きっと役に立てない。②

「ふむ。魔力が枯渇してしまっただけのようだな。」


 宿の部屋のベッドに寝かされたメルティエさんをてくれたマーニャさんが落ち着き払った声でそう告げた。


「魔力の、枯渇……。」

「メルティエくんは、フィルカくんに魔力を分け与えている時に気を失ったってことだからね。状況からも、ここで確認させてもらった感じも、間違いないと思う。そんなに思い悩まなくても大丈夫。少し休めば問題はないからね。」

「そう、ですか……。」

「良かったぁ……。」


 私だけでなく、様子を見に来てくれたソミアさんも、その言葉を聞いて、とりあえず安心できた。


「それにしても、ここまでのことになるとは……。私も楽観視し過ぎでいたかな。」

「それってどういう……。」


 私がたずねると、マーニャさんは一瞬、視線を私から外して。


「ああ、フィルカくんのことでもあるし、話しておいた方がいいだろうな。」

「私の、ですか?」

「うむ。最近、メルティエくんが探索終わりに私の店に来ていてね。フィルカくんに関する相談を受けていたのだよ。フィルカくんが魔力を一戦で使い切ってしまうって話でね。どうにか改善する方法は無いか、と。それについて私から出来る限りのアドバイスをしていたんだ。」


 メルティエさんが私のことで……。

 そっか……。それで……。


「私のせいでメルティエさんの探索が思うように進まなくなっているから……。なんとか巻き返そうと手を尽くしてくれていたんですね……。」

「それはどうだろうなぁ。」

「えっ?」

「いや、たしかにその側面はあるだろうが、他にも理由があるんじゃないかな、と思ってね。」

「他の理由……。」

「ああ。メルティエくんがそんな打算だけで動くような子には思えないからね。私の考えすぎかもしれないが。」


 ははっ、と軽く笑ったマーニャさんは続けて。


「メルティエくんにも少し話したんだがね。君たちはもっと、今後のことについてお互いできちんと話し合った方がいいんじゃないかと思うね。お互いがお互いのことを自分の中だけで考えすぎるような気がするよ。それはとてもいい素質ではあると思うがね。相手のことをよく考えている証拠だから。だが、考える際には、より確かな根拠に基づかないといけない。研究なら客観的事実に、相手の心なら日頃からの意思疎通、かな。私はそういうことが苦手で研究に逃げた人間だから、あまり偉そうなことは言えないけれども……。君たちならなんとかできるんじゃないかな。きっと、お互いに相手のことを思って、何かしようと行動しているはずだからね。少なくとも、私からはそう見えるかな。」


 今後のこと……。相手のこと……。

 確かに、他愛もないことはそこそこ、話して来たとは思う。だけど、目の前の問題については、マーニャさんの言う通りでなんとか自分の中で解決しようとして閉じこもってしまっていた。

 そんなことを相談して、これ以上メルティエさんに迷惑をかけたくなかったから。

 ……でも、きちんと話さないといけないのかもしれない。いろいろな可能性を含めて、私達にとって一番いい今後について。


「フィルカちゃん、ボクからもちょっと話があるんだけど……。」

「……なんですか?」


 言いづらそうにしているソミアさん。

 やがて、意を決したように口を開いて。


「ボクもメルティエちゃんから相談されたんだ。今後のお金のことなんだけど。一日の稼ぎが宿代に足りてないから、もし、手持ちのお金も無くなるようだったら少しだけ支払いを猶予してもらえないかって。」

「えっ……。」

「安心して。ボクも事情は分かってるつもりだったから、できる限り頑張ってみるよって話はしてたんだけど……。」


 私って、メルティエさんだけじゃなくて、周りの人たちにもこんなに……。


「あっ、フィルカちゃん、そんなに落ち込まないで。ボクは大丈夫だから。それに、メルティエちゃんも上手く行けば目処がつくかもって、昨日、話してくれてたんだ。マーニャさんに色々と手伝ってもらってたみたいだし。」

「そうそう。その件だが、明日の朝には私も頼まれていたことを終わらせるつもりだから、都合のいい時に店を訪ねてほしいんだ。メルティエくんにも、そう伝えておいてくれるかい?」

「はい……。」

「頼んだよ。まったく、そんなに悄気しょげた顔をしていたら、メルティエくんが目を覚ました時に心配するんじゃないかい?フィルカくんも、それは嫌だろう?」


 言葉が喉に詰まってしまい、うなずくことしかできなかった。


「なら、あまり落ち込みすぎないことだ。メルティエくんみたいに、とまでは言わないが、前を向いて歩いていないとすぐ転んでしまうからね。さて、私はそろそろ店に戻らせてもらうよ。」

「マーニャさん!」


 部屋を出ようとしたマーニャさんを引き止める。

 マーニャさんはこちらを振り返って。


「なんだい?」

「その、今日はありがとうございました。忙しいのに、色々と……。」

「大したことはしていないよ。メルティエくんの様子を見て、ちょっとした助言をしただけだからね。あとは君たち次第だから。」

「はい。ありがとうごさいます。」


 もう一度、お礼を言いながら深く頭を下げる。

 マーニャさんは、「必ず店に寄るんだよ。」と念押しをして部屋をあとにした。


「ソミアさんも、ありがとうございます。私のことで迷惑ばかりかけてしまって……。」

「気にしない気にしない。ただ、マーニャさんも言ってたけどね、ふたりできちんと話した方がいいことだと思うんだ。探索のことも、お金のことも。そりゃあ、ボクに相談してくれても全然いいけどね。ただ、最後はふたりで決めなきゃいけないことだと思うからさ。」

「……そうですね。」

「明日、メルティエちゃんが目を覚ましたら、1日かけてゆっくり話してみるのもいいんじゃないかな、なんてねっ。」

「はい。」

「っと!それじゃあボクは晩御飯でも作ってこようかな!フィルカちゃんもお風呂、入っておいで。その間にパパッと作っちゃうから。」

「分かりました。」


 ソミアさんが、伸びをしながら部屋をあとにする。

 私は、少しの間、すやすやと眠ったメルティエさんを見ていた。

 ……具体的には、どんなことを話せばいいんだろう。

 お金のこと、探索のこと。どちらも私が居なければ解決してしまうような気がして。

 それも、選択肢ではあると思う。でも、それはまだメルティエさんの意見を聞いてのことでは無いから。それを聞いてから。

 不安を振り払うように大きく首を横に振って、パジャマとバスタオルを抱えてから部屋をあとにした。

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