ゴーレムがすかさず蹴り飛ばそうと右足を振るった。それはギリギリかわす。

 ゲールさんを助けに行かないと。まだ体勢が整ってないから、このままだと押しつぶされてしまう。

 すると、どこからともなく現れた黒いフードのリートさんが、黒い刃を放つ。ゴーレムの影を捉えると、動きを止めるまではできなかったけれども、僅かに鈍った。

 それだけ猶予さえあれば十分。

 一気にゴーレムの正面へと回り、ゲールさんを押しつぶそうとするゴーレムの腕を弾き返した。

 ゴーレムは、大きくのけぞって仰向けに倒れた。


「す、すまんっ!」

「いえ。ゲールさんが隙を作ってくれたので。駆動用の魔石はかなり硬いみたいです。メルティエさんの魔法やフェリチナさんの矢も試してみたほうが良さそうですね。」

「そうか。ったく、大きい割にすばしっこくて困ったやつだぜ。っと!?」


 思いの外、早く起き上がったゴーレムが私達に腕を振り下ろす。それぞれ、別方向に跳び退いた。


「おいっ!フェリチナにメルティエの嬢ちゃん!アイツの頭を狙って攻撃してくれ!」

「あいよっ!」

「は〜いっ!」


 フェリチナさんは弓を引き絞り、メルティエさんは魔法陣を展開する。

 指示を飛ばすゲールさんに引かれるようにゴーレムが振り向く。すると、高く大きく跳んだ。遥か高い天井に向けて。全員がゴーレムを見上げる。

 あんなに大きな身体で、あんなに高く……。

 って、感心している場合じゃない。


「ゲールさんっ!早くこっちに!」

「お、おうっ!」


 ゴーレムは明らかにゲールさんに狙いを定めていた。ただ飛んだだけならば、場所を変えてしまえば……。

 だけど、その考えは浅はかだった。

 遥か高く飛んだゴーレムは、空中で軌道を変えて私達の方へと突っ込んでくる。

 このままだと踏み潰される……!

 硬い地面を蹴り前へ出た私は、ゲールさんを抱えるとすぐにきびすを返して後に飛び退いた。私と入れ替わるように降ってきたゴーレムが激しい音と共に地面に降り立った。

 避けることができた。

 と、思っていたのもつかの間。すぐに腕を振るって私達を薙ぎ払おうとする。

 だけど、それは神出鬼没なリートさんがゴーレムの影を抑えてくれたことで動きがわずかに止まる。それを見逃さなかったのはメルティエさんとフェリチナさん。

 メルティエさんは大きく杖を振ってから魔法陣に翳し、フェリチナさんも弓を強く引き絞って。


「サンダーアローッ!」

「喰らいなっ!」


 メルティエさんの雷撃は、新しい杖のおかげか、いつもよりも激しい光を放つ。それに、フェリチナさんの矢が重なる。魔矢、とよばれる魔力の乗った特殊な矢で、通常のモノよりもずっと威力が高いもの、らしい。

 その二人の攻撃が重なって、ゴーレムの”目”をめがけて飛んでいく。けれど、動けるようになったゴーレムが腕を引っ込めて防いでしまう。メルティエさんたちの攻撃は当たらなかったけれど、私達への攻撃は止む。ゲールさんを地面に置くと、「すまねえ。」と言ってまた散開した

 さっきのわたしの攻撃といい、今のメルティエさんたちの攻撃といい、四肢と身体の魔石だけでなく頭への攻撃もゴーレムは嫌うようだった。それを上手く利用できれば。

 ゴーレムはメルティエさんたちの方を向く。が、私がまた足元の魔石へと素早く距離を詰めたのを察知すると、すぐに私を迎撃しようと振り返りざまに足を振り回してくる。


「あ、あれって……!」

「メルティエさん!膝とかに見えるのがおそらく駆動用の魔石で、くっ!?」


 言い終える前に大きな腕を振り下ろされた。潰されないよう、柄で支える。

 かなり、重い。魔力で身体能力が強まっているとはいえ、長時間は耐えられそうにない。ずりずりと少しずつ、パンプスの底が後ろへと下がっていく。


「フィルカ!おいっ!リート!アレをやるぞっ!」

「……わかった。」


 ゲールさんが大剣を構えるとリートさんが黒い影の魔法を放つ。それはゴーレムの影を捉えるのではなく、ゲールさんの大剣に宿った。


「うぉぉぉぉりゃあぁぁあぁっ!!」


 膝の魔石に向けて飛び込んだゲールさんがリートさんの魔法が宿った大剣を振り下ろす。硬い魔石を砕くのには程遠い。だけど、僅かに欠けた魔石の破片があたりに散り、小さな光が舞った。

 ゴーレムは私からゲールさんへすぐに攻撃の矛先を変えた。ぐるんっ、と振り向きざまにゲールさんを腕で薙ぎ払う。大剣で直撃は防いだゲールさん。だけど、ゴーレムの攻撃の勢いはすさまじく、6人の中では一番大柄なはずのゲールさんの身体が軽々と飛ばされてしまった。そのまま、無防備に打ち上げられたゲールさんを左腕で叩きつけようと振り上げたゴーレム。

 助けに行きたいけど、間に合わない……っ!


「サンダーボルトッ!」


 紫色の雷撃が不規則に揺らぎながらゴーレムを襲う。咄嗟とっさに腕を引っ込めて雷撃を防いだゴーレム。メルティエさんの牽制で追撃を免れたゲールさんは硬い床に身体を叩きつけられた。ゲールさんの元にすぐさまレイバスさんが駆け寄って治癒魔法をかける。


「いでででででっ……!」

「ゲールさん動かないでください。すぐに良くなりますから。」


 一方のゴーレムは、まだゲールさんへの攻撃を諦めてはいない様子。狙いを定めて攻撃を繰り出そうとしている。メルティエさんは魔法を撃ったばかりでまだ次の準備が整っていない。動けそうなのは私とリートさんとフェリチナさん。


「リートさん、ゴーレムの動きを一瞬、止めてください!フェリチナさんは、矢で頭に牽制を!私がその隙に膝にもう一撃、入れますっ!」

「分かった……っ!」

「あたいに任せておきなっ!」


 魔力のこもった矢を引き絞るフェリチナさん。それに合わせてリートさんがゴーレムの影を縛る。揺らめいて動きを止めたゴーレムに矢を放った。まっすぐ伸びた魔矢の軌道はゴーレムが動き出すよりも早く“目”を射抜いた。ようやく動き出したゴーレムは“目”に刺さる魔矢を引き抜こうとする。

 よしっ!いけるっ!!

 完全に足元への注意がれた隙に、一気に距離を詰めた。ゲールさんが僅かに傷をつけた左膝の魔石。刃の出力を上げて思いっきり撫で斬る。が、一度目は弾かれる。その力を使い、くるりと翻ってもう一方の刃で斬りつける。すると、今度は僅かにピシッという音と共に魔石の表面にひびが入った。途端、ゴーレムがうなり声のようなものを上げた。声自体は大きくない。だけど、それが呼び寄せた空気の揺れが衝撃波となって、気が付いたら私の小さな身体は宙を舞っていた。

 こちらを向いたゴーレム。“目”が合った。といっても、吹き飛ばされた私とゴーレムには距離がある。腕を振るったところで届かない。こちらに距離を詰めてくるのであればすぐに体勢を立て直せば間に合う。

 向こうの出方を見ていると、右腕を前に構えたゴーレム。

 腕を飛ばしてくるつもりだ。

 ゴゴゴゴッ、と音を立てて分離した腕の先が私へと飛んでくる。空中で態勢を立て直し、柄で攻撃を受け止める。大きな衝撃と共に腕にしびれが伝わる。

 消耗が進んできている……。でも、焦ったらダメ。今のところはまだ大丈夫。前回のように不利ではない。むしろ、敵の魔石にダメージを与えられている。左ひざはもう一度、攻撃する隙さえ作ることができれば砕くことができる、はず。それだけの手ごたえはさっきあった。それにゲールさんも傷は治りつつある。また前衛をふたりで支えられればずっと有利になる、はず。

 だから、落ち着いて。今まで通りに。

 飛んできた腕は、を傾けて受流す。後ろに飛んで行ったかと思うと、方向を変えて再び私に向かってくる。その攻撃と合わせるようにゴーレムが距離を詰めてきて。

 すると、どこからともなくリートさんが現れて影を釘付けにしようと黒い刃を放つ。が、勢いが既についてしまっているゴーレムを止めきることができない。

 だめっ!挟まれる……っ!かわそうにも間に合うかは……っ!


「サンダーアローッ!」


 無数の雷矢がゴーレムの背後に襲い掛かった。かなりの威力だったようで、のめるように身体が揺れて振り上げた腕は私から大きく逸れた。返って来た腕を軽くいなして地面に着地する。


「ありがとうございます!」

「大丈夫!あたしたちが援護するからっ!」

「はいっ!」


 ガチャンッ、と音を立てて腕を収めたゴーレム。私とメルティエさんたちを交互に見やり、次の標的を選んでいるようだった。

 そっちが動かないのであればこっちからっ!

 目標は左膝。それは変えない。まずは私が距離を詰めて陽動を。後ろに回る素振りをみせると、やはりそれを嫌って私を相手にする構えを見せる。私の意図を読み取ってくれたフェリチナさんが弓を引き絞った。私は両刃剣でゴーレムの腕と打ち合う。僅かにピリつく腕。でも、まだまだ問題ない。このまま敵を引き寄せて。


「フェリチナさん!お願いしますっ!」

「任せなっ!」


 空を切る魔矢。空間を揺らしながら一直線に左ひざを貫く。また、魔石がひび割れる音。ぐらんぐらんと揺れるゴーレム。かなり効いている。だけど、まだ膝を砕くには至っていない。メルティエさんの追撃は……。


「まっかせろぉぉぉぉぉおおっ!」


 フェリチナさんの脇をかすめて飛び込んできたのはゲールさん。大きく振り上げた大剣。それにあわせてリートさんが黒い影を纏わせて。振り下ろされたゲールさんの刃は、ゴーレムの左膝の魔石を木っ端みじんに砕けさせた。膝をつきながらも腕を振るい、ゲールさんを牽制し追撃を防ぐゴーレム。


「っとっとっとっ!さっきのお返しだっ!痛っかったんだからなぁっ!」

「アンタもやるときゃやるねぇ。」

「いつもやってるだろうがっ!フィルカ!今なら後ろからそいつ、を……。」


 勢いづいていたゲールさんの声がトーンダウンする。

 それもそのはず、片足の駆動石を割ったはずのゴーレムが悠々と立ち上がったのだから。


「嘘だろ……。」

「ゲールさん、来ます!」

「お、おうっ!」


 私も片足さえ潰してしまえば動きはだいぶ鈍るかと思っていた。マーニャさんの話では、駆動石を止めれば動きが止まる、とのことだったから。それは間違ってはいない。確かに、左足を使った攻撃はしなくなった。けれど、移動は大きく飛び跳ねるものが中心になってさっきよりもずっと俊敏になった。私も、ゲールさんも、それを防ぐのに必死。フェリチナさんの魔矢とメルティエさんの魔法の援護も軽くかわされてしまう。


「魔石を壊した方が強くなるなんて聞いてないぞっ!?」

「……ゲール、文句、いわない……。」

「んだけどよぉっ!」


 リートさんが影でゴーレムを抑え込もうとするけれど、勢いがついていたせいか全く効かなかった。しかも、さっきまではリートさんを追おうとすらしていなかったゴーレムが、その素早い移動を駆使してリートさんに腕を振り下ろそうとする。

 ゲールさんは間に合わない。私なら何とか……!

 風を切ってリートさんとゴーレムの間に割り込む。姿勢を崩しながらもゴーレムの腕を弾く。続く攻撃は両刃剣で抑えて。

 正面からゴーレムの攻撃を受け止めるのが少し辛くなってきた。でも、この状況なら。

 私が声をあげるまでも無くゴーレムに向かって飛んできたのは紫色の雷光。右膝に残る魔石に直撃してふらつくゴーレム。しかも、ひびの入った音も聞こえた。

 ひょっとしたら、片足の魔石に負担がかかって脆くなっているのかもしれない。

 ぐるりと振り返りながら腕を振り回すゴーレム。そこからリートさんを抱えて離れる。ゴーレムは私たちを追うことなく、ゲールさんたちがいる方へと向かった。


「……あ、あり、がと。」

「いえ。リートさんは大丈夫ですか?」

「う……、うん。へい、き……。あ、あいつ……。見境なく……、攻撃してくる……。」

「そうですね。ですが今、メルティエさんの魔法でもう一方の膝の魔石にひびが入った音がしました。もう一撃で魔石を砕くことができればかなり有利になるとは思うのですが、私の攻撃で砕き切れるかどうか……。」

「それなら、アレ、やる?」

「アレって……?」

「ゲールと、やってるやつ。……フィルカとも。」


 リートさんの影の魔法を武器に乗せて攻撃するヤツのこと、かな。あれなら確かに少しでも上乗せできるかもしれない。


「そうですね。やってみましょう。」

「……分かった。」


 リートさんが両手を掲げると、黒い影が星の両刃剣ステラ=ラブリスに宿る。黒い帯をくるくるとまとったそれを構えて。

「リートさん、難しいかもしれませんがアイツを一瞬でも止められそうなら、影を縛ってもらってもいいですか?」

「……やってみる。」

「お願いします。」


 素早い動きのゴーレムをフットワークと大剣、そしてフェリチナさんやメルティエさんの援護で何とか持ちこたえているゲールさん。ただ、ゴーレムの動きに翻弄されて、最初の陣形は崩れてみんなバラバラになってしまっている。

 そんな中、右膝を狙って距離を詰める。私の動きはやはり察知された。すぐに振り返りながら腕に振り回すゴーレム。それを一度、後へと避けて。

 今だ。


「リートさん、影をっ!」

「うんっ……!」


 私のすぐ後ろから現れたリートさん。ゴーレムの影を縛る。さっきは全く効かなかったリートさんの足止め。ただ、今はしっかりと効いた。振り返りざまの攻撃を放ったゴーレムは、動きが止まる瞬間がある。そこにリートさんの足止めが入れば、という予想が見事に当たった。ただ、それでも足止めは僅かな時間。でも、私には十分な猶予。ゴーレムの足の間を抜けて右膝の魔石に肉薄する。そして、リートさんにもらった力の宿った両刃で連撃。あっという間に粉々に割れた魔石。前につんのめるように倒れたゴーレム。リートさんにわずかに掠ってしまう。それでも何とかゴーレムから距離を取ったリートさん。そこにすかさずレイバスさんが駆け寄って、治癒魔法を施した。


「いいぞっ!フィルカ!あとは動けなくなったところを――。」


 私もゲールさんの言う通り、このまま押し切れると思っていた。だけど……。

 ガチャンッ、と音を立ててゴーレムの足が切り離される。すると、腕を使って大きく跳ね上がると、リートさんとレイバスさんに向って急降下を始めた。


「リート!レイバス!逃げろっ!」


 ゲールさんが叫ぶ。

 間に合わない……!

 それでも駆け出した私を追い越したのは、メルティエさんの雷撃。背中の魔石に命中して大きく軌道がれた。そのまま壁に打ち付けられたゴーレム。その脇でしゃがむリートさんたちを抱えて、ゴーレムから引き離す。


「すみません。」

「……あ、ありがと。」

「いえ。お礼は後でメルティエさんに。」


 メルティエさんの方を見ると、目があった。ぶいっ!とドヤ顔をするだけの余裕はあるみたいで、必死だった私にも少し余裕が戻ってくる。

 それもつかの間。ゴーレムが動き出すと今度はメルティエさんに照準を合わせる。

 それだけは絶対にさせない。そう、強く思うと力が勢いよく身体を駆け巡った。

 メルティエさんに向け、腕の先を撃ち放ったゴーレム。きゅっと身を屈めたメルティエさんとの間に割り込んで、まずは1つ目を大きく打ち返す。続けて2つ目。これは打ち返すことが叶わず、武器で受けとめる。先程の射出攻撃よりもはるかに力が強い。それだけゴーレムも必死なのだというのが分かった。

 だけど、私もここで引き下がるわけには行かない。メルティエさんのため。そして私のため。コイツを乗り越えて行って、私達の旅を一つ終らせて、先へと進んでいくため。

 だから、必ず。


「フィルカちゃん!またっ……!」


 打ち返した腕。それを一度、収めたかと思うと、またこちらに向けて放とうと構えているのが見えた。

 これは流石に……!でも、どうすれば……。


「そうはさせないよっ!」


 フェリチナさんのドスの効いた怒涛の声と共に引き絞られた魔矢が空を貫き、ゴーレムの”目”に突き刺さった。途端、苦しそうにもがき始めて構えた腕も下ろす。私が抑えている腕の先も勢いが弱まった。

 これならっ!

 力いっぱい、弾き返す。

 腕が重い。だけど、まだ。まだ行ける。いや、やるんだ。

 弾き返した腕よりも早く、硬い地面をかけていく。苦し紛れに腕を振るったゴーレム。それを避けるために大きく地面を蹴って跳び上がった。星の両刃剣ステラ=ラブリスを振り下ろしながらゴーレムへと落ちる。が、腕で弾かれた。大きく宙を舞った身体。けれど、落ち着いて態勢を立て直す。

「フィルカちゃん!雷撃これを受け取って!」

 メルティエさんの紫の雷撃が私に向かい飛んでくる。それを両刃で受け止めた。

 もう一度!これでっ!

 壁を蹴る。

 瞬く間の流星の一閃が走った。

 気づけば私はゴーレムのすぐ横にいて。

 全く、手応えのようなものはなかった。

 空を切り、攻撃が外れてしまったのかと思った。

 少しして、ピシッ、と音が鳴る。

 ゴーレムの姿が、頭から、胴体から、一閃を境に2つに割れる。

 ごゴゴゴッ、と音を立てて。

 次の瞬間、ゴーレムの”目”と胴体の魔石がガラスのような音と共に砕けて、ゴーレムの身体も崩れた。

 それっきり動かなくなったゴーレム。

 ……終わった。

 終わって、しまった。

 ゲールさんたち、そしてメルティエさんの歓喜の声が聞こえる。

 それが、少しずつ、少しずつ遠くなっていって……。

 ふわりとした浮遊感の後で、意識が暗く落ちた。

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