第4話思春期な試験と第二の訪問者

「もう……見なかったことにして帰って」


 でも、その行動を取るにしても元凶が出入り口を塞いでいる。

 だから恥を惜しみ、彼女の方から出ていってくれるよう頼むしかなかった。


「っあ! もしかして思春期の部屋へ入る時は、的な試験ですか?」


 だが、なぜか一年生は何かへ気づいたように『ッハ』としたかと思えば、意味分からん事を言い。


「今っ、今からノックするんでカウントしてくださいっ!!」


 そしてドアへ戻ってコンコンっとノック。

 帰るどころか、それで彼女は満足そうにずかずかと聖域へ入ってきた。


「っぇ、ぁ、うん」


 っえ、何を、何が?

 そう彼女へ詳しく聞き返したかった。

 けど、勝手に納得してくれたならいっかと言葉を飲み込む。

 だって……否定して、じゃ何をしていたんだと聞かれても困るし。


「っふ……さすがだ、なかなかじゃないか一年生」


 だから気持ち良くなって忘れてくれるよう、パチパチっと大物ぶりながら拍手を返した。


「私、察しが良いんですよ!」


 彼女は制服の胸テントへ手を当て「ふふん」と得意げに鼻を鳴らす。

 本当に察しが良い奴なら、たぶん今頃帰っているぞ。ポンコツ。


 そんな冷やかす俺の内心など分かるはずもない一年は次に鼻を押さえ、目の前を素通りしていった。

 一体、今度は何をする気なんだ?


「ここ埃臭いですね……空気を入れ替えましょうっ!」


 窓辺に立ったかと思えば許可もなく勝手に開け、丸まった埃が床を散歩していく。

 どうやらポンコツな上、配慮という心すら持っていないようだ。


「っあ」


 振り返った彼女にようやく席に座ってくれる、かと横の椅子を引き出してあげる。

 けれど、彼女は俺より背後を見たかと思えば手を叩き。


「あれ、少し薄汚いけど丁度いいですね」


 後方から先輩たちが長年使ってきた、あのテーブルを『薄汚い』と言ってギィーギィッと引っ張り出してきた。


 おいおいおいっ!

 これ以上、思い出の部室を好き勝手荒らされてたまるかってんだ。


「何……してんだ?」


 気づいた時には一年と睨み合う形で掴み、テーブルへ体重を乗せながら阻止していた。


「んぅ? 恋愛相談ならテーブルはあった方が良んじゃないですか?」

「それはそうだが、なんで来たばかりのお前が引っ張り出す?」


 投げられた質問が彼女にとっては難解だったようで。

 俺を眺めながら瞼でパチパチと咀嚼するのように噛み砕き、脳へ伝える時間を要している。

 そして10秒ぐらい経ち、ようやく側頭葉へ言語が届いたのか、手を離してくれた。


 やっと理解してくれたか。

 そう思ったのも束の間、彼女は横髪を耳へかき上げ、含みのある失笑を返してきた。

 なんだろう、分かってない気がするし、何なら嫌味を勘違いしている気がする。


「口で言わせなきゃ的なことですね? 入部希望ですよ、入部希望」


 『入部』一段と明るく言った一年の返答に、一瞬だけ喜びが顔へ出そうになった。


「……帰れ」


 でも、一つの考えがよぎった俺は間を開けると一段低いトーンで呟く。

 静かな部室で声は異様に響き、それだけで和やかな空気を変えるには十分だった。


「私…………なんか気に触る事言いましたっけ?」


 こんな廃れた部活に入るというんだ、普通は喜ぶ反応が返ってくると想像するだろう。

 だから困惑気味に聞き返してきた一年の反応も、ある程度は想定内だ。


「お前は入ってきてからここを埃臭いとか、テーブルが汚いと言った」


 もちろん、汚してたりしてないし理由はそんなんじゃない。

 入部してくれるなら、埃臭いや汚いだろうと童貞でも、好きに言ってくれていいぐらい嬉しい。

 でも……だが、頭によぎった、よぎってしまったのだ。

 卒業した後、残された椅子とテーブルに囲まれ、今度は誰も来ない部室でポツンと寂しく座っている彼女の姿が。

 もし俺と同じ道をたどるのだとしたら…………最初から他の部活で仲良く青春を送った方が良いに決まっている。


「ふーん、稼げるって聞いたんですけどっ! ここの部長は随分と感傷的でみみっちぃんですね?」


 てっきり『気分が悪い』とか言って出て行くことを想像していた。

 けれど一年は落ち込むどころか、口へ手を当てて俺を煽り。何故か、やる気で満ち溢れていた。


「それじゃっ、こうしましょうっ!」


 そして思いついたとばかりに人差し指を立て、


「次に来る依頼人の悩みを先に、私が、解決したら入部させてくださいよ」


 入部の条件を突きつけてきた。


 次の……依頼人?

 一年の顔を確認するが、冗談を言っているようには見えない。

 この部活が稼げるとか言ってたし……もしかして依頼人なんか来ないことを知らないのか?


「名前は、なんだ?」


 っふ、なら丁度いい。

 一級の詐欺師とは、あたかも被害者が自分の意思で選択したように錯覚させ。

 詐欺や操られている事にすら気づかせない口を持つ者と聞いたことがある。


「苺谷 夕愛ですけど」


 苺谷、苺谷か。

 言っても聞かなそうだし、なってやろうじゃないか……一級の詐欺師によ。

 馬鹿め、せいぜいこの部活の無意味さ、孤独さを理解するがいい。


「ふぅ、仕方ないな。それで入部を認めるよ」


 悩んだ末での譲歩と妥協。

 その事を存分に顔で表現し、到底起こり得ない苺谷の案を承諾。

 だって既に3ヶ月も来ないのだから、来るわけがないと思うのが普通。


「すみませーん、ぎゃんぶらぶぅ? 賭け恋愛部ってここでいいのでしょうか?」


 申し訳なさそうに空いたドアの隙間。

 まるで子猫のような透き通る小声と共に、可愛らしい顔がヒョコッと現れる。


「ちょっと相談したいことがあるんですが……お時間はありますか?」

 

 だからそう、今日に限って2回も、それも入部希望者の一年と。

 ————話題の最中にいる生徒会長が現れるなんて……予想出来るわけがなかった。

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