第14話生徒会長の威厳
下半身に寒さを感じ、たどたどしく苺谷の元へ辿り着く。
「もぅ遅いっすよっ! 何とろとろしてんですか、早くお金貰いましょうっ!」
あっちは怖いし……こっちはこっちで金は貰わないって言ってんのに聞こうともしない。
どうなってんだよ、今年の一年生はよ。
ため息を吐き、グランドに集まっている生徒たちを眺める。
まるで祭り神輿のように加納を担ぎ上げ、熱気がこもっている様子はまるで満員電車でとてもじゃないが入れるとは思えない。
「誰かのせいで大盛り上がり中だけど、どうやって入るんだ?」
人前で生徒会長に言わなければ、こんな事ならなかったろうに。
苺谷は人混みを眺め「うぅーん」と10秒ほど唸ると、パッと顔を上げ、人差し指を立ててきた。
「思いついたか?」
「大衆の面前でお金なんてももらえる訳ないですし………………後にしましょうっ!」
てへっ、と苦笑いしながら可愛い子ぶった苺谷は反応はどうでもいい、とばかりに踵を返して校舎へ戻っていく。
手立てがないなら、最初からついてくるなよ……ま、諦めが早くて個人的には助かった。
今日の放課後にも加納が拷問される可能性があるから、苺谷が諦めても俺はどうにかして入る手立てを考えなければ。
ふと、校舎から見えた生徒会長はどうしているんだろう、と思って周りを見回す。
すると彼女は比較的近くにいて、目を閉じ、胸に手を当てて一息ついていた。
「こんなところに居たんですか、会長。でも人違いかもしれないのによくこんな集ま——」
なので俺はへらへらと近づき、人違いの疑念を植え付けようとした。
けれど目が開いたとき、そこにいたのは賭け恋愛部へ来た会長ではなかった。
彼女の周りをピリピリとした雰囲気が漂い、寒気すら感じさせる雰囲気を纏う。
「——退きなさい」
そこにいたのは圧倒的な捕食者である蛇。
そのまま餌に集ったネズミを尻尾で払うように手を伸ばし、指を跳ねさせ、不敵な笑みを浮かべる。
それだけで好き勝手上下していた生徒一同はさぁぁぁっと割れて静まり返る。
「——ッたぁっ! な、なんだよ、急に? っあ、財布がねぇっ?! 誰だよ、盗んだ奴ッ! 返せッ!!」
そして当然、受け止める人がいなくなり。
制服どころかベルトも外され、赤い下着や白いインナーも露わにした淫らな加納は地に落ちる。
「——答えなさい、私の遊楽によって図らずも金を得たのは貴方で合っているわね」
否定どころか、瞬きも呼吸も何一つ行動が許さない眼力と威圧的な空気が周囲を包み込む。
例え空気が読めないと言われる人間すら、本能的なもので生命の危機を感じるだろう。
こっ……こっわ、怖っ!
怖いけど、これこそがテレビや普段俺たちが目にしていた生徒会長だ。
「部室で会った時はやっぱり動揺で可笑しくなっていたのかもしれない。次から口調は気をつけよう……お遊び拷問とか、あるかもしれないし」
それにしても遊楽ってことは、俺が設定されてた線はやっぱたまたまだった訳か。
そりゃそうだ。
高嶺の花が話したこともない日陰の者を好きになるとか、現実の恋愛がそんな高度で奥深いわけがない。
「っえ、ぁ、ゃ……」
乱れた服をかき集め、必死に下着を隠していた加納は恐縮し、呼吸すら苦しくなる中で声が出ない。
今の生徒会長と話すには少々勇気がいるけと…………加納が拷問を回避するにはここでサポートするしかないか。
「またお前か……写真の邪魔だ」
だが、いざ加納と生徒会長が立っている場所へ出ようとした俺は、
「——っぐ」
カメラを持った東雲に襟首を掴まれ、足を引っ掛けられ。
地面がどんどん近づき、受け身をとらなかったから土の塊が口に入って倒れ込んだ。
「——ぶぇぇぇッ、ぺっぺッ。なにするんですか?」
「有名な生徒会長とその倍率を6000まで引き摺り下ろした奴のツーショット、この価値が分からないのか? 500円野郎」
土を吐き出して起きあがろうとした俺の髪を東雲は鷲掴みし、さらに地面へ押し付けてきた。
っくそ……行かなきゃ間に合わなくなるだろっ! 邪魔するなッ!!
でも俺が一生懸命反発して起きあがろうとするほど、東雲が押してくる力は増え続ける。
なんだ、こいつ……細い身体しているのにゴリラかよ。
「ねぇ、痛い? 東雲先輩乱暴だからね、痛いね」
終わらない膠着状態にさっき聞いたばっかりの声が増え、頭を押さえる力が露骨に緩んだ。
「はぁ……誰のせいで補佐が辞めて、広報の仕事を手伝ってんのか分かってんのか? こいつの見張りぐらいお前がやれ」
「ヤっ!」
「や、じゃないやれ」
首を振る王へ軽口を言いながら、東雲は俺の腕を掴んで立ち上がらせると服を整えてきた。
乱暴なのか、そうじゃないのか、よくわからない人。
「ぶぅーー……あれ、君どっかで会った?」
頬を膨らまして不貞腐れた王が、俺と目が合うとさっきの出来事を忘れたように首を傾げてくる。
あれ、もしかして存在感が薄いってめっちゃ馬鹿にされている?
「阿保が、さっき会ったゲスだろ、馬鹿がよ」
カシャカシャ、とスマホで生徒会長を撮りながら東雲が呟くと。
王が何処からか取り出した扇子でその頭を「スパッーン」と引っ叩いた。
「忘れっぽい人だと思わせてから名前呼ぶ方が特別感を感じて男はチョロいのにっ! あーぁ、ウチの倍率上げる邪魔をしたからやる気なくなっちゃった〜」
グラウンドの土の塊を蹴飛ばし、露骨に拗ねたことをアピールする王に無視を決め込む東雲。
構って貰えない彼女と目が合うと、閉じた扇子の先をピンク色で柔らかそうな口元に当てて微笑んで近づいてくる。
「ねぇ……我慢しないでさ、行っちゃえっ、行っちゃぇ〜」
耳へ息がかかる距離、異様にねっとりした口調で意味深なことを囁く。
世に蔓延るASMR好きはきっとこういうものを求めているんだろう。
「もういいぞ、そろそろ関節を戻してやれ……ん?」
写真はもう済んだようで、スマホを眺めながら王へ話しかけていた東雲は振り返ると目を見開いた。
間接……? 何言ってんだ。
「何でこいつがまだ立っている?」
もしかして、そう思って少し横に動くと東雲の目も俺に追尾する。
まじかよ、関節外されてたと思われてたの俺かよ……どんだけ手が速いんだよ王さん。
じゃ、金玉の話もまじの可能性すらあるじゃねぇか。
「べつに勃ってないよ、なんで勃ってないの?」
しゃがみ込み、俺の股を見ながら不思議そうに小首を傾げる王。
東雲先輩は頭を押さえ「——ッヂ」と心底イラついたように特大の舌打ちを返す。
「お前の下品さには心底吐き気がする」
っお、ベジータが言いそうなセリフだ。
でも、口へ出したら俺の方に矛が飛んできそうだから黙っておこう。
「よく分からないけど、それは好きな人だからこそ効果があるんじゃないか?」
「私は生徒会だよ?」
どんだけ生徒会の称号に自信があるんだよ……話が噛み合わないな。
しょうがなく見本を見せようと王を招くと、意外にもすんなりと耳を近づけてきた。
あーどうしよ、効果の無さを説明しようにも耳でつぶやくと良い言葉とか知らないしな。
「——強がんなよ、俺の前だけは自然体で良いんだ」
生徒会は倍率高いし、モテない行動をしないって注意する苦労が凄そう。
だからどこかネットで聞いたセリフを思い出して吐いてみた。
「っく、し、しののめ、東雲先輩……い、聞こえました? 今のキザなセリフっ!」
「っふ……笑いになるだけお前のより好きだな。良いセンスしてるよ、賭け恋愛部」
たが、どうやら言葉選びを間違えたようで王は俯きながら肩を震わせ。
東雲は今にも吹きそうになる口を押さえ、慰めるように肩を叩いてくる。
「じゃ、賭け恋愛部が気分良くしてくれている内に俺は消えるわ」
今までで一番穏やかな顔で東雲先輩はひらひらと手を振り、王を置き去りに去っていく。
「そんな間違えたか? 笑えるほど」
残された王に評価を聞こうとしたが、先に扇子を口へ当てられる。
まぁ、効果のなさを証明するには十分だったか。
「っふ、ふふふっ! 今ので大抵の女の子が落とせるって思うならあなたはすご〜く馬鹿よっ! 副会長でもないくせに、この500円まぬけ〜」
だが、王は正解を答えてくれず、さらに扇子を開いて俺の視界を塞いだ。
そして離れた時には顔を隠しながら楽しげなステップをする後ろ姿しか見えなかった。
てか、この扇子って王さんが唇につけてたなかった……? いや、前と後ろで向きが違うか。
「っあ————加納! 生徒会長っ!」
「東雲先輩、あの子気に入った?」
「面白かっただけであいつは大嫌いだ」
東雲が靴を履き替えている横で、追いついた王が両手を後ろに回しながら質問する。
「わたしは大好き?」
「そうだな、生徒会の連中はみんな大好きだ」
へらへらと笑う王に東雲は白けた目で答え、彼女の手に持っていたスマホを取り上げて録画を停止する。
「女の子のスマホを無理やり取り上げた上に見たー、へんたいっ!」
「勘弁してくれ、争いたくなんかないんだ」
スマホをそっと返れた王は「ブーブー」っと批難するが、東雲は振り返る事なく廊下の先へ進む。
「まったく……東雲先輩は揶揄い甲斐がない」
トボトボも自分の下駄箱に戻った王は少しだけ目線を中田のいるグランドへ戻す。
「それに比べて好玩,好玩,好玩……
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