第27話 彦星の一族①

「王紗那の手に宿っているは女禍だ。幾度も織姫を作り続けた中で、どうして急に宿ったのかは謎ではあるが……間違いがない。遠目からのデータ分析だけだが、あれは仙人の種子だ」


 兄は知らないのだ。織姫が、紗那に種を預けたことを。彦星へと届けて欲しいと願いを託して。


 千織はタペストリーを離れ、次の絵の幕を開いた。巨大な階段と、そこに立つ勇ましい男性の姿に伊織は眼を瞠った。どうみても、ユグドラシルの『古代中国・殷』の風景だったからだ、


「こちらは彦星始祖と呼ばれている。かつての地上と言われているが、証明はできていない」


(やはり、天上セカイと殷は繋がっていた。では、三枚目は……)


 千織は最後の絵の幕は上げず、また部屋の中央に戻り天井を指した。天井から降りてくるように七つのセカイのオブジェがぶら下がっていた。


「我らのセカイの断面図ですね。そのまま、願いのピラミッドになっています」


「願いなどは詭辯だ。隷属させるものと、隷属するものだ。そこは地上と同じだな。おまえは見ただろう? 地上の地獄を」


「殷の話ですか。それとも、昇って行った蛇の話か」


 千織は背を向けた。


「少々専門的になるがネクローシスとは、生物の組織の一部分が死んでいく様、 または死んだ細胞の痕跡。管理されたプログラム細胞死がアポトーシス。では、こう置き換えてみろ。誕生させるプログラムが織姫、終わらせるが我が彦星」


 ――我が? 言葉のセンテンスに、伊織は一つの確信を持った。


「黄泉太宰府のウェルド一族は、彦星因子を持つ一族なんですね」


 それは先日文献で見つけた語句だ。「彦星因子」が何を指すかは未だに不明だが、黄泉太宰府の楚一族が彦星を隠して来たは分かってきた。決定的な証拠が、あの「女禍」と呼ばれた女性の絵。それに、殷の彦星因子の男の画だ。


(三枚目はなんだ)


 兄が見せなかった三枚目に視線を向けたが、兄は三枚目を見せる素振りはなかった。


「今の最強織姫がプログラミング程度で死すとは思えないがな」

「兄上、彦星因子とは何ですか」


 伊織の質問に千織は「まずは織姫の原理を見るが良かろう」と戸棚に歩み寄った。


「長官の部屋からしか行けない隠し部屋だ。少々衝撃かも知れないが、何やら覚悟があるようだ。全てを見て、決めればいいさ、それでも覚悟があるのならな、わたしに成り代わり、この地獄を背負えばいい」


(気に掛かる台詞だ……)しかし、いつだって道が前に伸びている以上、進まなければ真実は見えない。


 兄は死を覚悟してまで何かを護っているのだと、伊織は今更ながら強く悟った。

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