第5話今すぐ当てた奴を

「生徒会長っじゃないですか! 今朝の今……って事は、恋の相談っ?!」


 一日で二人も部室に来るのは……いつ以来だろう。

 懐かしみながら黄昏ていると俺が触れる前に、苺谷はすかさず椅子を引っ張り出す。

 えぇ……仮にも俺が部長なんですけど、なんなら君はまだ入ってすらないんですけど。

 どうして、そんな我が物顔で客対応できるんだ?


「汚らしいところですけど!」

「あっ、ぁぁ……座ってくれ」


 ハンカチで埃被った椅子を軽く拭く苺谷を眺め。

 仕事取られたな、と俺は自分の椅子へ腰を下ろし『考える人』の銅像みたいに地獄を眺めた。


 生徒会長ほどの人物なら相談する人はいくらでもいる。

 なぜ、わざわざこんなみすぼらしい所へ来たんだ?

 待て。

 仮に相談だとして、苺谷が解決したら先輩の面目丸潰れどころか。

 『黒姫さんの恋愛を解決した一年の面白い裏話っ!』的な本が書かれ。

 俺が悪役としてニュースやネットで笑われるんじゃないのか?!


 かと言って、先ほど初めて60万当ててはしゃいでいた俺が勝負になるか?

 まずは実力。そう、一年の実力を知ることが先。

 苺谷へ耳を貸すように合図を送ると素直に椅子とお尻をずらし、優しいピーチの匂いが香る。


「なっ……なぁ? お前今までいくら稼いだんだ?」

「えぇー? 先輩が教えてくれたら教えますよ」


 偉そうに言ってた癖、もう探りを入れてくるほど不安なの? そう言いたげにニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべてきた。

 

 くっそ……仮にも先輩なんだぞ? もっと敬え。

 どうする、こうなれば俺が言うまで答えないぞ……60万って答えるか?

 いや、ダメに決まっている。


 賭け恋愛開始倍率は1.00で5万円、2週間ごとだから月10万、1年120万。

 小学3年生から始まり高校2年まで8年、普通に狙い続けても960万は得られる計算。

 しかし、有名人やら美男美女へ集中したり、外したりで期待値は4割程、つまり生涯で384万。

 カップル成立ボーナスの10倍も含めていないことを考慮したら……60万なんて下手したら小学校4年生の大多数より下の稼ぎ、言えるわけがない!

 

「ろっ……6、631万」

「おぉっ!」


 だから先輩と部長という立場、そして残された部活の尊厳をも守るため、俺は盛大に嘘をつくことにした。


「その顔でそれだけって結構凄いですね」


 苺谷は指先だけの小さい拍手し、そうだろうと俺も照れながら手で静止させる。


「ちなみに私は1321万なんでぇ、頑張ってくださぃ?」

「せ、せんにゃくにじゅういち?」


 おそらく今、俺は発した声と同じぐらいアホ面だ。

 けれど苺谷は「っへ」って笑い声を漏らすと構わず、黒姫の隣へ椅子を持っていって座った。

 こいつッ、こいつ、内心で小馬鹿しやがった!

 こっちはただでさえ、恥を捨てて10倍以上サバ呼んだってのに!!

 っく、でも詰め寄ったところで嘘のボロを出ちまうし……。


「私は現状、かなり困っています。イチャイチャのお邪魔でしたら後にしますが」


 まずぃッ、生徒会長を待たせすぎた。

 相談はタイミングが命で、なによりも心地いい時間・空間を作らなければいけないのに。


 ほら、気のせいか苺谷へ話している生徒会長の顔も入ってきたより険しいぞ。

 そりゃそうだよ。相談で来たのに男女がヒソヒソ笑い合っている光景を見せられるなんて、俺でもたまったもんじゃない。


「あー、いや、さっき存在を知ったばかりだからそんなんじゃないんだ。生徒会長」

「それは……本当ですか?」


 腰を上げて立ちあがろうとする生徒会長に、すかさず否定すると弓を射るような細い眼光で探られる。


「ちょ、面白い冗談ですね。この特徴もない顔に惚れる訳がないじゃないですか!」


 幸い、すぐに手と顔を振り、全力で否定した苺谷の援護もあり。

 彼女は渋々ながらも座り直し、相談を続行してくれた。ナイス。


 今の状況での生徒会長の恋愛相談など、ルビで爆弾がついてもおかしくない単語。

 でも、それは恋する人を無碍に追い出し、手伝わない理由にはならない。

 なにより生徒会から部費も貰っている賭け恋愛部が、唯一無二の後ろ盾である恋愛のサポートという大義を失ってしまう。

 苺谷のガチ否定にはほんの、ほんの少しだけ傷ついたけど。


「あぁ、久しぶりの相談者だし、自分の事を邪魔とか思わず気軽に頼って構わない」


 二人とも否定した事でようやく安心したのか、生徒会長は胸に手を当て「ふぅ」と撫で下す。


「それはつまり邪魔じゃないどころか、嬉しぃ……って事でいいのかしら?」


 そして用心深い深い性格のようで、生徒会長は再確認を行って来た。


「まぁ、嬉しいが今回だけはもう少し早めに来て欲しかったよ」

「は、早めッ? っそ、そう」


 冷静沈着で淡々と仕事をこなす黒姫さん、そうテレビではよく紹介されていた。

 けれど、目の前にいる生徒会長は俺の一言で一喜一憂してて面影もない。

 やはり売れる為には、冷徹とかアピールポイントで猫をかぶらなければ生き残れない業界なんだろう。

 

「ゔぅぅぅん、もうっ!」


 突然、唸り声を苺谷が上げたかと思えば、バンバンっとテーブルを叩き。


「負けるのが怖いからって生徒会長を責めないでくださいよ! 本題に入りましょっ、本題にっ!」


 どうしたのかと思えば、薄目で睨んで急かしてきた。


「本題……?」


 しかし、当の本人である生徒会長はまるで心当たりがないような呆けた面でオウム返し。に

 これは本当におっちょこちょいなのか? それとも芸能界で鍛えられたあざといアピール?

 恋愛相談ぐらいしか、この部活に来る目的はないのに忘れないだろ。

 どちらにしろ、可愛いから問題ないか。


「っあ、あー」


 部室を包んだ静寂は、俺と目が合った彼女が悲鳴混じりの甲高い声を出したことで終わった。

 その様子だと本当に忘れっぽい、おっちょこちょいな方だったか。


「探して欲しいんです、この学校の中で好きな人を当てた人を。今すぐASAPに!!」

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