第3話アノニマス・ビリオネア

「ついに、ついについについにッ! 誰かが当てたようですっ!!!」

「噂じゃ好きな人を設定していない説も囁かれていましたからねぇ〜、これは本当に衝撃——」


 自動でついた目覚ましがわりのテレビを、寝ぼけ眼で乱雑にリモコンを取って消す。

 こんな時ばかりは不幸話特化なニュースとか欲しいな。

 他人の不幸は蜜の味、という訳ではないけれど、良いニュースしかないのは相対的に不幸と感じてしまう。


「っま、馬鹿なこと考えてないで学校行くか……」


 着替えや歯磨きなどの身支度を素早く済ませ。食パンスタイル、ではなく小袋のシリアルをボリボリ食べながら登校。

 そして一日経ったにも関わらず、校門の前でたむろする報道陣を見つける。


「ん、Netflixドラマってそんなに話題性あったか」


 コロナ渦と『イカゲーム』で有名になったし、全世界で放送するようなもんだからテレビと対応が違って当然か。

 珍しげにしながら、横を素通りしようとした。

 

「おい、あの世間に疎そうなシリアルボーイへ聞いてみろっ! あいつも知ってたら話題性の指標になる」


 だけど、失礼なプロデューサーらしき人物に目をつけられ。

 それもシリアルキラーみたいな呼び方のせいで、犬と散歩していたおじぃさんにも杖を震わせてびっくりされる始末。


「すみませーんッ! 賭け恋愛で黒姫さんの賞金倍率が急降下した件をご存知でしょうか?」

「っえ?! 誰かが6億手にしたってことですか!?」


 今朝のニュースで言ってた有名人って生徒会長だったのか……ッだから今日も人が集まってたのか! 昨日の今日なんだから、そりゃ話題にもならない方が可笑しい。


「受け取った人は分かったんですか? っぁ、ちょっと!」


 流石に同じ学校だと興味が出てくる。

 でも、望んだ反応を出してくれないと見るや否、プロデューサーは手でバツを作り。

 アナウンサーも申し訳なさそうに頭を下げて俺を無視した。


「ま……どうでも良いことか」


 所詮は他人、知ったところで余計に落ち込むだけだ。

 当たった、当たった、と騒ぐ廊下の連中をすり抜けて教室にカバンを置く。

 そして時計を確認し、まだ余裕があるからと時間潰しに部室へ行く。


「おはようございます、っと」


 ガラガラっと誰もいない部屋に挨拶、いつもどおりにポツンと置かれた椅子に座る。

 つい数ヶ月前まではジュースを飲んだり、突然歌ったりとワイワイ騒がしかった。

 先輩たちの残した名画が描かれた長テーブルも出してあったが、今では椅子共々後ろで誇りかぶっている。


「過去にすがって出しておく虚しさか、仕舞う寂しさか……どっちが良いんだろうなぁ」


 胸の奥から込み上げるナイーブな気持ちを紛らわせるため、動画でも見ようとスマホを取り出す。


『おめでとうございます。

 賭け恋愛、好意対象が見事的中しましたので、マイナンバーへ紐づけられた口座に以下の賞金をお送りいたしました。

 

 【賭け恋愛財務部より607,415.500】


 なお、カップル成立されますと10倍の報酬が上乗せになりますので、告白や恋のキューピットを狙ってみるのもいいでしょう!』


 画面に映った黒い文章。

 それが直ぐには理解できず、目を何度も手で擦る。


「まさか……当たったのか? 60万もッ!!」


 60万……ってことは大沢さんが当たった?

 生徒会長からズレたか、戻る機能でも押したか?

 とりあえず、とりあえず記念にスクショしとこ。

 いや、そんなことよりわざわざ名前を入れたってことは、会長は俺のことが好きって事?


 やべー、めっちゃ自慢したい。

 猛烈に他人へ伝えてマウント取りたい気分だ。

 でも今の俺には気軽に話せる友達どころか……挨拶してくれる人さえ、ろくにいない。


「うぉぉぉぉおッ!! おっおぉおッ!!!!」


 だから、行き場のない高揚感に任せてスマホを掲げ。

 湧き出るアドレナリンを消化するため、一人孤独な部室で小さなジャンプを繰り返して奇声を上げた。

 きっと、側から見たらゴブリンが飛び跳ね、宴を上げているような醜い光景だろう。

 でもっ! そんなことは知らないっ! メイのバカっ!

 俺は俺で、居もしない他人からどう見ようがどうでも良いんだっ!!

 今の俺は活火山の如く、湧き上がる気持ちを消化しなきya、


「あのー、賭け恋愛部って——」


 ここ数ヶ月、部室を訪れた人は皆無。

 加えて時間にも余裕がある放課後ではなく、忙しい朝方。

 ——だからこそ、失念していた人が来る可能性。


 頭の片隅にすらそれを考慮しなかった俺は、およそ人生で最速と思うほどの速度で振り返り。

 そして固まった。


「キモ……ッぁ」


 俺や生徒会長は2年生の青い胸ポケット。

 そして出入り口で固まり、言葉を捻り出そうと上下するDカップほどの胸には一年生の黄色模様。


「ぃ、ぃゃー」


 肩へ当たる程度に伸ばした白色の髪を揺らし、申し訳程度の作り笑顔を見せてくる。

 それに対し、俺もまた否定して誤魔化そうとした。


「ぃ、ち、ちごう、ッてぇ…………」


 しかし、緊張でピクつく頬に舌を誤って噛み。


「1号艇……競艇ですか?」

 

 その結果、聞き取れなかった一年生は別のギャンブルを口にしながら眉を顰める。

 騒がしかった外の音までも、キーンと縮小していくような幻覚。

 この静けさ……まさか、時を止める能力に目覚めてるとか? やってみるか。


 試しに自分の手を開いて見るがバッチリ、何の支障もなく動く。

 良かった、ただ普通に気まずい空気が流れているだけだった——最悪帰りたい。

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