第24話 願いは誰のために

 ぽんぽんぽんぽん。願いの珠は次々増える。紗那は一晩をかけて、全ての願いを受け止め、ぽいぽいと水晶に押し込んだところだった。不思議なことに、詠唱なんかなくても、ちゃんと願いはきらきら星になって天に溶けていく。


 ――形式とか、拘り過ぎ。仕方ないからやってるだけ……読めるようになったし。


『織姫さまと彦星さまが幸せでありますように』……人の気も知らないで。


(「ありがとう」涙を堪えて、織姫が泣き泣き願いを叶えています。独身織姫です。彦星なら今、逢いに来て、すたこらさっさと帰りましたが何か? 夢を壊したくないので、教えません)


「ああもう、次々」

 涙目で銀河を見詰めたところで、ひょっこりとまたもや蝦蟇がやって来た。「開花したようじゃな。さすがは伊織」と嬉しそうに紗那の手を覗き込み、上機嫌で去った。


(なんだ? あの蝦蟇。何しに来たんだよ。暇なのかな。昼寝蝦蟇)


 びゅん! と高速で蝦蟇が戻って来た。


「だーれが昼寝蝦蟇じゃ! 織姫! 己は仙人を敬え! 天界の生き残りじゃ、生き残り!」


 があ、と蝦蟇の口を開けられて、紗那は「すんません」と頭を下げた。

(仙人の生き残り?)

 ごん、と杖で殴られた。


「いったいな! 何するんだよ! 蝦蟇仙人!」

「いつまで意地を張る! なんじゃ、妲己に未だに妬いておる心を認めたくないんじゃろ。伊織が不憫じゃ。大したもんじゃ。最下層から、己に逢いたい一心で駆けつけた。しかし、織姫は意地を張り、受け入れずと来た。間もなくセカイは崩壊じゃ」


 ムカ。ぷつん。紗那の中で何かが切れた。

 言いたい放題。なら、こちらが言いたい放題でも構わないと願いの珠を蝦蟇にぶつけた。


「やつあたりはやめんかい!」

「黙ってりゃ、いい気になって! この蝦蟇! 大好きなのは変わらないの! でも、どうしていいか分からなくて! ずっとそうなの! 何一つしてやれないのっ!」

「願いを投げるな」

 蝦蟇は珠を拾うと、空中にそっと解き放った。蒼杜鵑はスラリとした足を紗那に向けた。


「伊織の性格はわかっていたはずじゃないか。きみは伊織の無償の愛が恐いんだ」


 青年姿の蒼杜鵑はどこか苦手だ。紗那は押し黙った。


「伊織は全部抱え込む性格だ。抱え込んで、ぱんぱんになっても、絶対に助けを乞わない強さがある。種は一人では芽吹けぬよ。水と光が要る。それは誰かに貰って初めて咲ける。セカイを手にするには二人が必要なんじゃ。始まりと終わりじゃ」


 蒼杜鵑は眼の前で光を増した巨大水晶を真っ青な瞳で見やった。


「織姫。あんたの願いだって、叶えられてもいいはずだ。あるだろ、心の奥底に」


 ――あたしの願い……確かに、ある。


「例え〝女禍〟と呼ばれようと。たった一人のために、セカイを滅ぼした。そんな存在を知っている。伊織は、そいつにそっくりじゃ。生まれ変わり、などは信じぬがね……。おぬしは牛飼いのほうじゃ。どこかで魂を入れ間違えたんじゃろ」


 べた。厭味な蝦蟇の手が紗那の頬に触れた。


「なんちゅー顔しとる。さっきまで伊織と逢ったんじゃろうに。もっと幸せそうにせんと」


 はっと紗那は気を取り戻した。

 もしも運命の相手が伊織なら、あたしは幸せになれるのだろうか? と考えて紗那は「バカだね」と拳で頭を小突いた。


「ねえ。織姫だってさ、人並みに可能性、信じたいんだよ……でもさ」


 ――願わくばもう一度、伊織の隣にいられますように。


 この願いは誰が叶えてくれるんだろう。それは織姫にも分からなかった。


(ねがいは誰が、誰のために叶えるの? ねがいって、何……?)


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