第26話 兄と弟


「特務歴史管理課に配属の伊織です。長官にお聞きしたいのですが、入室良いですか」

「構わない」声と共に、警備員が部屋のドアを開けた。


 不思議なドーム型の部屋には、デスクと、壁際には大きな額縁が三つ。どれも布で覆われていた。兄が絵を集めているとは知らなかった。


 千織は広い部屋のデスクに座ってディスプレイ会議をしていた。小さく息を吐き、伊織とそっくりな眼で、視認し、会議中断の合図を送り、数人の姿がディスプレイから消えた。


「すみません、会議中だとは」

「構わない。札を下げ忘れたわたしのミスだ。どうした、伊織、珍しいな」

 伊織は胸元から小型レーザー銃を取り出した。焦点をピタリと兄へと向ける。

「知っている情報を全部ください、兄上。僕には時間がないんですよ」


 小型銃を向けたが、千織は悪魔のように動じない。


「紗那が攻撃をしてきたら、叩きのめすは僕でありたい。彦星として。でなければ、負けます」

「織姫レジスタンスごとき、ウェルドの戦艦一台で制圧できるとの軍師の見解だが」


「そうですか。今や織姫への賛同者は増えています。せっかくこのセカイの均衡を取ってきたウェルドが、今度は織姫に負けると?」


「本気で言っていないだろう伊織。そんなに、あの織姫を振ったがショックか」


 さすがは兄。見事に言い当てられて、「はい」と伊織は銃を下ろした。

 茶番は見抜かれてしまった。何かが胸から去っていく。


「僕は思いのほか、紗那を愛していたようだ。でも、安全な場所に逃がしたつもりが……紗那の性格を忘れていた自分を責めているだけですよ。だから僕も急がなければ」


 古代中国での経験は、貴重なものだった。伊織は《どうすれば彦星になれるか》に気付いた。


 ――そう、ユグドラシルに認められればそれでいい。この天上セカイには犯罪はない。だが、悪意ひとつで聖なる黄木は容易に反転するだろう。


「見せたい絵がある」


 兄・千織は壁際の巨大なタペストリー群の前に移動した。伊織は再び千織の背中に銃孔を向けた。構わず千織は紐を引く。


 奥には、あらゆる解析の図と、古代中国の女性の絵画。


「我が一族に伝わる女性「女禍」だ。かなり古いがね。かつては眼から暫く血が流れたそうだ。楚の一族がずっと護って来た始祖の女性の絵だよ」


「女禍……」


(古代中国の霊廟。確か、あれも「女禍」と書かれていた。いよいよ見えた繋がりの片鱗に鼓動が速くなる。もうすぐ、分かる。求めて来たルーツがきっと……!)


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