第31話 天空戦闘の狼煙

***


(あれは、星の船が泊まっているから、七歳の七夕)


 幼少の伊織は、紗那に何かを告げている。

 紗那はその度にクスクスと笑う。

 伊織は丁寧に何かを編んでいた。空だ。空に繋がる何かを編んでいる。


 夜空を引き寄せ、星座を作るように、指先で編んでいくと、それは朝露に輝く蜘蛛の糸の如く、煌めいて、蒼空に昇った。


『すごーい』


『内緒だよ。……夜空を編めるのは織姫の証拠なんだって。不思議だよな。どうして僕が……僕は織姫なのかも知れない。男子が織姫なんて前代未聞だけど』


『伊織ならできるよ。すごいね、みんなの願いを伊織が叶えるんだ。織姫になってよ』


『――そうしたら、紗那の願いを一番に叶えるよ。願いは、何?』


『伊織と、ずうっと一緒にいること! 伊織のねがいは何?』



***



「織姫を媒介にした計画じゃった。考えるんじゃ、どうして伊織のほうに織姫能力が渡ったんじゃ?」


 紗那は衝撃でくわんくわんする頭を押さえた。蒼杜鵑はとうとう告げた。


「このセカイにおいての男は、全員織姫の因子を持っておる。通常は眠ったままで終わるのじゃが、伊織にだけは何故か織姫の能力が覚醒した。それは、おぬしがいたからじゃ」


 仙人は続けた。


「あたしが、いたから……」


 蒼杜鵑は微笑んだ。


「織姫の能力は、愛を自覚して産まれる。伊織は揺さぶられて苦しかったはずじゃ。男子として生まれ、おぬしを好きになった。途端に織姫としても目覚めた。始祖が新たな種の原型を織り込んで、数万年。幾度も織姫の遺伝子に紛れ込み、やっとおぬしに届いた。じゃが、同時に彦星の種も産まれてしまった。もうわかるじゃろ。我らのセカイを滅ぼした一族が楚一族、伊織は全てを持っている……伊織の進む道は」


 紗那は伊織がしょっちゅう意味深な横顔を向けていた事実を思い浮かべた。


 伊織は、自分が嫌いなんじゃないか……などと考えた。でも違う。意地悪でもなんでもなく、傷付きやすいからだ。


 少なくとも、紗那は伊織を追い詰めていた。それでも、先日までは均衡を保っていたはずだ。

 どこで、間違えて孤独に突き落としたのだろう。

 紗那はすっと眼を閉じた。心の眼はもうない。心の声と、己の記憶だけが頼りだ。


(先日、なんか、ひっかかった……そう、あれは、天の河で食事したとき。伊織が「デザートが欲しい」って言ったんだ……わたしははぐらかして、逃げた……)


 まだある、妲己に嫉妬して、伊織に何度も「嫌い」と言葉の暴力を揮った。まだある……!


 ――心の時が一瞬止まった。


 紗那はぎゅっと眼を瞑った。

 まだだ。思い出す。全部。


(その後はどうだった?「ガキの我が儘」と伊織は吐き捨てた。「そりゃ、僕か」と項垂れて動かなかった。伊織がアタシを閉め出した瞬間だ。この瞬間で、伊織はすべてを捨てた。雑草のアタシと違って、伊織は柔らかい華。アタシは知ってたのに、くっだらない理由で!)


「追い詰めたの、わたしか……」


 蝦蟇は無言だった。むっと来て、「うりゃああああ」と蝦蟇を両手で掴んでタプタプと揺らしてやると、蝦蟇は眼を回して、降参した。


「で、伊織はなんの道に進んだって?」


 蝦蟇は今度こそ押し黙った。じりじりと両手を広げて持ち上げようと馬の上で戦闘態勢。蝦蟇も身構えた。ジリジリ蝦蟇が動いたところで、一頭の白馬が翔けてきた。


「織姫さま! ノエラ騎士団長!……蝦蟇?」


 織姫騎士団の制服は白い。フェンシングの剣を持ち、鎧はしっかりした西洋時代のものを使用している。


「何があった!」


 途端に緊迫感を漲らせる紗那の前で、騎士は蒼空に声を響かせた。


「ウェルドの同志より連絡です! たった今、現千織司令長官から引き継いだ楚伊織が、現黄泉太宰府の副長官に就任! 我らの束縛に動くそうです! 織姫星宮塔と領域を管理下にするため。同時に織姫の暗殺指示も出たかと!」


 ――なんだって?! 暗殺?


「ほれ見たことか。頭痛がするわ。天上セカイで織姫と彦星が大喧嘩か。伊織は兄を手にかけたじゃ。眩暈がしてきた。貴人の姿も見えんのも気になる。問題児だらけじゃ」


 蝦蟇が訊くなり、ぺた、と額を押さえた。


「どうしてそんなこと……」


「すべてはおぬしのためじゃ。織姫。伊織は気付いた風じゃった。「どうしたら彦星になれるか」彦星はこのセカイでこそ禍だが、実際は逆なのだと。思い出して欲しい。ユグドラシルは彦星の傍に在る。彦星は来し方行く末の樹木の番人でもある。おぬしと一緒にいたいなら、もう伊織の進む道は一本だ。自ら彦星になり、終わらせる役目を背負うことじゃ」


「総帥織姫、迎撃準備を。我らヴァルキュリー、最後の一人になるまで、戦うつもりです」


 紗那は頷いた。


「今まで眼を伏せていた伊織に、従う理由はない。こてんぱんにノシて跪かせてやるくらいが丁度いい」


「織姫! 話を聞いておったのか! 伊織は一人で背負おうとしとるんじゃ!」


「分かってる!」紗那は一喝して、踵を返した。


「全員、戦闘態勢! 狼煙は上がった!

 あたしは皆を援護する! 前衛の人数を増やして、トップは織姫崩れのバカ伊織だ。一年に一度しか逢えないなんて馬鹿げてるから、セカイを壊しに来る!」


 そう、元々はそこだった。

 好きな人とはずっと一緒にいたい。


 だから。


(だからわたしはこのセカイを手にして壊そうと決めたんだ――)


「全艦襲撃準備!完了次第目標地へ! 標的は織姫レジスタンスの星宮塔だ!」


(だから、僕は告げよう、最期に、君を終わらせるために君をずっと探していた――)

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