第21話 七夕の星迎①
「どれ、織姫、顔を見せてごらん。ああ、掌の刻印もじゃ。おぬし、美しくなったのぅ」
涙目の紗那は慌てて顔を上げた。美しくなったとは思えない。あの織姫たちに比べればまだまだちんくしゃだ。
「伊織みたいなこと言わないでよ」
「しかしじゃ!」蝦蟇のお説教の気配だ。蝦蟇は杖の先っぽで、紗那の柔らかい顔を突いたり、仙人の手で瞼を下げたりした。
「紅月季が蕾のままじゃ。織姫の原動力は愛じゃ、愛!」
「あいいいい????」
そういうのは苦手だと紗那はそっぽを向いた。多分待つのは蝦蟇の怒号だろうと思いながら。
「……の準備もあって忙しくてね!」
「聞こえん!」
「悪い、忙しくて、レジスタンスの準備もあって……」
案の定、蝦蟇は頭を抱えた様子だ。紗那は知らんぷりした。怒号へのカウントダウンである。
(3)
「お」
(2)
「織姫が」
(1)
「お、織姫がレジスタンスとは何事じゃァ! 黄泉太宰府と戦うつもりかいな! 織姫、今宵は七夕前夜。おぬしは全世界の希望を忘れては困るんじゃ! 何を刃向かっておるんじゃ!」
「だって、伊織を取り返すには、組織ごとをぶっ飛ばすほうが早いでしょ」
織姫の肩を悪魔がタンデムした。
「よぉーし、俺が協力したる! 俺、おまえのそういうとこ、好きだぜ、織姫」
「せんでいい、貴人! 仙人がレジスタンスなんぞに手など貸すな! 織姫、おぬしは願いを叶える織姫じゃ! 平和を守るべき織姫自ら騒乱起こしてどうするんじゃ!」
貴人とコンビで怒られてばかり。紗那はむっと蝦蟇を睨んだ。
「これでも精一杯考えたんだよ。伊織を連れ戻すには、組織がなくなればいいんだって! だから、あたし、このセカイを変えてやろうと思って、考えたもんでしょ」
「ああ、そうじゃったな。おぬしは逢ったときから阿保であった」
「なんだよ、やる気なの? あたし、強いよ。バルコニーからねぐらまで蹴っちゃうからね」
見るからに肩を落とした蝦蟇にしゃがみ込んだ。蝦蟇が気力をなくしたように紗那を呼ぶ。
「織姫……」
「って何なの? この手の種の秘密! 今日こそ! あ、逃げるか!」
蝦蟇と貴人は顔を見あわせるなりささっと逃げるようにバルコニーをぴょんぴょん跳ねて、スタスタ逃げて消えた。
――今日こそ聞けると思ったのに。
伊織の言う通り。『仙人の情報を利用しない手はない』だ。
「……はあ。総帥って暇」
とんでもない呟きの向こうに黒翼の馬が来るが見えた。また太宰府の見張りだろうか。黒翼馬はぐんぐんと高度を下げて、紗那のいる塔のバルコニーに向かっていた。天翔る戦士を蹴散らした大きな蹄のある前足を上げさせて。
(アタシ、織姫なんか本当は、やりたくない。向いてない……叱られてばっかりだし)
だけど、伊織が相手なら。女子も悪くないなんて思うようになったは、いつからか。
――そんでもって、レジスタンスなんか始めちゃった。
ただ、伊織の驚いた顔が見たかった。驚かなかっただろうけど。伊織は驚いた顔を何度か見せた記憶がある。
(あれは古代中国で、妲己の話ばかりするなと告げた瞬間。未だに考えるの。なぜ、冷静な伊織が驚いたのか。あの驚いた顔は忘れられない)
(忘れたことなんてないけど。一年に一度すら、逢えなくなるなんて聞いてないし)
紗那は意外と常識人だったらしい、さすがに星迎の夜に伊織のように逃亡する勇気も知恵もない。
「たくさんねがいが来る。それは、わたしにしか出来ないんだもんね。やるよ。ちゃんと」
――大人になるって窮屈過ぎる。物わかり良すぎる自分は、何だかつまらない。
ぽりぽり。紗那は鼻の頭を指先でかき、掌の紅月季を見詰めた。くっきりと痣のようになったままのまだ蕾状態。ぼこっとしていてモノが掴めないので、どうにも困る。それに、彦星に届ける前に、開花したら、どうするんだろう。
……まだ、黒翼の音がする。しつこいな。
紗那はレーザー小型銃を構えた。馬は撃たない。撃つのは、乗っているウェルドの――
はっきりと黒翼の馬が見え始めた。スコープで狙ったところで、紗那は銃を下ろした。
「え、嘘でしょ」
かたやレジスタンスなんかブチ立てる織姫、かたやルール無視の彦星もどき。面影はしっかりある。大切な片割れを間違えやしない。
――これは、誰が叶えた願いだ。
わたしじゃない。でも、間違いなかった。伊織だ。
「元気だった? 紗那ちゃん」
近すぎて、溢れそうだ。何かが。
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