【傷心の織姫】願いの行く先
天秤アリエス
傷心の織姫 願いの行く先
七色銀河海の星の船で
第1話 傷心の少女
一年に一度だけ逢えるルールが焦らされた恋心を更に煽る。七歳を迎えるなり当たり前のように隣にいた少年と引き離されれば誰だって寂しくなる。
(一緒に星の船に乗ったよね……伊織、織姫さまに逢えるって大はしゃぎして)
『サナ、織姫がいるんだ。僕は今だけなら織姫に会えるんだって。成長すると、僕は牛飼いになるしかないからね……』
織姫星宮塔への星の船は黄金に輝きながら、雄大に流れる七色銀河海を航り始めた。水面はさながら、宝珠の輝きで、シャラシャラとした漣を響かせていた。甲板に集まった天上セカイの子供達を横目に、王紗那(ワンサナ)は想いを馳せた。目前で子供達が可愛いお喋りを始めた。
「たくさん届けたら、織姫さま、褒めてくれるかなあ」
「ねえ、織姫さまは星空が編めるんだって本当かな。見たいな、織姫さまの編んだ夜空」
子供達は、星迎えの歌を歌いながら、次々駆け上る願いの光珠を一生懸命金の籠に詰めては、頬を綻ばせている。しかし、一人の子供が呟いた。
「でも、織姫さまはいるけれど、彦星さまはどこ?」
***
此処は地上を遠くにした別次元ではあるが、同時に存在する天上セカイと呼ばれる世界。金の星船が広大な星屑の海原を進んで行く。今日は七夕星迎。地上からの願いも一層増える、一年に一度の天上セカイの祭典で、成熟した男女ともに逢瀬を許される。しかし、未成年の子供達は織姫に『願いの光珠』を届けるが風習だ。男子は七歳まで。女子は十五歳までが「織姫候補生」期間となり、星の船に乗って天上セカイ、織姫のいる領域にやって来る。
(そういえば、織姫さまはいつもわたしたちを迎えてくれるのに、彦星さまはいないって改めて考えると、不思議かも)
銀河海をゆっくりと進む帆先の揺れと、絹が波打つ如くさざめく白亜の小さな牙に目を奪われているフリをしているが、紗那の本心は別の場所に在った。一年に一度、天上セカイの男女は逢瀬を許される。つまり、織姫伝承そのもののルールで成り立つ世界。当然紗那にも「逢いたいヤツ」はいるわけで。
「元気かな、伊織」ぽそ、と名前なんかを口にすれば、たちまち頬が熱くなる。楚伊織は、紗那の幼なじみで、いつも一緒に過ごして来た少年だ。紗那は伊織が大好きで、伊織も紗那が好きだった。しかし、七歳の時点で、伊織と紗那は天上セカイのルールで別れて暮らす実状になった。紗那は織姫領域で、伊織は下層の領域でそれぞれ時間を過ごしている。
本来であれば逢えたはずが、年頃の少女は織姫へのお届け物をしなければならない。
子供達のお喋りが続いている中、刹那、甲板に優しい声が響いた。
「彦星さまのお名前は内緒だ。お名前を出せば、織姫さまが哀しむから」
聞き覚えのある少年声に、紗那はまさかと振り返る。
(伊織?)聞き間違えはしない。だって、大好きな少年の声だから。端々が甘く浮き上がるようでいて、大人びた嫋やかな口調は聞いていて安心する声音だ。
「――伊織? いるの?」
そわそわと振り返るも、子供達はもう違う話題に移っていて、声の主の姿はおろか気配すら見当たらなかった。期待と拍子抜けに紗那は二重に落胆を噛み締めた。
(伊織がいるわけがないか)ここは織姫の星船。星迎の祭りに、女子と子供だけが織姫に光珠を届けるための男子禁制の船。強固な警備の中だ。例え鼠一匹、紛れ込ませる隙はないはず。
(彦星の名前を出せば、織姫が哀しむ……か。どういうことだろう。逢いたいのにな)
紗那は亜麻色の揃った前髪と、伸ばした脇髪を大きく揺らして甲板に寝っ転がった。邪魔なので、伸ばした髪は無造作にハーフアップの団子にして、簪を突っ込んでいる。
蒼空と海全てが銀一色だ。眩しすぎて蒼空と海の境界線など見えはしない。
今宵は星迎。地上からの願いが一際溢れる七夕の夜。紗那が十四を迎える日。
輝かしい天上の船はゆっくりと、願いの光珠の浮かび上がる虹色の河を進んで行った――。
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