第29話 彦星の一族③ 回想

***


『責任は取ります。僕らはあんなに協力して貰いながら、過去を救えなかった。その怨念がここまで届き、今に降りかかる。紗那の手の種も未知数だ。だが、分かるは、あの邪念は今もこのセカイの上で、憎悪を吐き散らしている事実です』


 生と死は同じにはならない。それは命の原理だ。決められている条理でしかない。


伊織は側に視えるユグドラシルに手を翳した。



『彦星は、織姫を終わらせるために要ると伝えられている』


(千織は淡々と語り始めた。まるで僕に聞かせるように)


『開花した織姫は危険だ。だから、傀儡でちょうど良かったんだ。彦星を求める余り、植物の化け物になってしまう。だから、織姫を開花させる前に殺すのだと。この研究は未だに解明出来ていない。我らと原理が違う。植物と同化出来るようでもある。伊織、セカイを終わらせるには二人が必要だ。戦いは一人では終われない。おまえに終わらせる覚悟はあるか?』


 閉じ込められていた狂った織姫たち。

 山のように積まれた黒の珠を餓鬼のように齧っていた願いを叶える能力を持たなかった織姫の出来損ないたちに残された道は、憎悪を食む行為。


 腫瘍を喰わされ、壊死を迎えた織姫は砕けて、地上へ散布され――……。


 出来損ないは性別を変えられるーーー


『もしも、本当にユグドラシルに認められるなら、織姫の呪縛を断ち切れるなら。紗那といつでも在るために、セカイを壊せるのなら、喜んで悪になる。大切な兄に手を掛ける。これ以上の悪はないだろうから』

 

 ああ 蝦蟇はなんと言った。


(思い出せない)


〝地上は天界を支える〝願いの呪場〟とされ、歴史から何から、……に置かれる。ここは、歴史に……眠る場所。我らは……。すべての時代にはユグドラシルがあるが、逆さになったじゃ。悪が栄えると彦星のそばで引っ繰り返るじゃ〟


 伊織は震える拳と唇を堪えた。心が千切れるのではないかと思うほど、苦しい。

 それでも伊織は手を差し伸べた。運命に自らを悪だと名乗りを上げる。


そう思うと、呼吸がラクになって来た。そう、どんな痛みでも、この痛みは愛になって織姫へと還るからだ。


「来い、僕は兄を手に掛けた! 僕を悪だと、織姫に対なるものだと認めろ! ユグドラシル!」


 蝦蟇の台詞がリンクしていく。伊織は眼を開けた。いつかの大気の樹木が伊織のそばで寄り添うように立っていた。逆さまになったままだ。


 口元に涙の味の雫が垂れた。


(ああ、見えたよ、逆さになったユグドラシル、そう、僕はここだ。彦星因子を持つ一族。織姫の出来損ないの傍で引っ繰り返っていればいい。だが、僕は出来損ないなどではない! 断じて!)


 伊織は涙の滲む双眸で、しっかりと寄り添うように見えたユグドラシルの大気を視認した。


 恐らく、彦星たる存在の傍で、憎悪や、悪心を吸って耐えきれずに反転するのだろう。植物は邪気には耐えられないのだろうから。

「僕らとは違うか。真実は僕が掴むと約束したから。紗那にセカイを教えると。これで、対等だな」


 いつでも真実は、強くなければ運命に隠されてしまう。伊織はふと過ぎったある日の星空をかき消した。


想い出など忘れてしまった。

ねがいは何だったのかなどもはや不要だ。


 ――誰かがやらなければならないのなら、伊織がやるだけだ。咎はいつだって明瞭で、ねがいが叶うより、遙かに早い。


 ふと、得も知れぬ胸騒ぎを感じた。

 伊織は窓から蒼空を見上げる。


(邪念の蛇になった織姫こと、殷の王は蒼空を突き抜けた。消えたとは思えない。紗那は蛇を見つければいいと告げたが……まさか、本当に?)


 見上げた空には異変は見られなかった。元々ウェルドは下層領域。織姫星宮塔のような銀河海があるわけではない。


「やはり、手を拱いている暇はない」


 間もなくして、伊織は黄泉太宰府の長官代理の名乗りを挙げる。


 織姫騎士団と対になる。天上大戦への道が編まれた決定的な瞬間だったーーー

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